ちえりの相談③
日本人という生き物は、ガチャが好きだ。
何が出るか分からないという期待と、
結果に一喜一憂するまで含めた一連の体験――
その全部が、たまらないのだろう。
これは古くはおみくじ文化に端を発し。
もはや生まれ落ちた瞬間、
DNAのどこかに刻み込まれている習性なのかもしれない。
ソーシャルゲームの売上が、
世界的に見ても、我が国だけ異様に突出しているのは――
きっとそのせいだろう。
神様。
今からでも遅くない。
日本人の設定を、次回パッチで修正してほしい。
そんな民族の末裔である俺は今日も。
ガチャを回すときのような期待と不安を胸に抱えながら、
隣の席の――元彼女へ、朝の挨拶をする。
「おはよう、恋花。今日も可愛いな」
――さて。
『一生寝てろ』
『さようなら』
『黙れカス』
今日のピックアップは、どれだ。
恋花は、さもガチャの前兆演出みたいに、
小さく首をかしげた。
「あれ……転校生?
はじめまして。私は向崎です」
……なるほど。
俺という存在を、
まるごと記憶から削除したらしい。
まあ、そうしたくなる理由も分かる。
一昨日――
後輩のちえりに、
『誰かに、ずっと見られている気がするんです』と相談された、あの日。
俺は何を血迷ったのか。
恋花に向かって、『復縁したいと思っている』などと口走ってしまった。
振られて、まだ数か月。
復縁の話を切り出すには、あまりにも早すぎる。
ジャンプ台で跳び箱を飛ばず、
そのまま天井の梁に掴まろうとするような無茶だ。
案の定。
頭がおかしいと罵られ、
それきり、些細な会話すら交わしていない。
……いや。
応答があるだけ、まだマシな方か。
こんなことで一喜一憂している俺は、もう豚と呼ばれても構わない。
こんな調子ではいつまで経っても、レアリティSSR級の挨拶――
『おはよう清継君。
今日も格好良くて素敵だよ。愛してる。ちゅっ』
――を引き当てることなど、叶わないだろう。
「なあ、恋花。
……まだ怒ってるのか?」
「向崎さん、って呼んで」
「なあ、向崎さん。
まだ怒ってるのか?」
「怒る?
私が、あなたに?」
「いや、その……一昨日……
あんなこと言ったから」
「復縁したいって話?
あれ、冗談のつもりだったの?」
「いや。大マジ」
思わず、火に油を注いだかと思った。
だが誤魔化すことは出来なかった。
その場しのぎの嘘を吐くくらいなら、
いっそ火だるまになった方がいい。
どうせ言葉を撤回したところで、
“クリスマスまでに復縁する”という目標が、消えるわけでもない。
――さあ、燃え盛れ俺の青春。
ひっぱたかれる覚悟でいた。
だが、恋花は意外なほどあっさりと言った。
「そ。なら、いいわ」
「……え、いいの?」
「冗談で言われたなら怒るけど。
……そうじゃないんでしょ?」
俺を見ずに続ける。
「なら、それはあなたの気持ちよ。
私が怒る理由、ないじゃない」
恋花は昔から、こうだった。
いつも一歩引いた場所から、自分と相手を同時に眺める。
感情よりも、理屈で線を引く。
“復縁したい”という言葉を、
あくまで俺個人の感情として処理しているのだろう。
「……ああ。
そう、だよな」
曖昧にそう返した、その時だった。
「汐森清継って奴は、いるかぁ?」
肺の奥で鳴るような、低く野太い男の声だった。
朝の談笑に花を咲かせていた教室は、
その一声で急速に冷え、静まり返る。
それから遅れて、ひそひそとした小声が漏れ始める。
「誰だ、あれ……」
「馬鹿、ゴリケンだよ。転校生の」
「五里って?
