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Look at me.②

 

「“Look at me《私を見て》”――、

 とか?」


「――!」


 笹本の肩が、わずかに跳ねる。


 図星というより、度肝を抜かれた、

 そんな反応だった。


 今のは、踏み込みすぎたかもしれない。


「え……?

 マジなん……?」


「なわけないだろ、馬鹿」


 内心、心底ほっとする。


 もし当たってたらどうするつもりだったんだ俺は。


 何がなんでも額を見ようとするし、

 最悪、写真まで撮ってたぞ。


 そんな俺を見て、

 笹本は、ぽつりと呟いた。


「でも……

 あながち、間違ってないのかも」


「うわ、マジかよ。

 衝撃の新事実なんだが」


「おでこ抑えるのは、ただのクセ。

 別に、いいでしょ」


 そう言って、彼女はそっぽを向く。


 俺は、それを追わずに、

 ほんの少しだけ、微笑んだ。


「そのクセが気になってさ」


 言葉を選ぶように続ける。


「もしかしたら、知られたくない素顔とか、

 気持ちとかを必死に隠してるのかなって思ったら――

 可愛く見えて」


 一息置いて。


「やっぱり、笹本のことが好きだった。

 だからさ……俺がお前に肩入れするのは、

 お前が“特別”だからなんだよ」


「……そう、なんだ。

 私はどうだったんだろうね。

 正直、分からない」


 笹本は、空を見上げて呟く。


「でも、汐森は良い目をしてる。

 いや、違うか。

 良いアンテナを持ってる」


「アンテナ?」


「人の心の動きに敏感なアンテナ。

 だから……あんたが、私の理解者に

 なってくれる気がして、興味を持ったんだ」


「俺は……お前の理解者になれてたか?」


 笹本は少し考えてから、

 ゆっくりと首を横に振った。


「なれてない」


「だろうな」


 即答する。


 苦笑すら浮かばない。


「今だってさ。

 俺はお前に手を差し伸べる理由を、

 過去形の告白までして説明したつもりなのに――」


 一拍。


「お前、いまいちピンと来てないだろ」


「それは、分かるんだ」


「でも、肝心なところが分からない」


 声が、少しだけ沈む。


「お前が今、何を思ってるのか。

 本当に助けを必要としてるのか。

 ……全然、感知できない。欠陥だらけのアンテナだよ」


 自分で言っていて、情けなくなる。


 俺は“良い人”で、気遣い上手で、

 誰からも必要とされる存在――


 そう思ってきた。


 そんな人間の言葉には、

 誰かを救う魔法が宿ると、本気で信じていたのに。


 どんな言葉をかければいい?


 どんな行動が、彼女の救いになる?


 ――分からない。


 ただ、祈るように指を組む。


 笹本には、笑って教室にいてほしい。


 いつか、俺の友人たちの輪の中に

 彼女がいる光景が当たり前になってほしい。


 そう願っていると――


「汐森もさ、私にこれ以上優しくしないでよ。

 私は、あんたが思っているよりまともな奴じゃない」


「俺、()?」


「ああ。向崎恋花こうざきれんか皇美姫すめらぎみきも、

 私に優しいんだ。

 困っちゃうよね。私、あいつら嫌いなのに」

 

「二人が人気者だからか?」


「そうだよ」


「恋花も王子も、人気だからお前に優しくしてるんじゃない。

 お前を好きでいたいから、

 好きになりたいから、そうしてるんだ」


「好きになりたいだなんて、勝手な期待だ」


 即座に切り返す。


「もし私が、その期待とかけ離れた人間だと知れたら?

 排除しようとするんじゃないのかい」


 一拍。


「――蜜色プロジェクトのメンバーみたいに」


 空気が、少し冷える。


「笹本、人を愛する気持ちは誰かと競い合う為のポイントじゃない。

 お前の事を想ってくれる人がいる奇跡に、きづいてくれ」


「その程度が奇跡だって?

