『伝説の清掃員』②
「それでは、物語を作るにはまず舞台と主人公が必要です。
私的には現代よりも、西洋ファンタジー風にしたいと思うのですが……
先輩方はどう思いますか?」
後輩の水上は、テーブルいっぱいに原稿用紙とメモを広げ、
シャープペンを指先で遊ばせながら、こちらを見上げた。
本来この時間は、俺と水上の二人で、
笹本悠里についての話をするはずだった。
それがどういう因果か。
当の本人まで同席し、
挙げ句の果てには、創作課題の手伝いをする流れになっている。
急な予定変更で完全にやる気を失った俺の元に、
王子と笹本という、最悪にも見える先輩チームが揃った。
「良いんじゃないか。
水上の課題なんだし」
「僕も現実の縛りがないファンタジーの方が、
自由に発想できて良いと思うよ」
「ねえ汐森。
西洋ってどこ? 九州?」
笹本、お前はやっぱりもう帰れ。
頬杖をついて無視していると、水上が律儀に解説を始める。
「笹本先輩にも分かりやすく言うなら、
ワインや甲冑を身につけた騎士。
十字架、長髪に髭の男性、でしょうか。
そこからイメージを広げて――」
「じゃあ、甲冑着た長髪ヒゲの騎士が、
胸で十字切りながらワイン飲んでれば良いんじゃないの?」
「さっそく変態じゃないですか」
静かな嘆き。
「代表イメージを詰め込み過ぎです。
ラーメンにハンバーガー突っ込んで、
美味しい+美味しい=凄く美味しいよねって言ってるようなもんですよ」
「ねえ。
この子、私のこと馬鹿だと思ってない?」
俺を見るな。
どう考えても、
「わたしのかんがえた理想のおこさまランチ」を提示した笹本が悪い。
そんな訳の分からない人物を主人公にして、
どう物語を転がせと言うのだ。
実は趣味が露出狂で、街を混乱させた罪で断頭台――
そんな結末にでもすればいいのか。
「足し算だけじゃなく、引き算も大事だろ。
長髪ヒゲの騎士で止めて、ワイン好きとか、週に何度か教会に通ってるくらいで良い」
「さすが清継先輩。
すっきりまとまりましたね」
「そもそも、そこまで設定詰めなくても良い気はするけどな」
「裏設定も大事かと思いまして。
それでは、主人公の名前を決めましょう。
後の伝説となる騎士に、相応しい名前を」
水上はシャープペンでメモを取りながら言う。
西洋の有名な騎士といえば、
円卓の騎士を率いる強力な支配者――アーサー王だろう。
その名を用いた創作物は数知れず存在する。
恐らく、元の伝説となった物語の威厳を、
名前一つで借りる事が出来るからだろう。
説明不要の分かりやすさは、創作において強力な武器だ。
もう適当にアーサーで良いだろう。
「じゃあ、アー……」
言葉を被せて来たのは王子だった。
眉間に手を当てながら言う。
「伝説の騎士に相応しい名前か。
では、ゲーリー・ゲリバルトはどうかな」
……げり。
何だその、腹具合の悪そうな――。
言わんとしている事を笹本が代弁する。
「なんだか、お腹が痛そうな名前ね」
「そうかい?
かなり強そうだと思ったんだけど」
一拍。
「強そうといえば、彼は何か特殊な力を持っていないのかな。
清継君、どう思う」
「じゃあ、慢性的胃腸炎とかで良いんじゃないか」
「ほう。
それは気の毒だ」
少しずつ、主人公に個性が生まれてきた。
俺たちの手で水上の物語に愛着を持たせてやろう。
そう思っていた所で、水上が声を荒げた。
図書室では、お静かに願いたい。
「ちょっとお! 先輩達、人の創作物で遊び始めてますよね!?
何処の世界に慢性的胃腸炎のお腹のユルい伝説の騎士がいるんですか!
