見かけは内面より先に知られる要素なので、とりあえず気にして損はない
「五里 絢斗だ。
隣の岡高から転校して来た。
よろしく」
それだけだった。
教室に落とされた自己紹介は、あまりに簡潔で、
一瞬、空気の置き場を失わせた。
拍手をするべきか迷った手が宙に止まり、
結局、わずかなざわめきだけが残る。
その異様な沈黙を破るように。
担任の近島先生が、いつもの調子で声を張り上げる。
「五里君、みんな待ってたよー!
一年間、よろしくねー!」
大袈裟な手拍子。
――それにつられて、
俺たちもまばらに手を打った。
だが内心では、誰も歓迎などしていないのだろう。
新学期が始まって、もう一か月近い。
席順も、昼休みの居場所も、
クラスの力関係も、ようやく落ち着き始めたところだ。
そこへ――
噂だけが先行する、不良風の転校生。
静かな小川に、
どこからか外来種が流れ込んできたような――
確かな違和感が、教室の底に沈殿していた。
「転校してきたばかりだから、わからないことも多いと思います。
みんな、助けてあげてくださいね」
近島先生の言葉に、
気乗りはしないが、皆と足並みを揃える。
「はい」
返事だけは、教室に揃って響いた。
ホームルームが終わり、一限目の授業が始まる。
朝、五里は「この後話がある」と言っていた。
それきり、特に動きはない。
どうやら教科書を持ってきていないらしく、
隣の女子の机を、ちらちらと覗き込みながら授業を受けている。
――これでは、一体何のために登校してきたのか。
そう思いつつ、隣の女子が少しだけ気の毒になった。
「恋花、あいつどう思う?」
「どうって……汐森君の友達でしょ?
朝、あんなにあなたのこと探してたんだから」
「なわけないだろ。
俺にゴリラの友達はいない」
即答だった。
「周りが“ゴリケン”なんて呼ぶから、
てっきり、クラスを和ませる――陽気なお調子者が来ると思ってたんだぞ。
想像とのギャップが、林とジャングルくらい違くて、
飼育員さんもびっくりだよ」
「初対面の人に対する例えが酷すぎて、
私がびっくりなんだけど……」
恋花は呆れたように息をつき、
それから少しだけ考える素振りを見せた。
「でも、汐森君に“話がある”っていうのは、
確かに気になるわね」
それが何なのか皆目見当つかないから、
内心こんなにビビっているのだ。
無意識のうちに、手を合わせていた。
「後生だ、恋花。
五里と話す時、お前も一緒にいてはくれないかえ?」
「嫌よ。どうせあなたのことだから、
五里君の意中の相手にまで色目を使った、とかでしょ。
トラブルに巻き込まないで」
「俺をいつからそんな節操なしだと思ってたんだ……」
胸に刺さるが、否定する元気もない。
「頼む。そばにいてくれるだけでいい。
元彼女として、俺を助けてくれ」
「……まず元彼のこんな姿、見たくなかったんだけど」
――間違いない。
こんな無様な姿、俺とて見せとうなかったわ。
恋花は視線を別の席へ逃がし、淡々と続ける。
「板橋君にお願いしたら?
親友でしょ」
「圭吾が一緒なら、
話が好転すると、本気で思ってるのか?」
恋花は目を泳がせて、
「あー……」と、言葉を濁した。
圭吾よ、すまない。
だが人には適材適所というものがある。
お前の持ち前の明るさが、
五里の地雷を踏み抜く未来しか見えない。
――今回ばかりは、恋花の存在が必要だ。
そんな話をしていると、
一限目の国語教師が、こちらに鋭い視線を投げてくる。
「汐森君、向崎さん。
仲が良いのは結構ですが、授業に集中してください。
それとも――二人で廊下に立ちますか?」
「い、いえ! すみません!」
恋花は顔を真っ赤にして、即座に頭を下げる。
俺としては、二人で廊下に立つのも悪くない選択肢だったのだが……
まあ、仕方がない。
大人しく視線を落としておこう。
――ごめんなさい。
教室のあちこちから、くすくすと忍び笑いが漏れる。
恋花はそれを「全部あんたのせいよ」と言いたげな目で俺を睨み、
ついでに、脚を蹴ってきた。
……まあ。
全面的に俺が悪い。




