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失敗したと思ったなら、それを逆手にギャップを生めばいい


汐森しおもり先輩!

 こんにちは」


「すまない、ちえり。

 少し待たせたな」


「いえいえ、全然です!

 化粧も直したかったので、ばっちりなタイミングでした」


 なるほど、と内心で小さく頷く。


 『今さっき着いたところです』という、

 あまりにも使い古された定型句より。


 “待ち時間を自分のために使えていた”と言い換える方が、

 ずっと相手を気遣っているように聞こえる。


 これは使える。

 今度から、そっくりそのまま借りるとしよう。


 ――『全然待ってないよ?

 化粧も直したかったから、ちょうどよかった!』


 ……俺が言うと、ただの怪異になる。


 ようやく、俺たち四人は合流にこぎつけた。


 別に、誰かが遅刻したわけじゃない。


 ただ、想定以上の人波が溢れていただけだ。


 ちえりの姿を見つけ出すまでに、

 思いのほか時間を食ってしまっただけだ。


 これだけ待たせたのなら、

 多少の不機嫌を向けられても、文句は言えないだろう。


 だが、後輩の古谷ふるたにちえりは、

 不貞腐れるどころか――


 まるで、数年ぶりに再会した恩人でも迎えるかのような笑顔で、

 こちらへ駆け寄ってきた。


「皆さんにちゃんと会えてよかったです。

 さっきからずっと、きょろきょろ探してて」


「遅れた分の埋め合わせは、このあと存分にするよ。

 先輩たちがこのザマじゃ、示しがつかないからな」


「そ、そんな!

 全然気にしてませんから!

 ……あっ、恋花先輩こんにちは。

 なんだか顔色が……大丈夫ですか?」


 同じ部の後輩に覗き込まれ。


 まだバス酔いの名残を引きずる恋花は、

 なんとか笑みに似せたものを口元に浮かべる。


 しかし、その表情は。


 作り物の仮面のようにきゅっと歪んでおり、

 気丈さと限界の境目が透けて見えるようだった。


「だ、いじょぶ……

 ちょっと休めば、よくなるから……」


 恋花の佇まいは、

 二日酔いのまま早朝の街を彷徨う会社員そのものだ。


 実にみっともない。


 その様子に、ちえりは心配と、

 ほんのわずかな戸惑いを織り交ぜた視線を向ける。


 ――いけない。


 先輩の威厳が、地面にめり込んでいる。


 ここは、俺が前に出るしかない。


「大丈夫。よくあることだ。

 薬が切れると、恋花はこうなるんだよ」


「またですか!?

 どんな薬、服用してるんですか!?」


「良いリアクションだな。

 今回は酔い止めだよ」


「ああ……乗り物酔いだったんですね」


 この前みたいに“薬漬けキャラ”としてイジり倒すこともできたが、

 当の本人にツッコむ気力がなければ、成立しない。


 笑いというのは、あくまで共同作業だ。


 一方的なものは、ただの悪趣味に堕ちる。


 俺は、ちえりの気合いの入った服装へと視線を移し、

 努めて自然な調子で言った。


「しかし今日は、ずいぶん可愛らしい服装だな。

 ……五里ごりも、そう思うだろ?」


「ひゃ、ひゃえ!?

 そ、そそ、そうだな。

 まるで……お人形さんみたいだねえ」


 気色の悪い挙動で、

 お婆ちゃんのような褒め方をするな。


 黒の肩出しニットに、チェックの短いスカート。


 地雷系寄りの装いだが、

 驚くほどよく似合っている。


 どうやら五里は、初手で完全に悩殺されたらしい。


 これが二人の“初接触”だ。


 第一印象というものは、

 お婆ちゃんとの思い出くらい大切だ。


 一度刻まれれば、そう簡単には上書きできない。


 頼むから、丁寧に立ち回ってくれ。


 本来なら、先輩である五里から自己紹介すべきだったろう。


 だがそれよりも早く、

 ちえりが遠慮がちに口を開いた。


「五里先輩……ですよね?

 恋花先輩から、お話は伺っていました。

 古谷ちえりです。

 よ、よろしくお願いします……」


 分かる。


 分かるぞ、ちえり。


 こんな“昔ちょっと道を踏み外してました”感を全身から放つ男、

 初対面で警戒しない方がどうかしている。


 俺だって最初は怖かった。

 いま隣に立っている事実が、いまだに信じられない。


 俺は笑顔を崩さぬまま、五里の腰を肘で小突く。


 ――喋れ。


「は、はじめまして!

 五里絢斗ごりけんとです!

 気軽に、絢斗けんとって呼んで下さい!」


「えっ……あ、はい……」


 待て。


 こいつ、距離感が壊れている。


 誰が初対面で、この男を名前呼びできるんだ。

 確かに“上手くやれ”とは言った。


 だがこの詰め方は、

 人生が上手くいく壺を売りつけてくる商人並みに強引だ。


 慌てて五里の腕を掴み、

 周囲に聞こえない声量で引きずる。


(馬鹿野郎。

 お前みたいな強面こわもては、

 『動物園から逃げ出してきました、マウンテンゴリラです。

 気軽にバナナを与えてください』

 ――くらいの冗談で場を和ませるのが限界なんだよ。

 見た目も言動も怖すぎる……!)


