見かけは内面より先に知られる要素なので、とりあえず気にして損はない②
* * *
結局、次に五里に声をかけられたのは、
昼休みに入った直後だった。
五里は人の流れを無遠慮に割り、
今朝と同じように、俺の席の前で立ち止まる。
「汐森、話がある」
「それはもう聞いた」
向き合った瞬間を見計らったかのように、
隣の恋花は、そそくさと立ち去ろうとする。
反射的に、恋花の制服の裾を掴んでいた。
全力で。
「――うぇっ!?」
恋花は間の抜けた声を上げて体勢を崩し、机に腰をぶつける。
次の瞬間。
こちらを見据えるその目には、「今すぐ殺してやる」という意思表示が滲む。
……大丈夫です。
今はその殺意で、どうかここに居てください。
「それで、話ってのは何なんだ」
「ああ。
あんた、この学校を仕切ってる“ボス”なんだろ?」
「は?」
「噂で聞いたぜ。
あんたと少しでも言葉を交わした奴は、
誰だろうと心を奪われて、服従しちまうんだとか」
ん?
こいつは一体何を言っているんだ。
ゴリラ語の通訳者が必要らしい。
「お前、何の話をしてるんだ」
「誤魔化そうったってそうはいかねえ。
あんたは、どんな女子でも発情したメス犬のように変える力を持つ――
“愛の伝道者”だそうじゃねえか。
それに、この学校で一番“信用に熱い男”だとも聞く」
――この男、一回ぶん殴ってみても良いのかな。
多分こいつ、今まで登校せず眠っていたせいで、
頭おかしくなっちゃってるんだと思うの。
誰かが、目を覚まさせてやらないといけないんだわ。
「五里、お前は寝ぼけているのか?
もう昼食のバナナを貰う時間だぞ」
「はぐらかさないでくれ。
俺は本気だ。あんたに相談があって、わざわざ登校して来たんだ」
その声音には、冗談の余地がなかった。
俺は口を噤む。
「古谷ちえり――って一年生を、知っているか」
……古谷?
聞き覚えのない苗字に、首を傾げる。
その瞬間だった。
隣の恋花が、すっと一歩前に出る。
「五里 絢斗君、だったよね。
ちえりちゃんは、私の後輩だけど……それがどうかしたの?」
ちえり――
ああ、あの後輩か。
苗字まで意識したことはなかったが、
名前と顔を思い浮かべると、不思議と違和感はなかった。
それにしても、だ。
なぜ転校してきたばかりの五里が、彼女の名前を知っている?
突然の介入に、五里の表情がわずかに揺れる。
「あんたは……?」
「向崎 恋花。
汐森君の知り合いで、ちえりちゃんの友達よ」
――なぜ、俺を友達の枠から外した。
「そうか。
なら、あんたにも一緒に聞いてほしい」
五里は一度だけ俺たちを見比べると、
親指で廊下の先を示した。
「ここじゃ話しづらい。
一階に中庭があっただろう。そこで話をしないか」
断定口調だが、不思議と威圧感はなかった。
むしろ、逃げ場を用意するような気遣いすら感じる。
俺と恋花は顔を見合わせ、
同時に、少しだけ眉をひそめた。
それでも、いますぐこの流れを拒む理由も見当たらない。
椅子を引く音を控えめに残し、立ち上がる。
こうして俺たちは、
転校生の“相談”に付き合うことになった。
* * *
一階へ続く長い渡り廊下を、下足口とは逆方向へ進む。
中庭はその先――
硝子張りの壁に囲まれた、校舎の呼吸がひときわ穏やかになる場所だ。
昼の光が、澄んだ水のように床へ落ち、
植えられた草花は主張しすぎない色で季節を語っている。
生徒たちにとっては、
授業と授業の狭間で、ほんの少し息をつける隠れ家のような場所だった。
中庭に入ると、五里は無言でベンチを示す。
俺と恋花は並んで腰を下ろし、
少し遅れて、彼が正面に立った。
その背中越しに見える硝子窓の向こうで、
昼休みの喧騒が、まるで別世界の出来事のように遠ざかっていく
「五里、お前は良いのか?」
「ああ。俺は相談する側だ。
このままでいい。気にするな」
妙に弁えのいい奴だ。
周囲を見渡すと、何組かの生徒が昼休みを過ごしていた。
だが、こちらの纏う空気を察したのか、
ひそひそと視線を交わしたあと、足早に去っていく。
静けさが戻った中庭で、微かな罪悪感だけが胸に残った。
「……五里よ。
他の生徒はいなくなったぞ。そろそろ話してくれ」
「ああ。一年生の古谷のことだ。
まずは向崎――お前に聞く。
古谷には、今付き合ってる奴がいるのか?」
「「え」」
俺と恋花の声が、間の悪さまで揃えて重なった。
嫌な方向に、舵が切られた気がする。