一回も登校してなかっただろ。髪も金だし、絶対やべえ」
始業式の日、近島先生の声が脳裏をよぎる。
『笹本さんと、五里君は欠席、と』
五里――
新学期が始まってから、一度も姿を見せていない転校生。
金髪だが、地毛の黒がまだらに残り、
両サイドは容赦なく刈り上げられている。
何かスポーツでもやっていたのか。
肩幅は異様に広く、立っているだけで空間を圧迫する体格だ。
制服は、着ているだけで“服としての尊厳”を失っていた。
それでいて人相も悪い。
全体のシルエットが、すでに一種の暴力だった。
転校生が来れば俺の人気が奪われる――
そんな心配をしていた昨日までの俺を、全力で殴りたい。
話が違う。
これは人気の問題じゃない。
今となっては、命の問題だ。
誰だよ、
五里を“陽気なコメディアン”だと思っていた奴は。
どう見ても、動物園の檻をぶち破ってきたゴリラの実写版だろ。
「――もう一度聞くけどよお」
低く、響く。
「汐森 清継って奴は、いるか?」
「……」
……で、なんであの人は俺の名前を連呼してるんだ。
飼育員さんと同姓同名なの。
五里は、そばにいた気の弱そうな男子生徒を鋭く睨みつける。
今にも拳が飛びそうな気配をまとったまま、問いを重ねた。
「このクラスに、汐森って奴はいるよな?」
「は、はい……!」
秒で、俺の命は売られた。
席を指差したあいつは後で処す――
と言いたいところだが、まあ仕方ない。
俺があいつの立場でも、同じことをしただろう。
今回は不問にしよう。
五里は俺を視界に捉え、一直線に、こちらへ歩いてくる。
何の用件かは分からない。
だが、逃げる理由もない。
堂々と相手をしてやればいい。
大丈夫だ。
いきなり殴られる――はずがない。
そう自分に言い聞かせた、その時だった。
「汐森君、大丈夫かな……
あの人、他校で窓ガラス割ったって」
「私は、同級生を殴り倒して拉致したって聞いたよ」
……お願いだから。
不安になることを聞かせないで。
五里は、俺と目と鼻の先まで歩み寄ると、そこで立ち止まり、
ゆっくりと口を開いた。
「お前が、汐森 清継だな」
「違います」
瞬間、隣から余計な声が飛んでくる。
「嘘吐くな」
「恋花、お前……馬鹿か!
どう見てもヤバい奴だろ。
こいつが俺にラブレター渡しに来るタイプに見えるか?
どう考えても不幸の通知を届けに来た不良だろ!
ゴリラの死神だよ!」
「まだ分からないでしょ。
ラブレターの代行かもしれないし」
「反社に代行頼む女子なんて卑怯だ!」
そんな不毛な掛け合いの最中。
背後から、さらに低く、
腹の底に響く声が落ちてきた。
「……おい、汐森」
「はい!」
反射的に返事をしてしまった。
五里は視線を合わせ、
俺の顔を、値踏みするようにじっと眺めてくる。
眼光は鋭く、さきほど耳にした噂話が、
決して誇張ではないと思わせる迫力だった。
俺は喉を鳴らし、どうにか声を絞り出す。
「……俺に男の趣味は無いし、喧嘩も弱いぞ」
「あ?
何言ってんだ」
五里は眉をひそめ、
「俺は、あんたに相談があって来たんだ」
「……は?」
間の抜けた俺の声と同時に、予鈴が教室に響いた。
その直後。
鬱蒼とした空気を切り裂くような明るさで、
近島先生が教室へ入ってくる。
「おはよー、みんな! 席着いてねー!
……あれ、五里くーん!
おはよ、席はそこだよ」
今まで一度も姿を見せなかった転校生に対して、
もう少し大仰な反応があっても良さそうなものだが。
近島先生は至って自然だった。
生徒を平等に扱う、その姿勢には素直に感心する。
五里は調子を狂わされたのか、
小さく舌打ちをし、のろのろと自分の席へ戻っていく。
その去り際――
「汐森。
あとで話がある。
時間ができたら来い」
明るい話でないことだけは、はっきりしていた。
俺は頷くことすら出来ず、
ただ、屈強な背中を見送ることしか出来なかった。
「……何なんだ、あいつ」
こうして、転校生・五里――
通称ゴリケンがやって来た、最初のホームルームが始まった。
まさかこのゴリケンが、のちに俺の親友となり、
恋花との距離を縮めるキューピットに化けるなど――
当時の俺は、知る由もなかった。




