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「――さあ。どうするんでしょうね」


 帰りは四人、同じバスに揺られた。


 来る時は、俺と恋花(れんか)以外はそれぞれ現地集合だったのだから、

 帰りもまた現地解散で構わないはずだった。


 だが、そんな冷たい割り切りは、どこかビジネスライクすぎる。


 結局、俺たち先輩チームは、

 まずちえりを駅まで送ることにし――


 そこから各々の帰路につく、という

 無難で角の立たない結論に落ち着いた。


 乗車の流れで、ちえりが、自然と俺の隣に腰を下ろす。


 バスの中央付近。


 俺とちえりが肩を並べる形。

 向かいには五里(ごり)と恋花が座った。


 正直に言えば、俺としては恋花とペアを組みたかった。


 まあ――


 帰りくらい、

 後輩と会話を楽しむのも悪くないだろう。


「いやあ、久しぶりに外で遊んだ気がするな。

 こういう日がないと、バイトも頑張れないよな」


汐森(しおもり)先輩、

 学生の本分は勉強ですよ?

 力を入れるところが逆です」


「それを言われると、返す言葉もないな。

 まあ、しっかり充電できたし、頑張るのは明日からでいいや」


「ふふ。そうですね」


 車体がゆるやかに揺れる。


「思ったより、長く滞在しましたね」


「そうだな」


「私としては……

 もう少し、汐森先輩と一緒に居たかったんですが」


「……え、何だって?」


「いいえ。

 なんでもありません」


 わずかな時間、会話が途切れた。


 車窓には、

 伏せたちえりの顔が、薄く映り込んでいる。


 指先だって触れてしまいそうな距離だ。


 エンジン音に紛れたとしても、

 聞き逃すには、あまりにも近い。


 “突発的な難聴キャラ”になるには、不自然すぎた。


 それでも、

 反射的にそうすることしかできなかった。


 もしも、もう一度聞き返して。


 ――同じ言葉を、同じ調子で繰り返されたなら。


『もう少し、汐森先輩と一緒に居たかったんですが』


 その時、俺は何と答えただろう。


 優しく断るか。

 曖昧に笑って流すか。


 それとも、何かを期待させるような言葉を返してしまうのか。


 どれも、今の俺には選べなかった。


 逃げるように視線を前へ戻す。

 歯を食いしばる。


 スマホを、できるだけ自然な動作で取り出して、

 五里にメッセージを送った。


『お前、ちえりといる時、どんな話をした』


 少し間を置き、

 もう一文を打ち足す。


『車内で俺に話しかけずに答えろ』


 既読がつく。


 それに気づいた五里は、

 動揺したように、視線だけをこちらへ滑らせてきた。


 すぐに返信が来る。


『何てことない話だけだぜ。

 学校のこととか、古谷(ふるたに)が最近ハマってる海外アーティストの話とか。

 いきなりどうしたんですかい』


 俺はスマホの画面を、

 睨みつけるように見下ろす。


 指先が、わずかに震えている。


 もう一度、メッセージを送った。


『質問を変える。

 俺のことについて、ちえりから何か話はあったか?』


 ――杞憂であってほしい。


 そう願う自分を、

 心のどこかで、冷ややかに笑う。


 だが、その願いを踏みにじるように。


 ほとんど間を置かず、返信が届いた。


 それを読んだ瞬間、

 無意識に舌打ちを漏らしていた。


『ああ、そういえば。

 汐森先輩って今、彼女とかっているんですか?

 ……みたいなのは聞かれたな』


 ――やはり、か。


「汐森せーんぱい。

 何、見てるんですか?」


 ちえりの声が、

 肩のすぐ隣から、柔らかく降りかかる。


 顔を覗き込まれ、反射的にスマホを伏せた。


 暗く沈んだ画面に、一瞬だけ、自分の顔が映る。


 ――冷たい。


 自分でも驚くほど、

 冷えた笑みを浮かべている。


「ああ、いや。

 明日の天気だ。

 晴れるみたいだぞ」


「ほんとですか?

