漢達の聖戦②
副将に決まった五里が、
目に涙を浮かべながら、直角九十度の礼をしてくる。
「清継さん……ありがとう。
俺は、清継さんの期待に応えられるよう――命を賭けるぜ」
「たかが体育大会だろ。
肩の力抜いて、楽しんでやろうぜ」
「はい。身を挺して清継さんを守ります」
……ん?
こいつ、ドッジボールのルール分かってるのか。
いや待て。
ルール“しか”知らない俺より使えない人間なんて、
そうそう存在しないだろう。
圭吾が皆の前に立ち、再び場を仕切り始めた。
「これで俺達の体制は決まった。
これより、四天王から皆に意気込みを伝える。心して聞くように」
うわ、めちゃくちゃだるい。
こういう場での無難な挨拶って、何が正解なんだ。
考える時間を稼ぐため、
俺は先に五里へ視線を送って発言を促した。
五里は落ち着いた様子で一歩前に出て、ゆっくりと口を開く。
「お前らに言いたい事は、ただ一つだ。
清継さんの為に……死ね」
思考を回していたはずなのに、体が先に動いていた。
「アホかお前は!」
「痛でえ!」
「死んでどうする! 相手を倒すんだよ!」
「は、そうか! みんな、敵を倒せ!」
この単細胞ゴリラめ。
こいつが副将で本当に大丈夫なのか。
そう思ったが、周囲を見ると、
クラスの連中はなぜか笑顔になっていた。
……まあ、士気は上がったようだし、いいか。
次は上野だ。
「……僕も言うの?」
「当然だろ。
四天王の裏ボスなんだから」
「変な噂が流れるからやめてくれよ」
そう悪態をつきながら、上野も皆の前に出る。
一度深呼吸してから、口を開いた。
「えーと……みなさん、
怪我なく、ルールを守って頑張りましょう」
――以上、校長先生の挨拶でした。
とでも言いたくなるような内容だ。
ここまで平凡だと、
もはや無難ですらなく「無」である。
それでも俺たち二年一組男子は、なぜか拍手を送り、賛辞を与えた。
よし、次は俺だな。
そう思っていたのだが――
「次は俺だ。
大将を任せてもらった、板橋 圭吾だ」
この野郎、俺を最後に持っていきやがったな。
後で処す。
圭吾は、いつもの軽薄な調子ではなく、
やけに真面目な口調で続けた。
「いいかお前ら。
最初にも言ったが、これは体育大会じゃない。
殺し合いだ」
「いや体育大会だろ」
「この戦いには、何としてでも勝たねばならない。
なぜか。それは――俺達の担任、近島葵先生に勝利を捧げるためだ」
周囲が、わずかにざわつく。
「葵ちゃんは、新人教師で、初めてクラスを受け持った」
一拍。
「それなのに新学期早々、不登校――
五里、笹本という不良債権を抱え。
学年でも目立つ清継、向崎、王子が揃った混沌とした教室の担任を任された」
『胃が痛くなりそうなメンツだ』
『俺ならもう教師辞めてるかも』
……なんで俺まで腫れ物扱いなんだ。
とはいえ、反論はできない。
確かに、最初に受け持つクラスとしては荷が重すぎる。
「それでも葵ちゃんは、いつも笑顔で俺達の話を聞いてくれる。
明るい教室を作ってくれている。
なのに俺達は、何一つ恩返しができていない。
――これは、由々しき事態だろ?」
圭吾は一度、
大きく息を吸い込む。
「だから今回、俺達が勝利で報いる。
これは遊びじゃない。
俺達が男を見せる“聖戦”だ」
「飛び交うボールは銃弾だと思え!
ボールがなければ、股下の玉を二つ使え!
どんな手段を講じてでも勝ちに行くぞ!」
息を吸い込む。
「俺達、二年一組が――最強のクラスだって証明してやろうぜ!」
「「おおおおおお!」」
なんたる勢い。
まるで言葉に魔法でも掛けたかのような士気の上がり方だ。
――いや待て。
どんな手段を講じてでもはダメだろう……!
そんな事を考えていると、圭吾が俺の肩を叩いた。
「さあ清継、最後はお前の番だ。
締めてくれ」
「いや、もう十分締まっただろ。
これ以上締めたら開かなくなる」
「何言ってんだよ。
クラスのエースはお前だ。
みんな、お前の言葉を待ってる」
そう言われて、周囲を見渡す。
――わりと全員、もう話終わった感出てる。
待ってるの、五里くらいじゃないか?
仕方がないので、咳払いして注目を集めた。
「えー……まあ、あれだ。
圭吾も言っていたが、これは聖戦になるだろう。
そうしてもいいと思う」
一瞬、皆が身構える。
「近島先生は、俺達にとってのヒロインだ。
それは間違いない。
そして、俺たちもまた、良い教え子であるべきだろう」
俺は、女子達のいるテントへと視線を向ける。
「だがな。
近島先生は俺達全員のヒロインであって、
それぞれのヒロインじゃない」
ざわり、と空気が動く。
「圭吾も言った。これは男を見せる戦いだってな。
だったら――それぞれが、想うヒロインに捧げる聖戦でもいいはずだ」
拳を握る。
「お前らにもいるだろ。
男を見せたい相手が。
俺にもいる!」
一拍、間を置いて叫ぶ。
「お前らは――この戦いで、誰に男を見せたい!?
叫んでみろ!」
すると、圭吾を皮切りに次々と声が上がる。
「葵ちゃあああん!」
「月兎ちゃあああん!」
「美姫ちゃあああん!」
「笹本さあああん!」
「清継さあああん!」
……誰だ、今俺の名前叫んだ奴。
まあいい。俺も続こう。
近島せんせえええ――あ、違う。
「恋花ああああああ!」
恐らく俺達は、他クラスから見れば、
突然女子の名前を叫び始めた変態異常カルト集団だ。
校内でなければ、
警察が飛んできてもおかしくない。
だが、これは必要な儀式だ。
少なくとも俺達男子には。
俺は再び、恋花達のいるテントを見る。
この奇行に気付いた恋花と、目が合った。
――きっと、こう思っているはずだ。
『突然私の名前を叫ぶなんて、清継君、可愛い……恥ずかしい』
決して、
『うぇ、何か叫んでる……きっしょ』
なんて暴言は吐いていない。
間違いない。
絶対に。
俺は一度、深く息を整える。
「よし!
まずは俺達、二年一組男子が――ドッジボールの優勝を掴みに行くぞ!」
「「おお!」」
こうして俺達二年一組は、最高潮に高まった胸の鼓動を抱えたまま、
この聖戦――
ドッジボールへと挑むのだった。