手から炎が出せるとかならまだしも、出所が違うんですよ!」
「大声出すなよ水上。
世の中の著名人やアスリートだって、
どんな疾患を抱えているか分からんだろう」
静かに制してから。
「目に見える物だけが真実とは限らない。
ゲリバルトだって立派な英雄になるさ」
「目に見えなくて良い設定が、
承認欲求全開で顔出してくるから問題なんですよ」
「唯一無二を目指すなら、
王道から外れる勇気も必要だろう」
「じゃあせめて。
伝説を刻む唯一の武器でも与えて下さい!」
「なるほど、武器か」
武器は英雄譚の象徴だ。
それこそアーサー王の『エクスカリバー』や、戦神トールの『ミョルニル』。
海神ポセイドンの『トライデント』等が有名で、武器と物語は不可分だ。
では、ゲーリー・ゲリバルトの所有物にも、
物語にまつわる力強い物がいるだろう。
俺程度の脳みそでは、幼稚で汚らしい発想しか浮かばないものだ。
――ここはパスしよう。
「笹本。
ゲリバルトに良い武器を与えてやってくれないか」
笹本は考えるポーズをする。
「そうねえ。
じゃあ、魔剣・“音姫”なんてどうかしら」
一振りしただけで、川のせせらぎが聴こえて来そうな清涼感のある名だ。
恐らく、プライバシーを特別気にする性格の、
名高い刀鍛冶が作り上げた名刀なのだろう。
一体どんな力を宿した魔剣かは知らないが、
笹本が悪ノリしている事だけは分かった。
水上がついに机に身を伏せる。
「もう取り返しが付かないとこまで来てますよ……音姫で何を守るんですか。
世界よりもトイレ個室の平穏優先ですか」
「み、瑞希ちゃん。
僕たち、結構ゲリバルトらしい提案をしているつもりなのだけれど、駄目だったかな」
「清継先輩と笹本先輩はともかく、
美姫先輩は天然でやってるのが恐ろしいです……。
もう騎士という職業そのものを変えた方が良いレベルになってきました」
きっと水上も、王子の中身がこんなポンコツだと思って無かったのだろう。
王子が隣の席に並んだ当初は、
憧れの存在でも前にしたみたいに頬を染めていたというのに。
今となっては、
俺たち先輩チーム全員を敵だと思っている目をしている。
さすがに水上が可哀想になってきた。
であれば、
この俺が無法者共の手綱を握ってやらねばなるまい。
「王子よ、ここはひとまずゲリバルトをジョブチェンジさせよう。
彼はもう騎士である必要が無くなった。
戦いは終わったんだよ。
今までの流れを汲み取った、いい職業を与えてやってくれ」
「ジョブチェンジ……つまり転職ということだね。
今までの流れから推察するにゲリバルトに相応しい仕事は、そう。
――トイレの清掃員だろうね」
いや、転職って多分そういう事じゃない。
「職業っていうのは、剣士とか魔法使いとか盗賊とか、そういう事だろ。
ほんとにハローワーク行ってどうする」
「そういう意味だったのかい。
ファンタジー世界は奥が深いね」
一人頷く王子をよそ目に、笹本が半笑いで言う。
「良いじゃない汐森。
ファンタジー世界の騎士なんて実質、
騎士を自称した自宅警備員みたいなもんなんだから。
ゲリバルトがまともな仕事に就いてくれて、私たち生みの親は嬉しい」
「お前はもう何も喋るな」
「ひどい」
各々が好き放題に案を出したばっかりに、
いよいよ収拾がつかなくなってきてしまった。
これ以上、設定を付け足す必要はもうないだろう。
後はこれらをどうにかまとめ上げなければ、
俺たち二年生は、ただ後輩をイジっただけの無能集団になってしまう。
俺が、やるしかあるまい。
「まずはこれまでの情報を整理しよう」
声を落とす。
「主人公ゲーリー・ゲリバルトは、慢性的胃腸炎を患ったトイレの清掃員だ。
週に何度か教会に通い、彼の伝説には魔剣・“音姫”が登場する。
……水上、ここまでは合ってるか?」
「はい。最低です」
「では、彼はなぜ教会に通うか――」