 じゃあ明日は部活できるぞー」


「そういえば、ちえり。

 あれから、部活帰りに誰かに追われたりとか、

 怖い目に遭ったりしてないか?」


「怖い目……ああ。

 最近は、それも収まってきてます。

 汐森先輩たちのおかげですね」


「そうか。

 なら、よかった。

 帰りは一人で帰れそうか?」


「はい。

 それに、瑞希(みずき)ちゃんが駅に来てくれることになってます」


水上(みなかみ)が?

 なんで」


「内緒です」


 ――ああ、そういえば。


 先日の委員会の日、

 水上は日曜に予定があると言っていたはずだ。


 まさか今日、ちえりに呼び出されていたのか。


 ……本当に。


 嫌になる。


 俺とちえりは、駅前のバス停に着くまで、

 何事もなかったかのように、穏やかな会話を続けた。


 向かいの席では、

 恋花がまたもバス酔いで小さく身を丸め――


 五里は、口を半開きにしたまま眠っている。


 虫でも入りそうだ。


『次、止まります』


 電子音声が冷たく響き、荷物をまとめる。


 バスを降りると、

 外はすっかり夕暮れに染まっていた。


 橙と紺が溶け合う空に、

 かすかな星が、いくつも滲んでいる。


 暖かい季節とはいえ、この時間になれば、肌寒い。


 日曜だというのに、

 仕事を終えたサラリーマンたちが、足早に駅へ吸い込まれていく。


 私服姿の俺たちを、

 恨めしく思っているのかもしれない。

 

 その雑踏の奥から、

 どこか見覚えのある人物が、息を切らして駆けてくる。


「おーい、ちえりちゃん……。

 ……って、え!? 清継先輩!?」


 ちえりの友人であり、

 俺の親しい後輩――水上 瑞希だ。


 どうやら。


 今日、俺たちが一緒に過ごしていたことを、

 ちえりからも聞かされていなかったらしい。


 目の前の彼女の顔には、

 落雷を受けたような、間の抜けた驚きが浮かんでいた。


「おす、水上。

 元気か」


「元気か、じゃないですよ!

 今、脳内が完全にパニックで、救急車でも呼んでほしいくらいです。

 なんで先輩たち、ちえりちゃんと一緒にいるんですか」


「デートだって、この前言っただろ?」


「はあ!?」


 水上の中で何かが弾けたのが、はっきりと分かった。


 冗談ではなく、怒っている。

 それも、かなり本気で。


 こんな顔を見るのは初めてだ。


 思わず背筋が冷える。


 確かにこの前、

 今度の日曜に恋花とデートすると話した。


 だが、それが――

 ちえりを交えたダブルデートだなどとは、一言も言っていない。


 水上にとっては、知らぬ間に何かを奪われたような、

 そんな感覚だったのだろう。


 空気を察して、ちえりが慌てて口を開いた。


「ち、違うの、瑞希ちゃん。

 先輩たちは、私の相談に付き合ってくれてただけで……。

 ほら、前に瑞希ちゃんにも話したでしょ?

