言葉の魔法②
「『蜜色プロジェクト』はね。
もともと、私の友達と二人で始めたユニットだったんだ」
「そうなの?」
「ずっと三人だと思ってた」
「売れ始めたのが、その後だからね」
少しだけ、笑う。
「二人のときは――楽しかったよ。
なんでも話せてさ。
やりたいことも、これまでのことも
……共有できてた」
自分で言い直すみたいに、付け足す。
「まあ、当時は小学生だったし、
舞台なんてほとんど大人が用意したもので。
その掌の上で、
“アイドルごっこ”してたみたいなものかな」
小さく、苦笑する。
視線は、少し遠くへ。
懐かしさと――
ほんの少しの、切なさを残したまま。
「体制が変わったのは、活動を始めて二年後だ」
淡々とした声だった。
「当時のプロデューサーが、突然新メンバーを入れるって言い出してさ。
反対はしてみたけど――
掌で踊るアイドルが、大人の決めたことに意見なんて出来やしない。
受け入れるしか、なかったよ」
「三人、仲良さそうだったけど」
「そりゃあね」
小さく笑う。
「仲良さそうに“しろ”って、指示されてたから」
ほんの一瞬だけ、視線がこちらをかすめる。
「新メンバーは、もともとソロで活動してた子でさ。
名前も売れてた。
……私は、こんな性格だから——
簡単に“仲間”とは思えなかったよ」
ぎゅ、と。
拳が握られる。
そのまま、少し遅れて解けた。
「でも、幼稚だったのは私だけだ。
関係者も、あの子も――」
一拍。
「すぐに受け入れた」
言葉が、少しだけ重く落ちる。
唇を噛む。
視線は、ここではないどこかへ。
ステージのライト。
歓声。
もう終わったはずの景色が、
まだそこにあるみたいに。
「二人のときは、
『二人で一つ』として見てもらえてた。
ファンから向けられるものも、同じだった」
少しだけ、声が低くなる。
「それが三人になった途端――
“推し”なんて言葉が、勝手に使われ出して。
目に見える形で、差がつくようになった」
静かに言い切る。
「あんたも、アイドル好きなんだろ」
こちらを見る。
「推しの一人くらい、いるんじゃないの」
「うん……まあ」
曖昧に頷く。
その言葉が、ほんの少しだけ引っかかった。
「正統派じゃない私は、目に見えて扱いの差を感じたよ。
活動していればさ、嫌でも分かるんだ。
ファンが、誰にどれだけ熱を向けてるか」
指を折る。
「サイン会とか、握手会とか、
全部、数字に出るから。
結果を出せない私は、いつからか――」
ほんのわずかに、言葉が鈍る。
「関係者からも、ぞんざいに扱われるようになった。
やがてファンだった人たちからも、言われるようになる」
少しだけ、笑う。
自嘲に近い、軽さで。
「“『蜜色プロジェクト』のイロモノ担当”ってね」
そのあとに、ほんの短い沈黙。
「……あの言葉はさ。
よく効く“魔法”だったよ」
足元を見る。
砂が、ゆっくり沈む。
二人分の重さを受け止めながら。
何も言えなかった。
「そんなことない」なんて、軽く否定できる話じゃない。
私はメンバー全員が好きだった。
でも――
そうじゃない人がいることも、知っている。
好きだからこそ、選ぶ。
選ぶからこそ、外れる。
優劣が生まれるのは、きっと避けられない。
それでも。
それでもきっと――苦しかったはずだ。
「それじゃあ笹本さんは、三人での活動がつらくて、脱退を申し出たの?」
「いや、それくらいなら良かったよ」
鼻で笑う。
声は、変わらず静かだった。
「アイドルをやる以上、人気格差なんて覚悟してた。
それでも私は、『蜜色プロジェクト』の光を支える影でいたいと思ってたんだ」
一拍。
その言葉のあとに、わずかな空白が落ちる。
「私の心が折れたのは――
アニメ主題歌にもなった楽曲、『言葉の魔法』を出したあとだった」
胸が、きしむ。
その曲を、私は知っている。
好きだった。
――あの人が、言っていた言葉を思い出す。
人気者の口から零れる言葉には、不思議な魔法が宿るのだと――
ある時は、疲弊した心を癒し、
ある時は、迷える者を奮い立たせ、
またある時は、ただの愛の囁きにすら、
人一倍の価値を与えるものだと。
誰にでも親しまれ、尊敬され、
羨望の眼差しを浴びる存在になれたなら、
その言葉には『救いの魔法』が宿る――
多くの人に届くからこそ、
その言葉は“価値”を持つのだと。
でも――
その魔法は、本当に救いだけなのだろうか。




