友達になろうなんてわざわざ言葉にする人は、友達になろうとしていない
「なあ、元カノ。
男女の友情って、成立すると思うか?」
「次その呼び方したら、殺すわよ」
淡白な脅迫とほぼ同時に、
左手の甲へ鈍重な痛みがのしかかった。
シャープペンシルを叩き付けられたのである。
幸い――と言っていいのかは分からないが、
芯のある先端ではなく、キャップの方だった。
――まだ、人の心は残っているらしい。
「痛って!
恋花、お前それマジの強さじゃねえか」
「私が本気だったら、芯を突き刺してるところよ。
眼球にね」
わーい、それに比べたらすごく優しいや!
……なんて感想が浮かぶわけもない。
発言者の性別が逆だったら、確実にDV案件だろう。
少なくとも、俺の良心はそう主張している。
初めての失恋から一カ月と少し。
四月――高校二年の春。
汐森清継と、
向崎恋花。
つい先月まで恋人同士だった俺たちは、
奇妙な巡り合わせで再び肩を並べていた。
――もっとも、それはかつてのように、
互いの体温を当然のものとして預け合う距離ではない。
買いたてのスニーカーのように、
無意識に歩調を合わせていた頃の俺たちとは、もう違う。
高校二年の春、最初の登校日。
ざわめく生徒たちの流れに押し出されるように体育館へ向かうと、
壁一面に、クラス分け表が貼り出されていた。
指先で自分の名前を探し当て、なぞる。
名簿に従って二年一組の教室へ向かい、
扉の前で一度だけ呼吸を整えた。
そして、扉を開いた瞬間――
貼られたばかりの席札の、その隣。
そこにいたのは、かつて心を重ねた元彼女だった。
向崎恋花。
まるで時間だけを切り取って、そこに置き去りにしたかのように、
何事もなかった顔で座っている。
俺を見た恋花は、この再会そのものを呪うかのように、
一瞬だけ表情を歪めた。
だが、それきりだ。
挨拶も、視線も、言葉もない。
別れてから、会話はもちろん、
電話もメッセージも一度たりとも交わしていなかった。
振られてまだ一カ月。
未練がないと言えば、嘘になる。
俺は、気づかれない程度に深く息を吐いた。
「あれから俺たち、一度も会ってなかっただろ。
だからさ、こっちから気を遣って話題を振ってやったんだよ」
「気が利いてるのか、
そうでないのか分からない呼び方しないでくれる?」
恋花は視線を合わせないまま言う。
「周りの子たちに、清継君と付き合ってたなんて、
あまり知られたくないんだけど」
「なんでだよ。
誇ってもいいくらいだろ」
「あなたのそういうところ、普通に嫌いだった。
自信家で、俺様気質。
外見と人あたりが良くなかったら、人間として終わってたわよ」
言葉の一つ一つが、鋭利な破片みたいに突き刺さる。
別れて以降。
どうやら俺は『良い人』から『どうでも良い人』へと、クラスチェンジしてしまったらしい。
普段は気遣いの塊みたいな恋花に、
ここまで率直に貶されたのは初めてだった。
……まさか。
今まで、猫を被っていたとでも言うのか。
眉を引きつらせた俺に構うことなく、恋花は淡々と続ける。
「女子の世界はね、清継君が思ってるより、ずっと面倒なの」
小さく息を吐き、
「ほら、あなた。学年の人気者でしょ?
付き合ってるって噂が広まった時だって、結構大変だったのに。
私が人気者を振ったなんて知られたら、どうなることやら」
少しだけ、遠い目をした。
もしかして、
俺の知らないところで一悶着でもあったのか。
――『私たちの唯一神、清継君に何してくれてんの?
ちょっと校舎裏来なさいよ』、的な。
……いや、ないか。
恋花自身、男女問わずクラスの人気者だ。
誰にでも可愛がられる、ある意味で無敵の人種。
仮に不届き者が現れたとしても、
伏兵たちに囲まれて逆に返り討ち――晒し首コースだろう。
その線は薄い。
「女の友情はハムより薄くて、
角砂糖より脆いって言うもんな」
「そ」
恋花は即答した。
「応援してくれた子も多かったし。
私が清継君を捨てた、みたいな噂になったら、さすがに立場が悪いかな」
「じゃあさ」
俺は、なるべく軽く言った。
「俺に振られたってことにすればいいだろ」
この愉快で素敵な俺を手放して、不服に思う者がいるのなら。
いっそ、俺に捨てられたことにした方が、よほど都合がいい。
その後、
俺がどんな評判を被ろうと、別に構わない。
――そういうつもりで言った、はずだった。
だが、恋花は虚を突かれたように目を見開いていた。




