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Look at me.


「何で今日に限って天気が悪いんだろうな。

 せっかく学校サボったのに」


「だからじゃないの。

 神様は些細な悪事でも、見逃してくれないのさ」


「それだけ日頃から目を光らせてくれてるなら、人間界の未来は明るいな。

 俺たちのせいでこの街を曇天にしたなら、

 正しく生きてる人たちには申し訳ない」


 俺と笹本ささもとは制服のまま、

 ブランコに並んで腰掛けている。


 少し風が強い。


 わざわざ漕がなくても、ブランコは勝手に揺れてくれる。

 俺たちは、その少し乱暴な横揺れに身を預けていた。


 今にも泣き出しそうな空を見上げながら、俺は口を開く。


「キャンディ、持ってる?」


「残念。

 品切れ中さ」


「次の入荷は?」


「未定だよ。いつになるか分からない。

 他の店をあたるといい、坊っちゃん」


「そんな日もあるんだな」


「悪いね」


 しばらく会話が途切れることは分かっていた。


 だからせめて。

 口の中だけでも甘くしておきたかったのだが――


 在庫切れなら仕方がない。


 仕入れ先で何か不手際でもあったのだろう。

 そんな日も、ある。


 黙っていると、

 笹本が不意に俺の顔を覗き込んできた。


「その怪我はどうしたんだって、聞かないのかい」


「聞けないよ」


「意外だね。汐森しおもりなら、

 『聞いたら教えてくれるのか』って言いそうなのに」


 ……まあ、普段の俺なら、そう返していただろう。


 いっそ無神経を装って、

 遠慮も配慮もなく、次々に質問することもできた。


 けれど、できなかった。


 たぶん――

 かつての俺なら。


 そんな人間に、正直なことは話さない。


「お前が、話してくれるタイミングを待とうと思って」


「大したことじゃないよ。

 家族と、うまくいってない。その結果だ」


「……そうか」


 大方、予想通りだった。

 そうでなければいい、とも思っていたけれど。


 それでも――

 俺に、何ができる?

 解決の糸口なんて、見つけられるのだろうか。


 恋花は言った。


 笹本を救ってあげて、と。

 きっと、それができるのは俺だけだ、と。


 ――どうして、そう思ったんだ?


「なあ。もし、家に帰りたくないなら……

 俺の家に来ないか?」


 自分でも驚くほど、言葉は自然に出た。


「気が休まるまで、居てくれていい。

 ほとんど俺ひとりで住んでる家だし。

 ……同棲みたいになっちまうけど」


「やけに気を遣うんだね」


 笹本は、少し困ったように笑う。


「一緒に暮らしてもいい、なんて普通じゃないよ。

 ああ……あんたの家、複雑だからか」


「そうだ。

 複雑だからだ」


 間を置かずに答える。


「手を出されたら、その痕をどう隠すか。

 昔は、そんなことばかり考えてた」


「……ちょっと待って」


 笹本が、目を見開く。


「“手を出されたら”って、何?

 それ、私、初めて聞いたんだけど」


「ああ……たぶん、話してなかったな。

 中学に入る前の話だし、そこまで凄惨でもない。

 気にしなくていい」


「……そう、か」


 笹本は、少しだけ視線を落とす。


「なら……この手段は――……

 私は、あんたに悪いことをしたね」


「悪いこと?」


 思わず、声が強くなる。


「お前は、何も悪くないだろ」


「……」


「運が、少しだけ悪かった。

 お互いにな。それだけだ。

 だから、気にするな」


 そう言うと、

 笹本は俯いたまま、頬の青紫色の痣にそっと触れた。


 痛みを確かめるように、

 あるいは――思い出すように。


 苦々しく歪んだその表情に、

 俺は、言葉を続けられなかった。


 笹本は、しばらく何かを考え込むように沈黙し、

 やがて、絞り出すように口を開いた。

 

「せっかくの誘い、悪いけど……

 そこまで甘えるわけにはいかないや。ありがとう」


「必要な時に、甘えなくてどうする」


「いや、違うんだ」


 笹本は、首を横に振る。


「必要じゃなかっただけ」


 そして、少しだけ困ったように笑った。


「汐森……どうして、あんたみたいな良い奴が

 報われないんだろうね」


「何だよ、急に。

 勝手に俺を気の毒な奴にするな」


「気の毒さ」


 即答だった。


「昔のあんたも、良い奴だったよ。

 でもさ……今ほど、誰かを救うことに

 執着してなかった気がする」


 胸の奥が、わずかに軋む。


「それってさ。

 誰かを救っても、自分が一向に報われないから

 なんじゃないの」


「な……」


 ――報われない、だって?


 そんなはずはない。


 感謝もされてきたし、学校では頼りにもされている。

 居場所だって、ちゃんとある。


 確かに、家族はいまだにバラバラで、

 俺自身、もがいている最中ではあるけれど。


 けれど、それと、

 誰かを助けようとすることは、別の話だろう。


 もし、俺が笹本を助けることに

 必死になっているように見える理由があるとするなら――


 それは。


 俺は、ゆっくりと息を吐いた。


「違うよ、笹本」


 ブランコの鎖を、握る。


「もしも俺が、お前を救うことに

 執着しているように見えるのなら――」


 一拍、置く。


「それは、俺がお前のことを

 好きだったからだよ」


「……は?」


「もちろん、友達としてじゃない。

 一人の女の子として、好きだった」


 やや強い風が吹く。

 笹本の前髪が揺れ、隠していた額が一瞬あらわになる。


 彼女は、反射的に両手でそれを押さえた。


「何、言ってんの?

 あんた……」


「その仕草もさ」


 自分でも分かるくらい、

 俺は急に饒舌になっていた。


「どうしてそんなにデコ隠すんだろって、

 一日中考えたことがあった」


「……」


「実は、すげえ恥ずかしい文字のタトゥーでも

 入れてるのかな、とか」


「例えば?」


「“Look at me《私を見て》”――、

 とか?」


「――!」



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