清継復縁プロジェクト②
清継復縁プロジェクト。
読んで字のごとく、俺が元彼女――
向崎恋花と復縁するための計画である。
別れ際の言葉の真意を、頭の中で何度も反芻して擦り切らすより。
もう一度振り向かせてしまった方が俺らしい。
遠回りに見えて、
いちばん前向きだと信じている。
そう口にした瞬間。
友人の圭吾は両手を後頭部で組み、
呆れたように天井を仰いだ。
「復縁って……お前さ。
今の向崎と、まともに会話すら成立してねえだろ。どうすんだよ」
まったくもって正論だった。
これまで俺は、
恋花の視界における自分の立ち位置を。
“羽虫”“プランクトン”“道端の動物の糞便以下”など、
自傷行為かという比喩で語ってきた。
もっとも、それらはすべて俺の主観であって、
恋花本人からそんな言葉を投げつけられたことは一度もない。
問題は、そこに至る以前――
会話という名の土俵にすら、
上がらせてもらえていない点にあった。
「……まずは人間扱いされるところからだな。
段階を踏んで、
少しずつ会話を積み上げていくしかない。
……何か、恋花が食いつきそうな話題はないのか?」
縋るような視線を向けると、圭吾は顎に手をやって唸った。
「向崎とは長い付き合いだけどさ。
正直、俺もそんなに詳しくねえんだよな」
「そうか」
「お前と付き合ってた頃は、なんとなく距離置いてたし。
知ってるのは……アイドル好き、ってことくらいか?」
――アイドル。
え。
恋花、アイドル好きだったの?
何でお前の方が詳しいんだよ。
拗ねちゃうよ。
いや、違う。
今ここで女々しくなってどうする。
これは反省会じゃない、作戦会議だ。
俺は、ほころびかけた自尊心を縫い合わせるように、
ゆっくりと言葉を選んだ。
「まあ、今すぐ浮かばなくてもいいさ。
『三人いればもんじゃが美味い』って言うだろ」
「言わねえよ。
一人でも美味いわ」
「皆で囲むと、より幸せという関西のありがたいことわざだ」
「なるほどな」
――意見を交わすたび、思考は静かに色づいていく。
湖面に三つの石を投げ入れれば。
波紋はぶつかり合い、重なり合い、
やがて単独では生まれなかった模様を描く。
キャベツで作られた土手に、
もんじゃの生地を流し込めば――
それはもう湖と呼んで差し支えないだろう。
三人寄れば文殊の知恵。
たぶん、そういうことだった気がする。
……いや、きっと違う。
そんな、もっともらしい理屈を内心で展開していると、
後輩の水上が「三人」という単語に、わずかに肩を跳ねさせた。
そして、値踏みするような細い目を、俺に向ける。
「……もしかしなくても、
そのプロジェクトメンバーに、私入ってませんよね?」
「逆に、なぜ入ってないと思うんだ。
俺達以外の誰かが見えてるのか? 怖いなあ」
「嫌ですよぉ。
恋花先輩とは普通に交流ありますし、
何か……スパイ活動みたいになるじゃないですか」
「別に“助けてほしい”とは言ってない」
一拍置いて、俺は言葉を選ぶ。
「“手伝ってほしい”んだ。
そのためには、どうしてもメンバーが要る。
この計画はそうだな……ゲームだ」
「急に抽象化しましたね」
「ジャンルはRPGとしよう」
「サブタイトルは?」
「――『君の為ならゴキブリにでもなるRPG』だ」
「クソゲー確定じゃないですか」
即断即決だった。
ゲーマーである水上に、
分かりやすく説明したつもりが、どうやら逆効果だったらしい。
だが重要なのは、サブタイトルではない。
中身だ。
『絶対泣ける』と箱に書かれたゲームが、バグだらけで、
本当に泣くのは購入者の方だった――
そんな話は、いくらでも聞く。
俺は一度、深く息を吸い込み、
崩れかけた表情を、そっと元の位置に戻した。
「要はだな、パーティメンバーが圭吾しかいないRPGなんだよ。
モンスターと遭遇しても、魔王と戦っても、
作戦が“当たって砕けろ”しか選べなかったらどうする?
