漢達の聖戦③
「清継さん、危ねえっ!」
「……!」
不意の出来事だった。
肺を震わせるような、
低く野太い絶叫が飛び込んできた次の瞬間。
俺は、でかい図体に押し飛ばされていた。
背中から地面に叩きつけられ、視界が一瞬、白く弾ける。
意識が吹き飛びかけ——それを甲高い笛の音が無理やり引き戻した。
『一組、五里アウト!』
恰幅のいい体育教師が、やけに楽しげな声で宣告する。
俺も、ほぼ同時に叫んでいた。
「五里! お前、俺を殺す気か!
突然突っ込んで来やがって! バナナの皮でも落ちてたのか!?」
「いや……清継さんにボールが当たりそうだったもんで。
守らなきゃと思いまして」
倒れたまま、五里はへらっと笑う。
思わず頭を抱えた。
「アホか! 俺は一般兵士で、お前は副将なの!
身代わりになってどうする!?」
身を起こしながら、捲し立てる。
「ボーナスポイント取れるのは、お前と圭吾だけなんだぞ!
俺なんか捨ててでも、勝ちに行かなきゃダメだろうが!」
「……それでもです」
五里は、真っ直ぐ見つめてくる。
その目は、冗談でも勢いでもなく、
恐ろしいほどに本気だった。
「清継さんのいない未来に、
俺の勝利はありません」
「……」
――何だこいつ。
やってることは完全に馬鹿なのに、
言ってることだけは、無駄に格好いい。
俺たちは現在、クラス対抗体育大会・男子競技
『ドッジボール』の真っ最中だった。
対戦相手は二年二組。
二学年は全八クラス。
トーナメント形式のこの大会では、三連勝すれば優勝となる。
さらに今回は特別ルールとして。
各クラス代表二名――大将と副将が相手を撃破した場合、
ボーナスポイントが加算される制度が設けられていた。
つまり。
ここで副将の五里が脱落するのは、
戦力的にも、精神的にも、かなりの痛手だ。
……やはり俺が副将に名乗り出るべきだったか?
いや、今さら言っても遅い。
それよりも――。
「五里……」
俺は、倒れた戦士を見下ろす。
「お前の死は、無駄にはしない」
「清継さん……」
「これからお前が行く天国では、
きっと良き飼育員と、美しいメスゴリラが迎えてくれるだろう」
「……最高じゃないですか」
「胸を張って逝け。誇り高き副将よ」
別れを惜しむ。
そこで、体育教師のチンピラめいた怒声がグラウンドに炸裂した。
「おい五里てめえ!
何浸ってんだコラ! さっさと外野に下がれオラぁ!」
「……マズい、殴られるぞ」
そう急かすと、五里は我に返る。
目を見開き、
慌てて「はい!」と返事をして反対コートへと駆けていく。
――この損失は、実質俺が生み出したようなものだ。
副将を失った穴はデカい。
だが、嘆いている暇はない。
遅れを取った分は、取り戻さなければならない。
最も大きな戦果を上げている大将の圭吾が、
飛んできた敵のボールを片手で受け止め、俺に言う。
「おい、清継。
いつまで遊んでんだ」
「すまない。
ここからが本番だ」
一拍。
「俺は今から修羅になる。
奴らを一掃するために、全力でお前にボールを渡そう」
「……結局、他力本願じゃねえかよ」
圭吾は呆れたように言いながらも、
すぐにニヤリと笑った。
「まあ、俺が倒した方がポイント付くから、
戦略としては正しいんだけどな。
でも良いのか?
向崎も、観てるぞ」
女子テントの方では、
恋花たちが身を乗り出して声援を送っていた。
『汐森君、頑張ってー!』
誰のものかも分からない応援の声。
だがそこに混じって、
確かに、聞き覚えのある声が重なる。
「汐森、やっちゃえー」
「……笹本」
その名を口にした瞬間。
圭吾が横目で俺を見た。
「なあお前、
最近マジで笹本のこと狙ってるんじゃねえよな?