 ストーカーに付けられてるかも、って。それで……」


「はあ……。

 それなら事前に教えてほしかったんだけど」


「ごめんね……」


「まあ、いいけどさ。

 でも、そもそも清継先輩たちにも相談してるなら、

 私がちえりちゃんを見守る必要、なかったんじゃない?」


「……え?」


「私さ、ちえりちゃんに相談されてから、

 放課後、誰かに付けられてないか、

 何日かこっそり見てたんだよ?」


「ええ!?」


 俺たち先輩組は、思わず顔を見合わせた。


 なるほど――と、

 眉間に手を当て、溜め息が零れる。


 おそらく。


 ちえりが最初に「ストーカーだ」と感じた人物の正体は、

 五里に違いない。


 だが、五里はこうも言っていた。


『初めて古谷(ふるたに)を見かけた時は声をかけようとはしたけどよ、

 執拗に追いかけたりはしてねぇぜ』


 俺はそれを、

 恋に盲目な人間の主観だと思っていた。


 だが、その言葉は本当だったのだろう。

 その後、ちえりに不自然に近づいた形跡はなかった。


 ――では、なぜ数日間も

 「ストーカー被害」が続いたのか。


 答えは、水上にあった。


 「ストーカーかもしれない」と相談された水上は、

 いても立ってもいられず、

 一人で帰るちえりを、こっそり見守るようになった。


 ――結果として。


 水上自身が、知らず知らずのうちに、

 “ストーカーポジション”へ収まっていたのである。


 ――幽霊の正体、見たり枯れ尾花。


 深く、息を吐く。


「結局、最初から

 ストーカーなんて、いなかったのかもしれないな。

 始まりは勘違いで――

 ちえりを守ろうとした水上自身が、

 無自覚にその位置に立ってしまった……ってわけだ」


 ――もちろん。


 実際の発端が、

 ちえりに一目惚れした五里だったことは、ここでは伏せておく。


 真相を知ったちえりは、

 まるで顔に絵の具を塗ったかのように真っ赤になり、深々と頭を下げた。


「皆さん……

 本当に、ご迷惑をおかけしました!

 たった今、解決しました……!」


 俺たち先輩組は、ただ微笑むしかなかった。


 これだけ巻き込まれてしまったのだ。


 今の彼女に、

 これ以上かける言葉はない。


「いいよ。

 おかげで今日は、久しぶりに

 “デート”って名目で羽を伸ばせたし」


「清継君は、

 いつも伸ばしてるでしょ?」


「そうか?」


「鼻の下」


「おい」


 こうして俺たちは、互いの距離を測りながら、

 空気をやわらかく整えていく。


 元カップルだからこそ成立する、無駄のない間合いだ。


 ――だが。


 ここで、一つ問題が生じた。


 ストーカーの相談が解決したことで、

 五里とちえりの接点は、完全に消えた。


 あくまで

 “ちえりを守る偽装彼氏”という名目での関係。


 それ以上の接触は、もう必要ない。


 俺はそっと五里に近づき、耳元で声を落とす。


(問題は解決したな。

 これで、お前の役目は終わりだ)


(清継さん……

 俺、どうすりゃいい)


(ここから先は、お前が決めろ)


