深夜に電話を掛けるなら、まずはメッセージから②
『へえ、じゃあ笹本先輩にとって清継先輩は、
ピンチに駆け付けてくれたヒーローって訳ですか』
「どうだろうな。
多分、違う」
『違うんですか?』
「いざとなれば、笹本は度を越した傷付け方をして、
自分の力だけで争いを終わらせたと思う」
『流石に大袈裟じゃないですか』
「俺が助けたのは笹本じゃない。
笹本に絡んだ連中の方だ」
『……え?』
「あの時のあいつは、
やろうと思えば、自分も他人も平気で壊せるような目をしてた」
『ちょっと言い方酷くないですか』
「悪い。
不快にさせたな」
『……いえ』
水上はそれ以上、何も言わなかった。
「とにかく、笹本は変わった奴だ。
だから知りたいんだ。どうして今さら学校に来るようになったのか。
それから、配信活動を辞めた理由。何か分かったか?」
通話口の向こうで、少しの沈黙が流れた。
やがて、水上は重い口を開く。
『色々、聞いて回ってみましたよ』
「ほう」
『同級生はもちろん、接点のあった中学の後輩にも。
笹本先輩、結構人気だったみたいですね』
「まあ、だろうな」
『お母さんが舞台役者だそうで、
その影響もあってか、メイク技術がかなり高かったとか。
メイク動画も普通に完成度が高くて、配信活動も活発だったみたいです』
「意外だな」
『去年あたりからは、
注目ランキングにも頻繁に顔を出していたようです』
「順調だった、って事か」
『……はい。
ただ、ある時から様子が変わります』
水上は一拍置いて、続けた。
『配信中に、同じグループだった子が、
定期的にコメントしに来るようになったらしいんです』
「ほう、何でまた」
『その人も配信活動をしていたみたいで。
注目され始めた笹本先輩の配信に顔を出すことで、
いわゆる売名をしていたんじゃないかって』
「しかも、元同じグループのメンバーなら効果は大きいな」
『はい。宣伝の効果もあって、
笹本先輩のファンが、少しずつそちらに流れていったみたいです』
「……」
『その人、蜜色プロジェクトの中でも特に人気があった子だったそうで。
解散後も、かなりの数のファンを抱えていたみたいですね』
突然解散したアイドルグループだ。
笹本以外のメンバーも配信をしていると知れば。
当時熱心に応援していたファンが、
再び追いかけたくなるのも無理はない。
それが、かつての“人気者”となれば、尚更だ。
笹本にとって、
それはあまりにも不運な巡り合わせだったに違いない。
水上は、静かに話を続けた。
『元メンバー同士の交流で終われば、まだ良かったんですが……
ある時、問題が起きました』
一拍。
『その方、自分の配信内で――
直接名前は出さず、はっきりとも言わずに、
でも“グループ解散は笹本さんが原因だった”と思わせるような言い回しをしたそうです』
「……」
『それをきっかけに、蜜色プロジェクトのファンが激怒して。
笹本先輩の配信のコメント欄は、かなり荒れたみたいです』
淡々とした声のまま、水上は続ける。
『酷い言葉も多くて。
人格を否定するものとか、容姿を侮辱するようなコメントも、
普通にあったそうですよ』
「なるほどな……」
胸の奥で、何かが沈んだ。
「それがきっかけで、
あいつは活動を辞めたって訳か」
『恐らく。
時期的にも一致します』
「……いつだ」
『今年の五月です』
「五月だって?」
思わず声が上ずった。
「つい最近じゃないか。
じゃあ笹本は、配信を完全に辞めた直後に学校に戻って来たって事になるのか」
ずっと、もっと前の話だと思っていた。
全部終わって、気持ちに整理がついて、
それからようやく登校する気になったのだと。
高校で初めて笹本と話した日。
どうして今まで学校に来なかったのかと尋ねた俺に、彼女はこう言った。
――少し、頭を整理する時間が欲しくてね。
だから俺は、配信を辞めた事と、
俺と恋花のいるクラスになった事が、
不登校の理由なのだと勝手に結びつけていた。
……いや、不登校だった原因は、それで合っているはずだ。
だが。
では、どうして“今”だった。
『それは私にも、わかんないですよう』
水上が唸る。
『清継先輩には、
配信を辞めた理由を調べてくれって言われただけですし』
少し間を置いて、
『あ、でも。
一つだけ、気になる事があって』
「なんだ」
『動画のアーカイブと、SNSのアカウントを全部消す直前です』
水上は一呼吸置いてから、言った。
『笹本先輩、こんな一言を残してたそうですよ』
通話口の向こうで、空気が張り詰める。
『――“あの人の言葉が偽善かどうか、確かめに行ってから辞めよう”って』
あの人?
誰だ。
五月の時点で笹本と接点があった人物。
恋花ではない。
俺でもない。
――少なくとも、今の俺では。
なら、去年のクラスメイトか。
それとも、もっと別の大人か。
いや、それよりも――。
「辞めるって、何をだ。
配信活動か?」
『この時点で、もう配信は辞めてました。
後は知りませんよー』
そう言って、水上は大きなあくびをした。
『……清継先輩、眠くないんですか?』
「……眠い。
実はもう寝てるんだ」
『器用すぎでしょ。
世界のびっくり人間に選ばれますよ』
「水上ももう寝てて、これは俺と電話してる夢なんだよ」
『……起きた現実世界で、
またこの話しなくちゃいけないんですか?』
「ああ。しかもお前、この話の途中で寝落ちした。
どこまで話したか分からない」
『頭おかしくなりそうなんで、もう寝ます。
おやすみなさい』
今にも通話を切りそうな気配に、
俺は慌てて声を上げた。
「水上!」
『はい?』
「……ありがとうな。
色々調べてくれて。俺一人じゃ、ここまで辿り着けなかった」
『別に良いですよ。
私は清継先輩の応援団ですから』
「お前と話してると、妙に落ち着く。
また声聞かせてくれ。深夜に電話する」
一瞬、無音になる。
寝たかと思った、その時。
『なななな何言ってんですかこの女垂らし!
そうやって無自覚に距離詰めるから――』
うるさいので通話を切った。
俺も寝る事にする。
水上におやすみのスタンプを送ると、
少ししてパンダがパジャマで布団に入るスタンプが返ってきた。
――さて。
一つ、確かめなければならない事が出来た。
『あの人の言葉が偽善かどうか、確かめに行ってから辞めよう』
確かめてから、ではない。
確かめに行ってから、だ。
行き先は明白だ。
学校で間違いない。
では、“あの人”とは誰か。
同じ教室にいて。
笹本の登校に誰よりも動揺せず。
まるで、来る事を最初から知っていたかのように受け入れた人物。
――近島先生。
あの人なら、家庭訪問をして、
誰よりも早く笹本と接触していても不思議ではない。
ただ。
笹本よ。
“辞める”とは、一体、何をだ。




