表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
62/114

二年前の放課後【Ⅲ】②

「あれ?」


 ふいに、声が聞こえた。


「汐森君じゃない?」


 誰だ。


 公園の入り口へ目を向けると、

 胸の前で小さく手を振りながら、少女がこちらに近づいてくる。


「やっぱり汐森君だー。

 放課後、この公園で目撃されるって情報は本当だったのね」


向崎こうざきか」


 俺はブランコを止める。


「何、俺のことでも探してたの?

 告白か?」


 向崎こうざき 恋花れんか


 同じクラスの女子で、

 最近、話す機会が増えてきた相手だ。


 大きく、よく通る瞳。


 夕暮れの光を受けて、

 透き通るような肌がほんのり橙色に染まっている。


 柔らかな表情で、

 誰にでも気さくに話しかける性格。


 そのせいか、校内でも特別な人気者だった。


 けれど。

 同じく人気者扱いされている俺に対しても、

 媚びることはない。


 特別扱いもしない。


 だからこそ、こうして対等に話ができる、

 数少ない相手の一人だった。


 俺の軽口に、向崎はじっとこちらを見返した。


 まるで、道端のゴミを見るような視線だった。


「うわ」


 眉をわずかにひそめる。


「最近うすうす思ってたけど、

 汐森君って……実はドン引きレベルのナルシストよね。

 スマホの待ち受け、絶対自撮りにしてるでしょ」


「おい向崎。

 俺は自作の右手ピースサインを待ち受けにしたことはあるが、自撮りはしてないぞ」


「うぇ、ピースまではしてるんだ……

 普通に引く」


「出てきて早々、好き放題言いやがって。

 今さら付き合ってくれって態度改めても、もう遅いぞ。

 お前なんかお断りだ」


「いや、頼んでないし、むしろ私が願い下げなんだけど。

 たまたま帰りに見かけたから声掛けただけだし。

 えっと……」


 そこで、向崎は俺の隣に視線を移した。


 本当に腹立たしい奴だ。


 可愛いだけで、何の魅力もない。

 可愛いから許すのだが。


 そんな可愛い向崎は、

 俺の隣にいる笹本を覗き込む。


 笹本はフードを目深に被り、顔を伏せたままだった。


 恥ずかしがり屋、というわけではない。

 たぶん、こういうタイプの人間と関わりたくないだけだ。


 二人は、どう見ても気が合いそうにない。

 向崎もそれを察したのか、少し遠慮がちに口を開く。


「あ、ごめん。

 お邪魔だったよね」


 一拍。


「大丈夫、汐森君のことは何とも思ってないから。

 むしろ気持ち悪い自分大好き人間としか……いや、それは言い過ぎか」


「人を散々貶しておいて、勝手に反省するな。

 自己嫌悪に陥る前に、この後カウンセラーに診てもらえ」


「はいはい」


 向崎は軽く手を振る。


「汐森君も鏡ばっか見ないようにね。

 じゃあ、私帰るから。バイバイ」


 そう言って、向崎はあっさりと背を向けた。


 軽く手を振りながら、公園の出口へ歩いていく。


 あんな奴を彼女に欲しがる男は、

 きっと、しょうもないマゾ野郎だろう。


 ……まあ。

 俺は違う。


 あいつのせいで、調子が少し狂わされた。


 大きく背伸びをした、その瞬間だった。


「あんた」


 笹本が、ぽつりと呟く。


「随分、向崎と仲が良いんだね」


「いや、お前にとっての仲が良いって、互いに罵り合うことなのかよ。

 ラップバトルが愛の囁き合いになっちゃうだろ」


「少なくとも」


 笹本は静かに言った。


「私には、あんた達がそう見えた」


「お前にもカウンセラーが必要みたいだな……

 “世界が優しい言葉で溢れて困ってます”って相談すればいい」


「優しい言葉か……ホント、その通りだ」


 もちろん、冗談のつもりだった。


 別に誰かを傷つけるような言葉でもない。


 けれど、その時の笹本は――

 まるで、この世界に一人取り残されたみたいな顔をしていた。


 曇った表情のまま、視線を落とす。

 声が、少し震えていた。


「私、今年は汐森と向崎がいるクラスにならなくて良かったよ。

 きっと耐えられなかった」


「俺はお前も一緒が良かったんだけどな」


「はは。人気者のあんたは、そう言うだろうとも」


「お前だってそうだろ。

 高校は同じクラスになれたら嬉しいもんだ」


「そうなったら」


 笹本は空を見上げる。


「夢かどうか、頬をつねりたくなる話だね」


 それからしばらく、

 俺達は他愛もない会話を続けた。


 いつもと同じように笑って、


 いつもと同じように公園を出て、


 いつもと同じように帰った。


 ――その日が。

 笹本と過ごした、中学最後の放課後だった。


 それからも俺は、放課後になるとこの公園に来た。


 ブランコに座って、

 笹本を待った。


 けれど。


 彼女が姿を現すことは、二度となかった。


 きっと、俺は嫌われたのだろう。

 そう思ったせいで、

 学校で姿を見かけても、声をかけられなかった。


 何を間違えたのか。

 何に気付けなかったのか。


 答え合わせの出来ない問いだけが、

 しばらく胸の奥に残り続けた。


 ――あの日のブランコみたいに、

 少しずつ、リズムを狂わせながら。

 


* * *


「おはよう恋花。

 今日も可愛いな」


「はいはい、おはよー。

 どうせこのあと、同じこと笹本さんにも言うんでしょ?」


「言わねえよ。

 そこはちゃんと線引きしてるっての」


「どうだか。最近、あなた笹本さんとべったりじゃない。

 一緒に学校サボるし」


「それ、卒業まで言われ続けるの?」


「あの時ほんとに、清継きよつぐ君、体調悪いんだと思ったのに。

 心配した自分が馬鹿みたい。

 もう清継君が目の前で泡吹いて倒れて痙攣してても、心配しない」


「いや、さすがに目の前でそうなってたら心配して。

 つーか、心配しなくていいから救急車は呼んでくれ」


 俺は、朝一番の元カノとの軽口を一通り楽しんでから、

 自分の席に腰を下ろした。


「笹本、だいぶクラスに溶け込んできたよな」


「そうね。

 それでもやっぱり、あの感じだし。

 距離を置きたがる子もいるけど」


「お前とか?」


「私は“置きたがってる”んじゃなくて、“置いてる”の。

 一緒にしないで」


 相変わらず、恋花と笹本の相性は最悪らしい。

 それでも――俺のいる教室に、笹本がいる日々は嬉しかった。


「もう少しだな」


「何が?」


「笹本が、このクラスに馴染むまで」


「はあ……。

 あなたって、本当に人が良いのね」


 当然だ。

 それが俺の、生き方なのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