思考を回す。
「それは、ゲリバルトの仕事が教会内のトイレ清掃だったからだ。
彼は清掃中に歌を口ずさむ癖があったんだ。
そこにデッキブラシをリズミカルに加えた、軽快かつ丁寧な清掃を心掛けていて、
その勤勉さは神父達にも評判だった」
「歌いながら仕事する人って、
果たして勤勉なんですかね」
さあ。
分かりません。
「教会では週に一度、聖歌隊がやって来て歌が披露された。
しかしその日。
聖歌隊メンバーが皆、
急遽体調を崩して歌の披露が叶わなくなってしまったんだ」
王子は戦慄する。
「清継君、その体調不良というのはまさか……」
「ああ。
皆、胃腸炎だ」
水上が、声を低くする。
「その情報、いります……?」
校舎の外から、
野球部がバットでボールを打つ、乾いた金属音が響いた。
それを合図にしたかのように、しばしの沈黙が訪れる。
窓から流れ込む暖かな風を頬に感じながら、
再び思考を巡らせる。
「流行り病だったんだよ。
原因不明のな」
一拍。
「だから皆が教会で祈りを捧げ、平穏を願った。
そんな中で聖歌隊までもが病に倒れたと知れ渡り、皆が絶望した。
それでも皆は祈った――祈り続けたんだよ」
「歌という希望が奪われ、病魔にも怯えているだなんて。
汐森、さすがに悲劇だわ」
「そんな時だ。
多くの民衆が静寂の中で祈りを捧げていると、
どこからか愉快な歌声が聴こえてくるじゃないか」
手を耳に当てる。
「耳を澄ます。
――トイレからだ」
「清継先輩、まさかそれが」
「ああ。ゲーリー・ゲリバルトだったんだよ。
彼が歌を歌い、デッキブラシでミュージックを奏でる。
教会はまるで、ダンスホールのようになった」
大詰めだ。
俺は唇を舐める。
「やがてゲリバルトは、皆に勇気を与える存在になった。
自身も病に苦しんでいるのに、
楽しそうに歌い、心を弾ませるようにデッキブラシを擦る。
それは暗闇にみた一筋の光となって、皆に力を与えたんだ」
息を整える。
「それから数カ月。流行り病は無事に治まり、平穏が取り戻された。
民衆は言う。『彼こそが、英雄である』と。
その英雄譚を讃え、
いつしかゲリバルトの持つデッキブラシはこう呼ばれるようになったんだ」
皆の視線を一身に浴び、
低く、声を落とす。
「――魔剣・“音姫”」
俺は、深く息を吐いた。
「これが伝説の清掃員、
ゲーリー・ゲリバルトの物語だよ」
テーブルが静まり返る。
こんな事を真顔で語っている自分がアホみたいで、
俺は内心では笑い転げていた。
あはは! クソみたいな物語だ、と。
しかしその顔は表に出せまい。
王子がゆっくりと拍手をし始め、笹本もそれに続いた。
「清継君、素晴らしい物語だったよ。
彼の伝説は僕たちの中でも、語り継がれる事だろう」
「汐森、泣けた」
俺は、お前ら無法者共を制御出来た事に涙が出るよ。
これで、俺たち先輩の失われた信頼も、取り戻せたのではないだろうか。
水上を見る。
「どうだ水上。
俺たちも遊んでるだけじゃないだろう。
少しは面目、保てたか?」
問うと、水上は大きく溜め息をついて、
まるでしょうもない人達を眺めるようなジト目を向けてから、こう言った。
「今までの事は、水に流しましょう」
おあとがよろしいようで。
こうして、水上の創作課題は完成した。
後になって聞いた話だが、
『伝説の清掃員』と題されたこの物語。
一年生の間でかなりの話題となり、
すっかり水上は、頭のおかしい文学少女として有名人となったようだった。
水上の面白さに皆が気付いてくれて、俺も嬉しい。
今回は笹本や王子も参加してくれた訳だが、
結果的には有意義な時間だったと思う。
笹本には、俺意外の人間とも交流を持って、
早くクラスに馴染んで欲しいから。
この時の俺は、
笹本がクラスに馴染んでしまうという事が、
彼女にとってどんな苦しみをもたらすのか――想像してもみなかった。




