犯罪組織「K」 ①
「この昼休みが明けたら、次はいよいよ美術の授業が始まる。
圭吾よ、五里よ。
色々世話になったな」
昼休みの教室。
皆がそれぞれの友人と、
それぞれの居場所へ散っていく時間帯だ。
教室に残っているのは、
指折りして数えられる程度の生徒しかいない。
俺は圭吾と五里、三人で教室の中央に集まり――
元は誰の席だったのかも分からない椅子を勝手に拝借して、
円陣を組むように腰を下ろしていた。
圭吾が、妙に真面目な顔で口を開く。
「清継。
お前は本当に良い奴だった。
水上にも、お前の勇敢な最期は伝えておこうと思う」
「ああ、頼む。
図書委員一人に任せてすまないと伝えてくれ。
それからもう一つ。
文庫本読んでる時、口が開きっぱなしだから、閉じた方が良いって」
「わかった。
水上のやつ、しばらく落ち込むだろうな……
あいつ、清継のこと、何だかんだ慕ってたからさ」
「そうか……
俺も、あいつと過ごした時間は楽しかった。
あれだけ気楽に接してくれる後輩は、そういない」
「清継……ありがとう」
「圭吾、お前も達者でな」
最後の別れめいたやり取りを交わしていると、
五里が呆れたような声色で割って入ってきた。
「清継さん……
そうならないようにするための、
作戦会議をするんじゃなかったんですかい」
「てへ。
そうなんだけどさ。
緊張感も大事かなって思って。
もう心臓バクバクで、昼メシも喉通らなくて」
「嘘言わないで下さいよ。
コンビニで買った俺の唐揚げちゃん、
奪い取ってバクバク食ってたじゃないですか」
「あれ、そうだっけ」
俺は誤魔化すように、あざとく頭をコツいた。
昼休みは、
大体いつもこの三人で過ごしている。
二人の都合が合わなければ、
たまに水上を誘うこともある。
思い返せば、一人で昼を過ごした記憶は、ほとんどなかった。
五里は、俺たちと昼休みを共にする時、
いつも少しだけ多めに食料を買ってきてくれる。
もちろん、頼んでいるわけではない。
それでも当たり前のように差し出されるその心遣いを、
無下にすることなど、出来るはずがなかった。
今日の俺は、五里が買ってきた唐揚げを、遠慮なく食べ尽くした。
それでも彼は嫌な顔ひとつせず、
ただ「しょうがねえなあ」と小さく呟くだけだ。
その懐の広さは、俺も見習わなければならない。
最近、五里は居酒屋でのバイトも始めたようで、
以前より、ずっと毎日が充実しているように見える。
その事実を知って、
俺はひそかに嬉しくなった。
「それで清継さん。
一体どんな方法で、この窮地を切り抜けるつもりなんだ?
清継さんの絵は、人を不快にさせる悪意なき凶器と聞いた。
今日の向崎は、見てて何だか不機嫌そうだったぜ……」
「ああ。今日の恋花は、暴虐の悪役令嬢だ。
どうやら笹本と一悶着あったらしい」
圭吾が、眉を寄せて首を傾げる。
「笹本って、あれだろ。
中学の頃、清継とべったりで仲良かった。
あれってお前ら、付き合ってたのか?」
「いや、そんなくっついてなかっただろ。
付き合ってもなかったし。
ほとんど、俺の一方的な好意だよ」
「一方的には見えなかったけどなあ。
だから俺と水上はさ、
お前らが一緒にいる時は、空気読んで近付かなかったんだぜ?」
「なんだそれ、初耳だよ」
「そりゃ初めて話したからな。
でも何でまた、その二人が仲違いしてるんだ?
元カノ同士なら、仲良くなれるだろ」
「いや、だから俺、笹本とは付き合ってねえっての」
――そんな、どうでも良い話をしている時だった。
教室の扉が、静かに開く。
眼鏡を掛けた、天然パーマの男子生徒が、
遠慮がちに足を踏み入れてきた。
視線が合う。
――俺の、目当ての人物だ。
「ちょっと行ってくる」
俺は椅子を引き、立ち上がった。
「なあ、えっと……」
――ヤバい。
声を掛けておいて、名前が出てこない。
自然に口から滑り落ちるはずだったのに。
……確か、絵が上手くて、美少女アニメが好きで。
バーチャル配信者にやたら詳しい――
オタクモブの……
頭の中が、洗濯機みたいにぐるぐる回る。
すると、相手の方から助け舟が出された。
「ああ、汐森。
僕は上野だよ。
『かみの』か『うえの』か、また悩んでいたでしょ?」
「え、ああ。
『うわの』でもなかったか。
すまん、毎度どっちか分からなくなってな」
――危ない。
本当に、誰だか思い出せなかったところを、
それっぽく緊急回避できた。
俺は、この上野という人物と、
まともに話した記憶があっただろうか。
そんな疑問をよそに、上野は妙に親しげな口調で続ける。
「はは。この前はありがとう。
おかげで文芸部の人とも仲良くなれたし、
自分に自信が付いたよ」
「俺、何かしたっけ」
「あはは。そうだね。
人気者の汐森からすれば、
人助けなんて日常茶飯事だろうともさ。
覚えてないのも、無理ないよ」
そう前置きして、彼は言葉を続けた。
「ほら。
文芸部の中に、同じバーチャル配信者が好きかもしれない子がいるって話、しただろ?
どうやって話し掛ければ良いか、相談したじゃないか」
「ああ――」
「君は言ったんだ。
『さりげなくバッグのアクリルキーホルダーを見せてみろ。
反応があれば、そのタイミングを逃すな』って。
あれが、きっかけだった」
上野は、少し誇らしげに笑う。
「上手くいったんだよ。
いつか、お礼をしなくちゃって思ってた」
――言われてみれば、そんなこともあった。
何気なく掛けた一言。
軽い助言。
その場限りの、善意。
だからこそ、俺は覚えていなかった。
そして、だからこそ――
今回は、このオタクモブ・上野と
“取引”をする価値があると、思ったのだった。
俺は、自然な笑みを浮かべた。
声の調子も、言葉の選び方も、
無意識のうちに“人に好かれる形”へと整えている。
「礼なんていいさ。
あれから文芸部の連中と仲良くなれたなら、良かったよ。
また力になれることがあれば、遠慮なく言ってくれ」
「さすが、あの汐森清継だな。
ここまでイケメンだと、不思議と腹も立たないよ。
それで? 何か僕に話があるんだろう?」
「あれ、バレてた?」
「当たり前だろ。
クラスカースト最上級の君が、僕みたいな日陰者に用事があるなんて、
不思議もいいところだ。
何でも言ってごらんよ。汐森には借りがある」
最初から、利用するつもりだったみたいで、少しだけ胸が痛む。
以前、上野に助言したのは、助けてやりたかったからであって、
後から助けてもらうためじゃない。
――だからこそ、これは「取引」だ。
恩を返してもらうのではなく、対等な形にするために。