 ――こんな役回り。


 本当に、嫌になる。


 五里は一度、深く息を吸い込んだ。


 胸いっぱいに空気を溜め込み、

 何かを振り切るように、顔を上げる。


「古谷。

 少し、いいか」


「……はい」


 俺と恋花は、視線を交わし、黙って一歩下がった。


 水上も、場の空気が変わったことを、察したのだろう。


 言葉もなく、距離を取る。


「古谷。

 俺は今日、お前と一緒にいて……

 もっと、お前のことを知りたいと思った」


 五里は言葉を選びながら、

 それでも、逃げずに続ける。


「今日は、偽物の彼氏だった。

 でも、それだけで終わらせたくない。

 友達からでいい。

 これからも、仲良くしてくれないか」


 言い切ると同時、

 五里は右手を差し出し、深く頭を下げる。


 その瞬間。

 世界の針が止まったように、ちえりは固まった。


 こんな申し出を受けるとは、

 想像すらしていなかったのだろう。


 何度か瞬きを繰り返し、

 短い沈黙の中で、答えを探している。


 やがて――

 ちえりは、五里の手を取った。


 岩肌のように、ごつごつとした右手。


 ほんの、一瞬。


 そして、その手を、静かに下ろした。


「五里先輩。

 ありがとうございます。

 その気持ち、とても嬉しいです」


 一拍。


「でも……

 私には、他に好きな人がいます。

 五里先輩の気持ちを、受け取ることは出来ません」


「……」


 ――このとき。

 五里は、どんな顔をしていただろう。


 どんな目で、その言葉を受け止めたのだろう。


 ちえりは、五里を存在しなかったかのように扱い、

 静かに手を離すと、俺のほうへ向き直った。


 ――本当に。

 嫌になる。


 もっと早く、気付くべきだった。


 お前の描いた、この筋書きに――ちえり。


 最初から、

 ストーカーなんて、いなかったんじゃないのか。


 水上が、お前を見守っていたことにも、

 気付いていたはずだ。


 だってそうだ。


 水上は、今日この場で初めて知ったのだ。


 俺にも、同じ相談をしていたという事実を。


 それを事前に知っていたなら、

 水上は、一人で後を付けたりはしなかった。


 委員会の日にでも、俺に話していたはずだ。


 親しい友人にさえ、ずっと黙っていたなんて――

 そんなの、不自然だ。


 お前は、水上を利用した。


 人の良さにつけ込み、

 疑似的なストーカーを生み出し――


 俺たちには「相談」という名目でデートを取り付け、

 最後は「勘違いでした」と、皆の前で綺麗にオチをつける。


 残るのは、俺との接点だけ。


 この場所に皆を呼び出したのも、

 友人への最低限の種明かし――


 そのつもりだったんだろう。


 大したものだよ。


 可愛い顔して。


「汐森先輩」


「なんだ」


「先輩、今……

 付き合ってる人、いないんですよね」


「いないな」


「――遊びでいいので、

 付き合ってくれませんか」


 その瞬間。


 恋花、五里、水上――

 誰もが息を呑んだはずだ。


 今日一日を共に過ごして、ようやく腑に落ちた。


 ここまでの段取り。


 そのすべてが、ちえり――

 お前の敷いた道筋だった。


 本当に、テーマパークの過ごし方は、

 人の性根を炙り出す。


 これほど狡猾な策士なら、

 清継復縁プロジェクトの参謀に迎えたいところだ。


 俺は、眉を吊り上げる。


「遊びでも構わないと言うなら、

 さっきの五里のことは、どう思う?

 あいつは、遊びで言ったんじゃないぞ」


「好きでもない人の

 “特別な言葉”に、価値はありません」


 迷いのない声だった。


「特別な人に遊ばれるなら、

 その時間のほうが、ずっと価値があると思います」


「……確かにな」


 俺は、ゆっくり息を吐く。


「何が“特別”かで、価値は変わる。

 同感だよ。

 水族館のクラゲと同じだ」


「……どういう意味ですか?」


「いや。

 こっちの話だ」


 胸の内で、俺は小さく笑った。

 自嘲だ。


 五里。


 お前は、ちゃんと勇気を出した。

 格好良かったよ。


 それなのに、

 こんな言葉を聞かせる羽目になって――本当に、すまない。


 もっと早く、この子の本心に気付くべきだった。


 万人にいい顔をするだけでは、

 もう、駄目なのだろう――俺は。


 ちえりは、濁りのない瞳で、真っ直ぐに俺を見つめてくる。


「汐森先輩。

 私にとって、先輩は特別です。

 好きです。

 付き合ってください」


「君の言葉は、

 俺にとっての“特別”じゃない」


 告白というのは、一世一代の賭けだ。


 それを、これほど冷たい言葉で切り捨てた俺は、

 どれほど傲慢な人間なのだろう。


 正直、心臓が痛んだ。


「ちえり。

 お前は、俺の外側しか知らない」


「それでも、

 五里先輩よりいいところは、たくさんあります」


「少なくとも――

 本人を前にして人を比べるような子を、

 俺は好きになれない」


 言葉を区切り、

 逃げ場を残さず続ける。


「君が俺の特別になる日は、

 永遠に来ない」


 ――言い過ぎただろうか。


 いや、これでいい。


 ちえりは、中学の頃にも俺に告白している。

 そのときに振られてなお、再びここへ来た。


 それは諦めの悪さか、執念か。


 どちらにせよ、

 生半可な言葉では断ち切れない。


 優しさだけが、正解じゃない。


 傷つけずに終わる選択肢など、最初から存在しなかったのだ。


 場を満たす、重苦しい沈黙。


 やがて。

 ちえりの声が、かすかに震え始める。


「そ、そうですか……

 わ、分かりました……。

 あ、ありが――馬鹿ぁぁぁぁ!」


「馬鹿!?」


 ちえりは人目も憚らず、

 号泣しながら、駅の中へ駆け出した。


 行き交う人を押しのける勢いで。


 告白を拒むという行為は、

 やはり、決して気持ちのいいものじゃない。


 恋花が、胸ぐらを掴む勢いで詰め寄ってくる。


「ちょっと清継君!

 言い過ぎよ!

