犯罪組織「K」 ②
要件だけを簡潔に告げる。
「この後、美術の授業があるだろ。
隣の席の人物デッサンだ。
その絵を、俺の代わりに描いてほしい」
「冗談だろ?」
上野は、即座に眉をひそめた。
「汐森の隣の席って、あの向崎恋花じゃないか。
僕みたいな日陰者は、目を合わせただけで魂が消えてなくなる。
天上人みたいな存在だよ」
一拍。
「それに、汐森と僕の席は結構離れてるだろ。
どうやって向崎の姿を描けって言うんだよ」
「美術の担当は、菅原の爺さんだ。
授業が始まったら、どうせ教室を出ていくだろ?
その後なら、いくらでも隙はある」
俺は、事前に組み上げていた手順を、
さも当然のように口にする。
「俺がスマホで恋花の写真を撮って送る。
後は、それを見て描いてくれればいい」
「正気かい?
撮影なんてしたら、向崎に怪しまれるだろ」
「問題ない。
陽動部隊は、圭吾に任せるつもりだ」
「“部隊”って……単独じゃないか……。
じゃあ仮に、僕が向崎の絵を描いたとして、
それをどうやって君の元に届ける?」
「輸送部隊は、五里だ」
視線で圭吾と五里の方向を促す。
上野もそれに次いだなら、
気配に気付いた圭吾と五里が『はあ〜い』と、手を振り返してくる。
上野にとっては、クラスでも異様な存在感を放つ連中に囲まれて、
さぞ災難に思っていることだろう。
俺たちが、死神に見えていたとしても、不思議ではない。
上野は、大きく溜め息を吐いた。
「君たち、いつも変なことしてるグループだなって思ってたけど……
そこまでするかい?
絵なんて、汐森でも描けるだろ」
「上野。
それだけは、言っちゃいけない」
声を落とした。
冗談を許さない、静かな調子で。
「世の中にはな。
普通なら当たり前に出来ることでも、
逆立ちしたって出来ない奴がいる」
一拍置く。
「――自分の物差しで語ってはダメだ」
「なんで僕が説教されてるんだ……」
上野は、困惑したように首を振った。
「少し協力することも考えたけど、
やっぱり現実的じゃないし、リスクもある。
リターンが無い中で、僕が背負う責任が大きすぎるよ」
もっともな意見だ。
以前、少し手を貸したからといって、
ここまでの計画に巻き込むのは、フェアじゃない。
それは、“助けたことへの報酬”を、後出しで要求する行為に近い。
――悪徳。
そう呼ばれても、否定できない。
上野は、こちらの話を最後まで聞いてくれた。
俺に対して、少なからず恩を感じているのだろう。
――だからこそ。
ここから先は、対等でなければならない。
「上野。
お前の言ってることは正しい。
だから――『取引』をしよう」
名を呼ぶ。
「五里」
「へい」
軽く手を叩く。
それだけで、
五里は察したように俺の前へ鞄を差し出した。
その中から“それ”を取り出す。
「上野。
これが何か、分かるか?」
差し出された瞬間、上野の表情が凍り付いた。
まるで、価値ある美術品か、
あるいは聖書でも前に置かれたかのような顔。
「こ、これは……
バーチャルアイドル、餅月月兎ちゃんの、
サイン入りブロマイド……!?」
声が、裏返る。
「汐森……これを、一体どこで……」
「当たったんだよ。
SNSのキャンペーンで」
餅月月兎。
アニメ調の外見を纏い、配信界隈で爆発的な人気を誇る存在。
最近ではネットの枠を越え、テレビにも出演し、
名実ともに“バーチャルアイドル”と呼ばれる存在になりつつある。
正直、この界隈に詳しくはない。
だが。
上野の反応が、すべてを物語っていた。
「……もしかして君も、月兎ちゃんのファンなのか……?」
「そうだったら、簡単には渡さないさ」
俺は肩をすくめる。
「SNSのキャンペーンなんて、
どうせ当選者なんて存在しないだろって思って、
適当に参加したら、これだ」
自嘲気味に、続ける。
「どうして欲しい物ほど、当たらないんだろうな。
ハンバーガーチェーンの五百円券ですら、
一度も当たったことがないっていうのに」
「……これを、見せて、どうするつもりだ……?」
「あげるよ」
即答だった。
「俺は別に興味ない。
だからさ。
今回の計画に、参加してほしい」
これはもう、
賄賂と呼んでも差し支えない行為だろう。
替え玉作戦など、決して褒められたものじゃない。
正義からは、確実に外れている。
それでも――
俺は、今日という日に命を懸けている。
ここまで、組織に与することを渋っていた上野だったが、
ブロマイドを目の前にぶら下げられた彼は、
驚くほどあっさりと、首を縦に振った。
「……分かったよ、汐森。
ただし、僕とて向崎の写真が送られてこなければ、
任務は遂行できない」
一拍置き、真面目な声になる。
「必ず、結果は出す。
だから……上手くやってくれ」
「ああ」
こうして俺たち四人は、この俺――汐森清継を主犯とする、
一時間限りの犯罪組織『K』を結成した。
この作戦を成功させなければ、
俺に明日はない。
――まだ、死ぬわけにはいかない。
近いうちに、笹本と話をしなければならないのだから。
結局、今日一日、
笹本は授業を一度も受けていない。
彼女の近況も、聞かなくてはならないだろう。
同じ病を抱えた――
友人として。




