転校生ばかりがヒロインじゃないって、この日初めて知りました
「はーい、みんなー。
席、着いてー?」
予鈴とほぼ同時に、
間延びした声が教室へ滑り込んできた。
振り向いた先に立っていたのは、若い女性――
というより、大学生の先輩が間違えて教卓に立ってしまったような人物だった。
もちろんスーツ姿なのだから、教師に違いない筈だ。
だが、年齢は俺たちと大差ないようにも見える。
少なくとも、
“大人”という語から連想される威厳や圧は、そこにはなかった。
教壇に立ったというのに。
教室のざわめきは収まるどころか、むしろ膨れ上がる。
誰だ、何者だ、担任か――そんな憶測と好奇心が小声となって飛び交い、
空気は落ち着きを失ったままだ。
もちろん俺も、その浮ついた集団の一員である。
「新任だったら当たりだな」
「そうね。
美人だし」
「何だ、恋花。妬いてるのか」
「は?
二度と話しかけて来ないで」
やったね。
向崎さんは、相変わらず絶好調だ。
久々に会わない間に、
きっと言葉の刃を高級研磨師に預けてきたに違いない。
鋭く、切れ味は抜群だ。
恋人から友達になって、
好感度がゼロに戻ったかと思えば――
どうやら数値は、
そのままマイナス方向に書き換えられているらしい。
今日はもう、話しかけるのは控えよう。
純粋に、命が惜しい。
教室は夕立前の森のように騒がしく、
ざわめきは収まるどころか枝葉を揺らして増殖していく。
さすがに手に負えなくなったところで、
女性教師がぱん、と手を打った。
軽やかな音が空気を切り裂き、次の瞬間、沈黙が落ちる。
見事な制圧だった。
「はい、静かに!
……って、これ一回言ってみたかったんだよね」
――何だそれ。
可愛いじゃないか。
思わず口元が緩む。
もう一度聞きたいがために奇声を発する勇気は、
残念ながら持ち合わせていなかった。
女性教師は静けさを確認すると、
着せられた感の否めないスーツの襟をきゅっと正す。
そして、全員の視線を一身に受けながら、
まだ欠け一つない白いチョークを取った。
黒板に走る線は、止めも払いも無駄がなく、
この日のために何度も練習してきたかのように端正だった。
名前を書き終えると、
チョークを静かに置き、くるりとこちらを向く。
そこで浮かべられた笑顔は、春先の光みたいにまぶしい。
「近島 葵です。
今日から君たちの先生になります」
一拍置いて、少しだけ照れたように続ける。
「実習を抜けて、初めて受け持つクラスです。
不慣れなところもあると思うけど……
みんなのお姉さんみたいな先生になれるよう、精一杯頑張ります。
よろしくお願いします!」
先生が言葉を結んだ瞬間、春の枝先が一斉に芽吹くように、
拍手と歓声が湧き上がった。
ああ、これが新しい季節を告げる鐘の音か。
そして、そうか。俺は弟だったんだ。
だからこんなにも、
胸の奥底から説明のつかない高揚が込み上げてくるのだろう。
お姉さん万歳。