(そんなこと言われても、清継さん……!

 実際に古谷を前にしたら、ビビっちまって……)


(今ビビってるのは、ちえりの方だ。

 百人が振り向くイケメンより、

 百人を笑わせる男の方が、結果的にモテる。

 まだやり直せる。勇気を持て……!)


(……わ、わかったぜ……!)


 密談を終える。


 俺たちは何事もなかったかのように笑顔を貼り付け、

 揃ってちえりの方へ振り返る。


 ――そして、五里が口を滑らせた。


「気軽にバナナを与えてください」


「クソがあ!」

でえ!」


 思わず叫びながら、五里の頭を叩きつける。


 俺は普段、

 簡単に手が出るような短気な男ではない。


 だがこれは、情状酌量の余地があるだろう。


 裁判長だって、きっと目を逸らす。


「てめえ五里、この野郎!

 これじゃ、ただバナナが欲しいだけの絢斗けんと君が生まれただけだろうが!」


「は……! 本当だ」


「この単細胞ゴリラめ。

 お前は女の子とデートする前に、人間として生まれ直すところからやり直せ!」


 ――もう今日一日の企画は、破滅した。


 心の底から、そう思った。


 第一印象というものは、残酷なほどに大切だ。


 出鼻をくじかれた以上、

 ここから五里が巻き返す未来は、どう考えても見えない。


 五里の恋のサポートは切り捨て、

 ちえりの相談解決だけに狙いを絞るべきか。


 大人しく、

 俺がストーカー避けの偽装彼氏役を演じる――


 そんな最悪のプランを覚悟した、そのときだった。


「ふふふ、先輩たち、面白い」


「「……え?」」


 俺と五里は、示し合わせたように間抜けな声を漏らす。

 同時に、ちえりの方を見た。


 彼女は口元にそっと手を当て、

 どこか品のある笑みを浮かべている。


 ――ああ、そうだ。

 第一印象は、確かに大切だ。


 だが――


 失敗したと思ったなら、

 それを逆手に、ギャップを作ればいい。


 結果として俺と五里は。


 “強面の大男”から“面白い人たち”へ、

 知らぬ間に、評価を書き換えられていたらしい。


「五里先輩って、

 ちょっと怖い人なのかも、って思ってました。

 でも……ちゃんと汐森先輩の友達みたいで、安心しました」


 呆気に取られたままの俺たちを見て、

 恋花が自然な調子でフォローに入る。


「この二人、どっちも不審者みたいな顔してるけど――

 悪い人じゃないのは、

 同じクラスの私が保証するから大丈夫よ」


「おい、なんで俺まで五里と一緒にされなきゃならん」


「類は友を呼ぶ、って言うでしょ」


 乱暴に一纏めにされるのは心外だ。


 だが。


 デートの待ち合わせ三時間前に現地入りしていた俺は、

 紛れもなく不審者なので、何も言えない。


 裁判長も、きっと静かにかぶりを振る。


「ふふ、皆さんありがとうございます。

 私の相談のために、予定を作って下さったんですよね」


 両手で小さく力こぶを作るポーズを取る。


「せっかくお時間を頂いたので、

 せめて楽しい時間に出来るよう、頑張ります!」


 ……あれ。

 この子、天使か? 好きになっちゃいそう。


 いや、違う。

 俺には恋花という元カノがいるし、

 そもそも今日は“五里とちえりをくっつける日”だ。


 しっかりしろ、俺。


 隣を見ると、

 ちえりの可愛らしいファイティングポーズで

 すでに脳を焼かれた五里が、白目を剥いて意識を失っている。


 おい。

 お前も、しっかりしろ。


「よし、じゃあそろそろ行くか。

 どこから回る?」


「遊園地コーナーなんて、どうでしょう?」


「いいな。恋花はどうだ?」


「うん、いいと思う」


 五里は放心状態なので、意見を聞く必要はない。


 こうして俺たち四人は――


 わずかな気恥ずかしさを胸に、

 ダブルデートという形で臨海パーク内を歩き始めた。


 掴みとしては――上々だろう。


 歩幅を合わせ、恋花の隣に並ぶ。


「恋花、さっきはありがとう」


「ほんと、冷や汗かいてたところ」


「それ、乗り物酔いでだろ?」


「うるさいわね」


「お、キレが戻ってきたな」


「はいはい、どМきも」


「デートで聞くとは思えない台詞だな」


「別に、あなたとデートに来たわけじゃないし」


「それもそうだ。

 ……でも、久しぶりだな。この場所に来るのは」


「そうね」


「何度目になる?」


「さあ――」


 一拍。


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