 さすがに愛想尽かすレベル。信じられない」


「……すまん、恋花。

 後は任せ――」


 言い終わる前には、既に後を追っていた。


 俺の言葉など、

 もうどうでもいいと言わんばかりの背中だった。


 続いて、水上が歩み寄り、

 刃物のような視線で俺を睨みつける。


「最低。

 カス先輩」


 敬称が意味をなしていない。


 唾を吐くように言い捨て、

 水上もまた、走り去る。


 ――何だか、


 俺が振られたみたいな気分だ。


 胸の奥が沈む。

 だが、それ以上に気がかりなのは、五里だった。


 虚空を見つめ、

 立ち尽くしたまま、動かない。


「なあ五里。

 大丈夫か」


「ああ……」


「すまなかった。

 こうなる予兆は、薄々感じていた。

 罵ってくれてもいい。

 なんなら、一発殴ってくれても――」


「いえ」


 五里は、これまで不登校だった。


 それでも、

 ちえりをきっかけに、学校へ来るようになった男だ。


 だから、何とか繋ぎ止めたかった。


 それが、この結果だ。

 明日から、また姿を見なくなるかもしれない。


 何が「助けてやる」だ。


 何が「アドバイスしてやる」だ。


 笑えてくる。


 善人ぶった俺の性格は、

 ちえりに、見事に利用された。


 ――哀れもいいところだ。


「五里。

 明日から、どうする」


「どうするって……

 普通に、学校行きますよ」


「……なんだって?」


 思わず声が裏返る。


 慌てて咳払いをした。


「ちえりに振られた直後だぞ」


「あんまり言わないでくださいよ。

 現在進行形の傷口なんですから……」


 そう言って、

 五里は、夜空を見上げた。


「でも、清継さん。

 俺、今ちょっと、心が燃えてるんです」


 ――ショックで、火だるまになった、という意味だろうか。


 宵闇の中、

 星が、ひとつ、またひとつと光を増していく。


「やっぱり古谷は、いい子でしたよ。

 中途半端にしないで、

 ちゃんと、俺に引導を渡してくれた」


「そうか。

 ……諦めきれないか。

 よし、なら次の作戦を――」


 その瞬間。


「あっはっは!」


 肺を震わせる、低い笑い声が、

 夜気を切り裂いた。


「……なんだよ」


「いや、違うんです。すみません。

 こんなふうに真剣に考えてもらえたの、

 親以外じゃ、初めてで……」


 照れたように頭を掻く。


「同世代じゃ、

 あんたが初めてだ。

 清継さんは、マジもんのいい人だなあ」


「それ、

 俺の中じゃ、あんまり褒め言葉にならんのよ」


「そうですかい。

 でも……」


 一拍置いて、続ける。


「あんたみたいな人がいるなら、

 学校に行ってもいいって、思えた」


 そして、

 ふっと笑った。


「それに清継さん。

 あの向崎と、復縁するつもりなんでしょう」


「まあな。

 クリスマスまでには」


「その行く末、

 見届けたくなりました」


「……まじかよ」


 五里は大きく背伸びをし、

 肩を回して関節を鳴らす。


「やっぱり、清継さんの言った通りだ。

 振られたってのに、

 妙に清々しいんです」


 一拍。


「好きになることだけが恋愛だと思ってましたけど、

 振られてみて、分かることもありますね」


 夜空を見上げたまま、

 静かに言った。


「これって――

 心が、アップデートされたってことなんでしょう」


 好きな人が、

 好きな人でなくなる。


 それは、

 互いの釣り合いが変わってしまった、

 ということなのかもしれない。


 自分が落ちたのか。

 相手が遠くへ行ったのか。


 それは、本人にしか分からない。


 それでも。


 以前よりずっと、

 明るく、柔らかな表情を浮かべる五里を見て――


 俺は短く鼻を鳴らした。


「病気なだけだよ」


 いつの間にか、辺りはすっかり夜に沈み、

 街灯の白い光が道を満たしていた。


 俺はボディバッグを掛け直し、歩き出す。


 明日から、

 また少し、慌ただしくなるだろう。


 今日は、

 早く帰って休もう。


 心なしか軽くなった足取りで、

 俺は来たときとは違い、

 一人で家路についた。


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