あいつも、まんざらでもなさそうだけど」
「なに?」
その時、
相手チームから放たれたボールが迫る。
受け止める勇気など微塵もない俺は、
身体を情けないほど大きく捻り、愉快なポーズで回避する。
「どうして、そう思う?」
「見てりゃ、誰だってそう思うだろ」
一拍。
「クラスの女子たちもさ、
清継は向崎との復縁を諦めて、笹本にくっつき始めたって阿鼻叫喚だぞ」
「そんなことになってんの? 嘘だろ。
てか、俺が復縁しようとしてるって噂、広まってんのかよ」
外野から飛んできたボールを圭吾が軽々とキャッチする。
そのまま、
信じられない速度で相手チームへ叩き込んだ。
鈍い衝突音。
続いて、女子の歓声と甲高い笛の音が重なる。
グラウンドに舞い上がる砂ぼこりが目に入り、痛みに目頭を擦る。
だが、圭吾はそんな俺を気にも留めず、平然と問いを投げてきた。
「そりゃお前、人気者だからな。
で、もし笹本に告られたら、どうすんだ?」
「あり得ないな。断言できる」
「……断るって意味か?」
「違う。
中学の頃なら、そんな可能性もあったかもしれないけど。
告白されること自体が、もう無い」
圭吾は興味深そうに眉を上げた。
「何でそう思う?」
「何となく分かるんだ。
あいつはもう、俺のことを好いてない」
俺は続ける。
「前に笹本に、こんなことを言った。
『高校は、同じクラスになれたらいいな』って。
それは、恋花も含めての話だった」
「ほう。それで?」
「笹本はこう返したんだ。
『そうなれば、夢かどうか、頬をつねりたくなる話だね』って」
その時の空気を思い出す。
「俺は、夢みたいに嬉しいって意味だと思った。
でも、今なら分かる」
ちょうどその時、
真正面から飛んできた敵チームのボールを、俺は初めて正面で受け止めた。
衝撃が掌に走り、痺れが腕を駆け上がる。
「――あいつは、自分以外の“人気者”が嫌いなんだ」
息を吐き、結論を口にする。
「だから、あの時本当に言いたかったのは……
悪夢みたいな出来事だね、って意味だったんだ」
そのまま、ボールを圭吾へ放る。
俺が投げてもどうせ当たらない。
だったら、最初から託した方がいい。
圭吾はそれを受け取ると、
相変わらず腹立たしいほど楽しげな笑みを浮かべて、ぶん投げた。
――命中。
笛。歓声。
大将得点。二ポイント。
勝敗は、もはや揺るがないだろう。
圭吾は笑みを崩さぬまま、言った。
「じゃあさ。
なんでお前は――
嫌われてるかもしれない相手のことを、そこまで気に掛けてんだよ」
「あいつ、実は苦しんでるんじゃないかって思ってさ。
きっと俺や恋花のいる教室に、本当は居たいと思ってない」
言葉を選びながら、続ける。
「暫く不登校だったのも、そのせいかもしれない。
今は悪目立ちしてるけど、クラスに馴染めるようになれば、
あいつも普通の学校生活が送れるんじゃないかって思うんだ」
「なるほどな。
じゃあ今は、笹本のために奮闘中ってわけか」
軽く肩をすくめる。
「手伝えることある?」
「……俺と恋花が揃ったクラスが、
“悪夢”に例えられたのが引っ掛かってる」
一呼吸。
「二人だけの時は、上手くやれてたんだ。
もし恋花が加わることで、笹本を苦しめる原因が生まれるなら――
その理由を、ちゃんと知っておきたい」
「そんなの、ただの嫉妬じゃねえの?」
「ないな」
即答した。
「あいつは女々しい奴じゃない。
それにさ――お前、アイドル詳しいか?」
「全然」
「だろうな。
三日月天使レイラちゃんの主題歌を歌ったアイドルグループ、
『蜜色プロジェクト』のことが知りたかったんだが」
それは、笹本がかつて所属していたアイドルグループの名前だった。
解散理由と、何か繋がるものがある気がして、
最近ネットで調べてみた。
だが、表向きの発表は『学業に専念するため』としか書かれていなかった。
もし本当に学業が理由なら、
今の笹本があんなに馬鹿なわけがない。
――西洋を九州かと問う女だ。
どう考えても、別の理由がある。
そんな説明を省いたとはいえ、
圭吾はまるで言語の通じない異国の人間でも見るような目をしてくる。
ムカつくから、次は顔面にボールぶつけてやろうかな。