しかも本当に砕けるんだぞ。骨までだ。クソゲーだろ?」
「おい清継。
お前は今まさに、もう一人仲間を失うところだぞ」
圭吾が眉を引きつらせる。
だが今は一旦、
視界の外に追いやった。
あとで「精神的支柱という意味だった」とでも言っておけばいい。
人間関係の修復は、後回しに出来る。
計画の要件ではない。
今、必要なのは水上の協力だ。
女子目線の意見が欲しくなる瞬間は、必ず訪れる。
事情を知っていて、気兼ねなく話せて、途中離脱が許されない女子。
条件を満たすのは、どう考えても水上しかいない。
俺は声量を落とし、
逃げ道を塞ぐように静かに告げた。
「水上、これは――生まれ変わるチャンスだ」
「うわ、怪しい宗教勧誘来た。
うちはセールスお断りなんで、帰って下さい」
「考えてみろ。
せっかくの高校生活だ」
一拍。
「俺らと一つの目的を持って動くのも、悪くない。
去年みたいに控えめにしてたら、
お前はずっと周囲から“モブキャラ扱い”だぞ」
「いや私、中学の頃から清継先輩のグループにいたせいで、
完全に浮いてたんですけど」
初耳だった。
水上はどう見ても物静かな少女だ。
役どころで言えば、“一般生徒G”。
台詞も無ければ、イベントフラグも立たない。
だが中学時代は、
圭吾の問題行動が多かったせいで。
必然的に、水上まで同類として認識されていたらしい。
静かにしている人間ほど、
騒がしい集団の影を濃く背負う。
となれば――
ここで使えるカードは、もう一枚しかなかった。
「水上。
……何か、欲しい物はないか」
「物で釣るんですか!? なんて先輩だ!
……というか、そんなに恋花先輩とヨリ戻したいんですか。
意外とネチっこいんですね」
言われて、ようやく自覚する。
確かに俺は、
ここまで一人に固執したことがなかった。
だが、線引きはする。
振られた女の子の足元に、
いつまでもしがみつく男にはならない。
執着には、期限を与えなければならない。
「安心しろ。俺は恋花のストーカーにまではならん。
このプロジェクトには、終わりを用意する。
――今年のクリスマスだ」
「……クリスマス、ですか」
「それまでに復縁できなければ、潔く手を引く。
二度と話しかけるなと言われたら、それにも従うさ」
言葉にしてみると、
思いのほか静かだった。
決意というより、覚悟に近い音だった。
「恋花とのクリスマスデートを終えたら、プロジェクト完遂だ」
「清継、お前ベタだな」
「それでいいんだよ。女の子は――」
「振られた人が語らないでくださいよ」
冷ややかなツッコミを最後に、沈黙が落ちた。
水上は何度も首を傾げ、
唸るように考え込んでいる。
恋花との関係が気まずくなることを恐れているのだろう。
それは、とても真っ当な懸念だ。
やがて――
時間がゆるりと前に進んだころ、
観念したように水上の声が震えた。
「……わっかりましたよお。
清継先輩がそこまで言うなら、
この可愛い後輩が応援団になってあげようじゃないですか。
ただし、期限は守って下さいね。クリスマスまでです」
「本当か?」
なんて理解のある後輩を持ったんだ、俺は。
今はその小さな背丈が、
ロッキー山脈のように雄々しく、頼もしく見えた。
「まあ今日のところは、ラーメン奢りくらいで勘弁してあげましょう」
ちゃっかりしている。
だが今日は、それすら愛おしい。
どうせ体育テストで圭吾に負けて、奢る予定だった。
一人増えたところで、バイトをしている俺には大したことじゃない。
こうして俺たち三人は、
《清継復縁プロジェクト》なる組織を発足し、
クリスマスまで、行動を共にすることになった。
その日まで――
残り、約八ヶ月。