 私があんたの友人でいたとしても、その大勢の友人の中の一人でしかない。

 一ポイントと変わらないだろう?」


「違う。

 俺にとってお前は特別だ。ポイントじゃない。

 替えのきかない、お前だけだ」


 一息。


「笹本から見れば、俺は一ポイントかもしれない。

 でもさ――」


 言葉を選ぶ余裕は、もうない。


「これだけしつこくて、

 これだけ暑苦しくて、

 これだけ必死に愛を伝えてくる“一ポイント”が……他にいるか?」


 少しだけ、笑う。


 そして。


「……それでも、特別にはなれないのか?」


 沈黙。

 答えは、すぐには返ってこない。


 代わりに。


 笹本は、ゆっくりと身体を丸めた。


 ブランコの上で、膝を抱え込む。


 そして。

 いつものフードを引っ張り、深く被る。


 ――顔を隠すためだけじゃない。

 外界との接続を、断つための動作。


「もう、分からなくなってきた……

 もう一度言うけど、私はまともじゃない」


「そんなの見てれば分かるよ。

 地雷女め」


「はは、そうか……

 私は、どうしたら良いんだ……」


 どうにも、笹本の様子に違和感があった。


 苦しんでいるのは分かる。


 何かを抱えているのも、確かだ。


 けれどそれは、

 『家族とうまくいっていない』という理由だけでは説明がつかない。


 暴力を受け、怪我までしているのなら、

 本来それが一番、重いはずなのに。


 ――なぜ、こんなにも浅い。


 なぜ、笹本は自分自身を責めるような

 苦しみ方をしている。


 俺は唾を飲みこむ。


「ツライ時は頼ってくれ、恋花でも王子でも良い。

 お前の味方は、沢山いるから」


「ああ……ごめん」


 謝られてしまった。


 きっと人に頼り慣れていないからだろう。

 そう思った。


 それから俺たちは、

 曇り空の下で暫く話をして解散した。


 俺の家に来るよう再度誘ってみたが、

 やっぱり振られてしまった。


 何かあれば駆け込んで来いと住所だけは伝えておく。


 笹本はその辺をふらついてから帰ると言うので、

 とにかく気を付けるよう俺は言った。


 *


 学校はサボったが、バイトには出る。

 労働者の鏡だ。


 バスに揺られて、駅前へ。

 少し古びた外観のお好み焼き屋――そこが俺のホームだ。


 看板はお好み焼きだが、鍋も刺し身も出る。

 半分は居酒屋みたいなものだ。


 夫婦で切り盛りしている店で、

 ただのバイトの俺を、いつも“帰ってきた”みたいに迎えてくれる。


 21時半、上がり。


 外に出ると、雨が降っていた。


「……マジか」


 傘はない。

 鞄を頭にかざして、駅前のバス停まで走る。


 息を切らしながらロータリーに滑り込む。

 到着まで、あと五分。


 ポケットから、スマホを取り出したときだった。


「……恋花?」


 メッセージを開く。


 ――そこには、全身の力が抜けるような、

 目眩さえも感じるような内容が書かれていた。


 只、一言だけだ。


『笹本さんの怪我、

 あれ、メイクだよ』と。


「どういう事だ、メイク……?」


 ――何故、何の為に。


 あいつはようやくクラスに馴染んで、

 みんなも笹本を受け入れてきた所だった。


 どうして、悪目立ちをするような事をする?


 いや、待て。


 恋花の言葉が、真実だという確証もない。


 下手に真に受けて、

 実際家族から暴力を受けている状況を、見逃す訳にはいかない。


 冷静に判断しろ。


 そう言い聞かせている時だった。

 駅の入り口に、同じ学校の制服を着た女子の姿が見えた。


「笹、本……?」


 間違いない。


 笹本だった。


 駅から出て来たのは恐らく、笹本の母親だろう。


 迎えに来ていたのか?

 仲の悪い家族を?


 俺は往生際が悪く、更に深読みする。


 もしかしたら母親に迎えに来るよう命令されて、

 嫌々そうしているのかも知れない、と。


 その可能性も無いと分かった時――俺は鞄を地面に落とした。


 母親と並んで駅を出る笹本は、

 いつものフードも被らず、

 満ち足りたような笑顔でいて――


 何より、

 顔のアザが、無かった。


 俺は雨に打たれながら呆然と立ち尽くし、

 親子が一つの傘で肩を並べて歩く様を眺め見る。


 バスが出発してしまった事にも、気が付かなかった。


 俺はこの時、ようやく理解した。


 笹本が額に隠していた“病気タトゥー”――

 『Look at me.』


 それが、どういう祈りだったのかを。

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