友達になろうなんてわざわざ言葉にする人は、友達になろうとしていない②
「あなたって、本当に人が良いのね」
「それが俺のモットーだからな」
「でも、お断り」
即座に切り捨てられる。
「私が決めたことだし。その後のことまで、
都合よく清継君に押し付けるなんて出来ないわ」
――だろうな。
繰り返しになるが、
恋花は清廉潔白を体現したような人だ。
都合のいい時だけ、
他人の背に体重を預けるような真似はしない。
そういうところも好きだった。
……今となっては虚しい感情だ。
俺は小さく鼻を鳴らし、納得したふりをする。
「じゃあそれは。
俺たちが友達でいたいからか?」
「は?
そんなわけ、ないでしょ」
――何それ。語気が冷たい。
言葉鋭い。
胸痛い。
向けられた視線は、一瞬で変わった。
道端にへばりついたガムでも見るみたいな、乾いた冷たさ。
『友達に戻らない?』なんて言葉を、一ヶ月前に口にしたのは――
あなたの方だろうに。
恋花は苛立ちを隠そうともせず、
シャープペンシルで机をカツ、カツと叩いた。
「清継君、さっき言ってたよね。
男女の友情って、成立すると思うか、だっけ?」
最初に投げた、他愛もない話題だ。
軽い冗談のつもりだったが、
どうやら恋花の地雷を踏み抜いていたらしい。
表情だけを切り取れば、
写真にして永久保存したくなるほどの笑顔。
だが、その笑みは元恋人に向けられるものでも、
ましてや友達に向けるものでもなかった。
「あり得ないわね」
「なんでだよ」
「どちらかが、必要以上に歩み寄ろうとするからよ。
友達だったつもりでいても、いつか必ず、
どちらかがその均衡を崩すでしょうね」
「そんなの、分からないだろ」
思わず声が強くなる。
「お互いが一線を弁えていれば、
それ以上の関係にはならない」
恋人になることだけが、男女の関係じゃないはずだ。
――少なくとも俺は、そう信じている。
だが恋花は、
俺の心の内を見透かしたような顔で小さく息をつく。
「じゃあ、清継君。
私たちがこれから友達として仲良くなったとして。
前みたいに一緒にご飯食べて、ゲーセン行ったその帰り道で――」
そこで言葉を切り、
恋花は俺の方へ身を寄せた。
耳元に、息がかかるほど近い距離。
「『私の家に来ない?』って言ったら、どうする?」
「襲いますね」
「死ねば」
即答だった。
光の速さだった。
自分の脊髄反射じみた返答が、
最初から読まれていたのだと分かった瞬間。
情けなさが胸に溜まる。
――いや、今のは冗談だ。
そういう空気に、しなければならないと思っただけの事。
「いや冗談だって。
前みたいに気兼ねなく遊びに行ける関係、それだけで十分じゃないか」
半分以上、冗談だったのは本当だ。
少なくとも、
“襲う”なんて本気で考えたことはない。
手を繋いだ記憶すら、今では曖昧なくらいだ。
――それなのに。
「どーだか」
鼻で笑う。
「女の友情がハムだとか砂糖だとか言う前に、
男女の友情なんて、蜃気楼よ。実体なんてありはしないの」
「友達に戻らないかって言ったのは、恋花の方だろ」
ほとんど負け惜しみだった。
自分でもそう分かっている声音で言うと、
恋花はこの世すべてに愛想を尽かしたかのような、特大の溜息を吐いた。
「信じられない……。
まさか私が、文字通り“友達に戻りたい”って、
言ったと思ってるんじゃないでしょうね」
「さ、さすがにそこまで俺も馬鹿じゃない……と思う
でもワンチャンあるかなーって」
「ワンチャンもツーチャンもないわよ」
切り捨てるように、続ける。
「私達は今日からただのクラスメイト。
それ以下はあってもそれ以上はないの。
仕方ないから一年仲良くしましょ。
はい、自己紹介終わり」
一息も置かず、最後にとどめを刺す。
「あとこれから私のことは、恋花じゃなくて――
“向崎さん”って呼んでね、汐森君」
一秒でも早く、会話を終わらせたいらしい。
恋花は言い切ると、
窓をぴしゃりと閉めるように、そっぽを向く。
これほど心の距離を置いた自己紹介が、他にあるだろうか。
もはや石を投げつけながら
「仲良くしよ?」と言っているようなものだ。
俺は一か月前から、
何ひとつ進歩していないのかもしれない。
それどころか。
さらに遠い場所へ行ってしまった彼女の背中を呆然と見つめ、
言葉にならない何かを宙に漂わせる。
その沈黙を見計らったように、予鈴が鳴った。
こうして、高校二年生の春が始まる。




