でも、誰が一番大切なのか考えてみて下さいって事です。
「おす、水上。
遅れて悪いな」
「あー、清継先輩。
これまた随分な重役出勤ぶりですね。
さぞ、値打ちのある言い訳を聞かせてくれるんでしょうね」
「デートの約束取り付けるのに、時間掛かっちゃって」
「何ですかそれ、一銭の価値も無いじゃないですか!
会社の重役がそんな理由で遅刻してきたら、
明日から従業員全員でストライキですよ」
「上司の恋も応援出来ない部下しかいないなら、
いっそ、会社ごと潰れてしまった方がいいかもしれんな」
「そこまで行ったら会社じゃなくて教団ですよ……
どんだけ歪んだ思想を広める教祖になろうとしてるんですか」
放課後すぐに行われた、ちえり攻略作戦会議。
――想像以上に時間を食ってしまった。
気付けば。
図書室に顔を出した頃には、
委員会活動が始まって――既に一時間近くが経過している。
事前連絡のない遅刻。
しかもその間の仕事を、後輩の水上一人に任せていたのだから、
ぷりぷりと怒られても文句は言えない。
軽口を引っ込め、ほんの少しだけ背筋を正す。
「悪かったよ。
ちょっと込み入った事情があったんだ。
帰りに何か奢る。これで手を打ってくれ」
「じゃあ、ラーメンですね」
「遅刻の代償にしては、重くないか?」
「当然です。
普段なら餃子も追加しなきゃ気が済まないところを、
今日は特別にサービスしてあげてるんですよ?」
「……お前、
俺を“得した気分”にさせて丸め込もうとしてるだろ。
悪徳業者みたいな手口だ。どこで覚えた」
「……何言ってるんですか。
圭吾先輩にたかる時の、清継先輩のやり口、そのままですよ」
ああ――俺の真似か。
どうりで、妙に耳に馴染む言い回しなわけだ。
言われる側に回って、
初めて分かることもあるらしい。
これからは、圭吾にもう少し優しくしてやろう。
額に手を当て、小さく息を吐く。
「分かったよ。
ラーメンでも何でも奢るから――俺みたいな大人にはならんでくれ」
「やったー。
そんなこと言えるの、清継先輩くらいですから安心してくださいよ」
語尾に、小さなハートマークでも付いていそうな声音だった。
俺を“頼れる先輩”でなく、“多少わがままを言っても許される、便利な先輩”
だと思っていなければ良いのだが。
――後輩の育て方を、どこかで間違えた気がする。
委員会活動の残り時間は、もう僅か。
俺は鞄をバックヤードには置かず、カウンターにそのまま預けた。
隣の椅子に腰を下ろす。
背もたれに深く身を預けると、
身体の奥に溜まっていた力が、ゆっくり抜けていくのが分かった。
「お前の隣は、妙に落ち着くよな」
息を吐く。
「恋花みたいに言葉を選ぶ必要もないし、
よく分からん転校生みたく、面倒な依頼事を持ちかけられるでもない。
ただ、黙って座っていても許される。
……砂漠の真ん中で見つけた、ベンチみたいな感じだ」
「それ、褒めてるのか馬鹿にしてるのか分からないんですけど。
褒めるなら、素直にオアシスって言ってくれてもいいじゃないですか?」
「何を言う。
俺はちゃんと評価してるつもりだぞ」
一拍。
「オアシスみたいに大げさな存在にならないところが、
水上の良いところなんじゃないか」
「やっぱり馬鹿にしてるー!」
本気で憤慨したように声を上げるのが可笑しくて、
思わず笑いが零れた。
こちらとしては、
本当に褒めたつもりだったのだが――
どうやら、言葉選びを誤ったらしい。
ここ数日。
ちえりのストーカー相談。
五里との顔合わせ。
恋花を交えての作戦会議。
振り返ってみれば、
気を張り続ける出来事ばかりだった。
だからこそ、水上のように。
何も考えずに隣にいられる存在は――
実は、かなり大きい。
……などと口にすれば、
また面倒なことになる気がして、その考えは喉の奥に押し戻した。
代わりに、大きく伸びをひとつ。
ついでに、欠伸まで零れる。
「ふあーあ……」
「して、清継先輩。
今日わざわざ遅刻して来た“本当の理由”、
そろそろ聞かせてもらえます?」
「……なに?」
欠伸の途中で、不意の問いだった。
遅刻した理由なら、最初に言ったはずだ――
そう思いながら視線を向けると、
水上は不服そうに眉根を寄せている。
「だから理由ですよ。
まさか、本気でデートの約束を取り付けるために遅れて来た、
なんて言いませんよね」
「いや、最初からそう言っただろ」
「えっ……もしかして、マジなやつですか」
「何だよ。
疑ってたのか。失礼な後輩だな」
「えええっ!?
