そうだ、ダブルデートしよう。②
「そこに勝機があると見た!」
「ど、どういう事だ……清継さん……」
「気色悪い呼び方をするな」
一拍置き、俺は続ける。
「いいか。
ちえりは“ストーカー被害”を訴えている。
だが、その正体が五里だとは、まだ気付いていないはずだ」
五里が、はっと顔を上げる。
「そこを、逆手に取る。
お前の体格と雰囲気は、はっきり言って武器だ。
ちえりには――
『心配だから、用心棒を連れてきた』と紹介すればいい」
「……用心棒?」
「ああ。
つまり、“お前”を、だ」
恋花は机に身体を預けたまま、顔だけこちらに向ける。
「なるほどね。
ちえりちゃんの味方として紹介すれば、
普通に知り合うより、警戒心は解きやすいかも」
一瞬、言葉を選び――そして続ける。
「……たとえその相手が、
ストーカー相談の元凶だったとしても」
「ああ。
そして五里が犯人だと分かった以上。
今後ちえりに付きまとうことさえしなければ、被害は“自然に”消える」
淡々と結論を置く。
「結果として、
“五里が側で守ってくれたから問題は解決した”
――そう話をすり替えられる」
五里は、ぽかんとした顔のまま、
やがて感嘆の息を漏らした。
「はっはあ……。
さすが“愛の伝道者”だな、清継さん。
古谷との接点を作るだけじゃなく、
俺に“問題を解決した功績”まで与えるとは……」
「末恐ろしい男だぜ」
――言葉だけなら、簡単に言えてしまう。
だが実際のところ、これは綱渡りだ。
綺麗に見える策ほど、足元は脆い。
欠点がない策なんて存在しない。
この計画もまた、例外じゃない。
俺は、自分自身に釘を刺すように、
そして五里にも聞かせるため、語気を強めた。
「ただ、一つ注意点がある」
「注意点?
俺には指摘箇所のない、完璧な作戦に思えるが」
「タイムリミットだ」
即答する。
「繰り返すが、ちえりには“ストーカー被害から守ってくれる用心棒”として、
お前を紹介する。
じゃあ聞くが――問題が解決したら、どうなる?」
「……俺の、存在価値がなくなる、ってことか」
――いや、そこまで悲観しなくてもいいのだが。
「まあ、そう捉えても構わない」
少しだけ言葉を選び、続ける。
「少なくとも、“用心棒”としての役割は終わる。
つまり、ちえりと自然に接点を持っていられるのは、
この問題が解決するまでだ」
一拍。
「この作戦は、
“ちえりのストーカー不安が消えるまで”という制限時間付きの短期決戦だ。
数日のうちに距離を縮められるか、それとも玉砕するか――
言ってしまえば、諸刃の剣だな」
「そ、そうか……短期決戦か」
五里は、腹を括ったように頷いた。
「でも、やるしかねえな。
それで清継さん……
古谷との距離を、手早く縮めるにはどうしたらいい?」
「……」
――どうしたらいいんでしょうね。
ここまでさも“愛の伝道者”みたいな顔で、
それらしい作戦を語ってきたが。
肝心の肝心、具体策は一切思い浮かんでいない。
ちえりと距離を縮める。
しかも、“相談解決の延長線”という建前付きで。
……難題だ。
ここは、助手の意見を参考にするとしよう。
「恋花。
どうしたらいい」
「ノープランだったでしょ」
「そういうわけでは……
いや、ある角度から見れば、そうとも言えるな」
「どの角度から見ても明白でしょ」
恋花は呆れたように肩を落とし、
それから、ふっと軽く息を吐いた。
「……デートすればいいんじゃないの?」
「「デート!?」」
俺と五里の声が、見事に重なった。
まるで、思春期真っ只中の中学生みたいな反応で声を荒げる。
「いきなりデートはハードル高すぎだろ!
口実もなしに、初対面の男と遊びに行く女子がどこにいる!
尻軽でもなきゃ無理だ!」
「口実があればいいんでしょ?」
恋花は、平然と返す。
「例えば――
ストーカーに“彼氏がいる”って思わせるため、とか」
……なるほど。
その瞬間、
頭の中で、点だったものが一本の線に繋がった。
さすがだ。
よくもまあ、そんな発想が即座に出てくる。
惚れ直す、という言葉が、
冗談でも何でもなく、喉元まで込み上げてきた。
「恋花、それだ!」
俺は机を叩きそうになるのを、ぎりぎりで堪えた。
「五里とちえりで“仮のカップル”を演じてデートに行く。
理由は、ストーカーにその様子を見せつけて諦めさせるため。
これなら、ちえりの相談に協力するって建前も保てるし、
五里との距離も自然に縮められる――完璧だよ」
「でしょ?
向崎さん、凄いって褒めなさい」
「向崎さん、凄い!」
言葉にした瞬間、
歯車が噛み合った感触があった。
――これで行ける。
ようやくスタートラインだ。
俺と恋花が小さく頷き合うのを見て、
五里は、ほんの少しだけ言いづらそうに口を開いた。
「なあ、二人とも。
悪いんだが、ちょっといいか」
「何だよ五里。
もう方針は決まった、お前も素直に喜べ」
「喜びたいのは山々なんだがな」
五里は、後頭部を掻きながら続ける。
「いくら口実が出来たって言っても……
清継さんや向崎がいなきゃ、さすがにデートの約束までは無理だろ」
「……」
「例え俺が用心棒でも、
初対面で、いきなり二人きりのデートなんて、普通は気が引けないか」
「「……あ」」
俺と恋花は、示し合わせたわけでもないのに、
同時に動きを止めた。
至極真っ当。
驚くほど常識的。
あまりにも正論すぎて、
さっきまでの勢いが、すっと冷めていく。
面識のない相手と二人きりで出掛ける。
どれだけ理由を並べ立てても、
人間の警戒心はそう簡単に越えられない。
見た目はどう見ても常識外れなくせに、
肝心なところで一般常識を振りかざしてくるのが、妙に腹立たしい。
「じゃあ、どうすればいいんだ。
ここまで練った計画も、全部水の泡か?」
「そうは言ってねえさ」
五里は、にやりと口角を上げる。
「すげえ単純な話だと思うぜ」
俺と恋花は、同時に首を傾げた。
五里は、
まるで“それ以外あり得ない”とでも言うように、あっさり言い放った。
「ダブルデートってことにすりゃいいだろ」
「「は?」」
間の抜けた声が、教室に落ちた。
気付けば、教室には俺たち三人しかいない。
秒針の音が、やけに大きく響いている。
外の雨は、まだ止まない。
湿った空気が、
まるでこの突拍子もない提案を――
そのまま教室に閉じ込めているみたいだった。




