犯罪組織「K」 ④
「俺の絵を見てから、勝負を取り消すなよ」
「あら、随分な自信ね。
楽しみだわ」
俺たちはそれぞれ画用紙と向き合い、鉛筆を走らせ始めた。
もっとも、
俺の場合は“動かしているフリ”に過ぎない。
万が一、覗かれた時のために、
少しは自分でも描いておいた方がいいだろう。
まず必要なのは、恋花の写真だ。
計画の実行役――オタクモブ上野へ送るための、参考資料。
制服のポケットに忍ばせたスマホを、指先で探る。
今この場で無造作に構えれば、流石に怪しまれる。
だから。
用意していた最初のプランを実行する。
座ったまま、椅子を床で擦る。
教室に不釣り合いな、耳障りな摩擦音が響いた。
作戦開始の合図を嗅ぎつけ、
陽動部隊――圭吾が、飄々と現れた。
「よお、清継&向崎。
順調に進んでるか?」
「板橋君……。
私たちをセット扱いするの、やめてくれる?」
「いやあ、悪い悪い。長年の癖だな。
てか最近、お前ら仲良くね?
ちょっと前まで、ろくに会話してなかったじゃん」
「会話しないようにしようって、
清継君を意識するのが、馬鹿らしくなっただけよ」
「ほら、呼び方だって下の名前に戻ってるし」
「あーもう、うるさいわね」
実に手慣れた絡み方だ。
恋花の注意を、自然にこちらから引き剥がす。
俺はその一瞬を逃さず、スマホを構える。
シャッター音を殺すように、短く一枚。
少しブレてはいるが問題ない。
上野なら、線を起こす前に整えてくれる。
画像を添付し、送信。
第一段階、クリア。
圭吾よ。
報酬のラーメンは、お前のものだ。
俺は軽く咳払いをした。
「圭吾、あんまり恋花をおちょくるな。
お前こそ作業はどうなんだ。相方、放ったらかしじゃないのか?」
「ちゃんと授業受けてる奴のが珍しいって。
俺の相方、いま王子のデッサンしに行ってるし」
顎で示され、視線を向ける。
そこにいたのは、この学年で突出した人気を誇る女子――
『王子』こと、皇美姫。
中心に静かに座る王子を囲むように、
女子たちが椅子を引き、円を描いている。
異様な光景だった。
人物画というより、即席の撮影会。
まるで人気コスプレイヤーの囲みイベントだ。
この授業のテーマは『私を描く隣人』だったはずだが――
隣人の多い王子は、
さぞご近所付き合いが大変だろう。
「さすが王子。
あいつだけ描く人数が多すぎて、逆に可哀想だな」
「もはや人物画じゃなくて、風景画だろ」
他人事のように眺めていると、
恋花が鉛筆の尻で自分の眉間を軽く突いた。
「はいはい。
そこのおバカ兄弟、授業に集中しなさい」
「どっちが兄だよ」
「どっちでもいいけど、清継君じゃない?
実際、弟いるし」
本当に何気ない口調だった。
だが、圭吾は拾った。
「清彦か。
もうしばらく会ってねえな。元気してんの?」
「ああ……まあな」
歯切れの悪い返事をした俺を見て、
恋花は鼻で小さく笑った。
「偉いわよね、清彦君。
高校には行かず、すぐ就職して。親元も離れて。
ただ学校で時間潰して、バイト行くだけのお兄ちゃんとは大違い」
――その瞬間だった。
圭吾の表情から、軽さが消えた。
怒鳴ってはいない。
だが、目の奥に、これまで見たことのない色が宿っていた。
「向崎」
低く、冷たい声。
「それ、冗談で言ってんのか」
「え……?」
「笑えねぇこと、言ってんじゃねえ」
空気が、張り詰める。
教室のざわめきが、遠くに引いた気がした。
こんな圭吾を見るのは、初めてだった。
相手が恋花でなければ――
既に手が出ていても、おかしくはない。
それほどの、危うさが、そこにあった。
俺は慌てて、二人の間に割って入る。
「待て待て、どうした圭吾。
お前はスイッチ一発で着火するガスライターか。
恋花だって、流れで言っただけだろ。そんな言い方しなくてもいい」
「清継。
お前が怒りそうにねえから、代わりに言ってるんだぞ」
「頼んでないっての。
俺は気にしてないから」
そんなやり取りを、不安そうな表情で見比べる恋花。
「え……何?
さっきから二人して、どうしたのよ」
無理もない。
俺は、自分の壊れた家族のことを恋花に話したことがない。
養護施設で過ごしていた過去も――もちろんだ。
恋花の、悪気のない顔を見て、
圭吾は一瞬、目を見開いた。
それから、深く、長いため息を吐く。
「……おい清継。
まさか向崎に、何も話してねえんじゃないだろうな」
「別に……いいだろ」
「お前……マジかよ」
圭吾は頭を掻きむしり、吐き捨てるように言った。
「あー、クソ。
そうか……そうなりゃ、俺が悪いわ」
そして、恋花に向き直ると、
素直に頭を下げた。
「向崎。
俺が悪かった。言い方もきつかった。悪い」
「……いや。
いいけど」
恋花は、状況を飲み込めないまま、
話の流れに身を委ねるように、それを受け入れた。
妙な空気だけが、そこに残る。
自分がここにいても、
もう場は和まないと悟ったのだろう。
圭吾は、来た時とは違い、
どこか重たい足取りで離れていく。
「じゃあな。俺も授業戻るわ。
清継、ラーメン奢り。忘れんなよ」
「ああ。
もちろんだ」
これで、今回の計画は半分ほどが完了した。
あとは上野が恋花の絵を仕上げ、
それを輸送役の五里が運んでくるだけ。
俺は、ひとまず胸を撫で下ろす。
――その、直後だった。
恋花が下唇を噛み、
誰にも届かないほど小さな声で、呟いたのは。
「また……
私だけが知らない清継くんの話なんだ……」