相手! 相手は……だ、だだだ、誰なんですか?」
「恋花」
――と、五里とちえり。
もちろん、その続きは伏せた。
水上はちえりと仲が良い。
ここで、見た目が“粗暴な類人猿”の五里を、
意図的にちえりへ近づけようとしていると知られれば。
話は間違いなく、拗れる。
最悪の場合。
この計画そのものが、
水上を経由して、本人の耳に届く可能性すらある。
正直であることが、必ずしも誠実とは限らない局面――
今は、そういう場面だ。
事情を知らない水上は、まん丸く目を見開いた。
「先輩、それ本当なんですか!?
なんで早く言ってくれないんですか、大ニュースですよ!」
「だから一番に話しただろ。
圭吾にだって、まだ言ってない」
「よく恋花先輩のオッケー取れましたね……
すごいじゃないですか。
まずは第一段階、おめでとうございます」
心の底から嬉しそうに祝福してくれると、
それはそれで胸の奥が痛む。
口では軽口を叩きながらも、
水上は本気で“清継復縁プロジェクト”――
クリスマスまでに恋花と寄りを戻す作戦を、応援してくれていたらしい。
……なんて良い奴なのだ。
思わず笑いそうになって、そのまま泣きそうになる。
事の顛末が、きちんと形を持ったら――
正直に全てを話そう。
「ま、まあな。
もちろん簡単じゃなかったけど……なんせ最近、
勢い余って恋花に、復縁したいって伝えちまったばかりでな」
「え、それ本気で言ってます?」
「なんかおかしいか」
「……頭おかしいんじゃないですか?」
「ぐ……お前までそれ言うか」
つい先日、恋花本人からも、
まったく同じ指摘を食らったばかりだ。
そして、俺自身も口にした瞬間から、自覚はしている。
勢いだけで吐き出した言葉。
冷静に考えれば、
どう考えても正気の判断ではない。
頭のおかしい阿呆の所業だと言われても、反論の余地はなかった。
「だが、結果的にデートの約束は取り付けられた。
少しは距離……縮まってるはずだ」
「先輩のジェットコースターみたいな日々の詳細が、
めちゃくちゃ気になりますけど……
デートの日は、いつなんです?」
「明後日の日曜。
臨海パークに行く予定だ」
俺は“ど定番”を、あえて選んだ。
規模こそ大きくないが、
水族館、遊園地、美術館が一か所に収まった鉄板スポット。
学生から大人まで、
デート先に迷ったら、まず候補に挙がる場所だ。
見どころが多く、話題も尽きない。
初デートには、これ以上ない。
俺自身、恋花と付き合っていた頃、何度か足を運んだ覚えもある。
そして今回は、五里の依頼。
“洒落た小細工”より、
“無難な必勝パターン”を選ぶべきだ。
「下手に背伸びしてロマンチック狙うと、
むしろ滑りそうだしな」
「良いじゃないですか、臨海パーク。
……私、一回行ってみたい場所なんですよ」
「なんだ、お前、行ったことないのか?」
「はい」
それが何か、とでも言いたげな口調だったので、
逆にこちらが面食らった。
だから俺は、
必要以上に深刻そうな顔を作って、問いかける。
「水上……お前、友達いないのか」
「いるわい! 失敬な!
まだ行く機会が無かっただけですよ!」
顔を赤くして怒るので、ほっと胸をなで下ろす。
まあ、友達同士で行くには、水族館や美術館は少し勝手が違うか。
どうしても“デート向き”の場所になる。
――そこで、ふと気付く。
水上って……
彼氏、いるんだっけ?
もし本当にいるなら、
その手の話がどこかから耳に入ってきてもおかしくない。
俺や圭吾と、気軽に飯に行くことも多い。
……いない、と考えるのが自然か。
とはいえ、
「お前、彼氏いんの?」
なんて、正面から聞くのはさすがに野暮が過ぎる。
今後の人間関係にも関わる。
ここは慎重に――
できるだけ、さりげなく探ってみるか。
「じゃあ、今度一緒に臨海パーク行くか」
「……はい?」
水上は、一瞬、完全に思考が停止したように固まった。




