表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/114

清継復縁プロジェクト②

 

 清継復縁プロジェクト。


 読んで字のごとく、俺が元彼女――

 向崎こうざき恋花れんかと復縁するための計画である。


 別れ際の言葉の真意を、頭の中で何度も反芻して擦り切らすより。

 もう一度振り向かせてしまった方が俺らしい。


 遠回りに見えて、

 いちばん前向きだと信じている。


 そう口にした瞬間。


 友人の圭吾けいごは両手を後頭部で組み、

 呆れたように天井を仰いだ。


「復縁って……お前さ。

 今の向崎と、まともに会話すら成立してねえだろ。どうすんだよ」


 まったくもって正論だった。


 これまで俺は、

 恋花の視界における自分の立ち位置を。


 “羽虫”“プランクトン”“道端の動物の糞便以下”など、

 自傷行為かという比喩で語ってきた。


 もっとも、それらはすべて俺の主観であって、

 恋花本人からそんな言葉を投げつけられたことは一度もない。


 問題は、そこに至る以前――


 会話という名の土俵にすら、

 上がらせてもらえていない点にあった。


「……まずは人間扱いされるところからだな。

 段階を踏んで、

 少しずつ会話を積み上げていくしかない。

 ……何か、恋花が食いつきそうな話題はないのか?」


 縋るような視線を向けると、圭吾は顎に手をやって唸った。


「向崎とは長い付き合いだけどさ。

 正直、俺もそんなに詳しくねえんだよな」


「そうか」


「お前と付き合ってた頃は、なんとなく距離置いてたし。

 知ってるのは……アイドル好き、ってことくらいか?」


 ――アイドル。


 え。

 恋花、アイドル好きだったの?


 何でお前の方が詳しいんだよ。

 拗ねちゃうよ。


 いや、違う。


 今ここで女々しくなってどうする。


 これは反省会じゃない、作戦会議だ。


 俺は、ほころびかけた自尊心を縫い合わせるように、

 ゆっくりと言葉を選んだ。


「まあ、今すぐ浮かばなくてもいいさ。

 『三人いればもんじゃが美味い』って言うだろ」


「言わねえよ。

 一人でも美味いわ」


「皆で囲むと、より幸せという関西のありがたいことわざだ」


「なるほどな」


 ――意見を交わすたび、思考は静かに色づいていく。


 湖面に三つの石を投げ入れれば。


 波紋はぶつかり合い、重なり合い、

 やがて単独では生まれなかった模様を描く。


 キャベツで作られた土手に、

 もんじゃの生地を流し込めば――


 それはもう湖と呼んで差し支えないだろう。


 三人寄れば文殊の知恵。


 たぶん、そういうことだった気がする。

 ……いや、きっと違う。


 そんな、もっともらしい理屈を内心で展開していると、

 後輩の水上みなかみが「三人」という単語に、わずかに肩を跳ねさせた。


 そして、値踏みするような細い目を、俺に向ける。


「……もしかしなくても、

 そのプロジェクトメンバーに、私入ってませんよね?」


「逆に、なぜ入ってないと思うんだ。

 俺達以外の誰かが見えてるのか? 怖いなあ」


「嫌ですよぉ。

 恋花先輩とは普通に交流ありますし、

 何か……スパイ活動みたいになるじゃないですか」


「別に“助けてほしい”とは言ってない」


 一拍置いて、俺は言葉を選ぶ。


「“手伝ってほしい”んだ。

 そのためには、どうしてもメンバーが要る。

 この計画はそうだな……ゲームだ」


「急に抽象化しましたね」


「ジャンルはRPGとしよう」


「サブタイトルは?」


「――『君の為ならゴキブリにでもなるRPG』だ」


「クソゲー確定じゃないですか」


 即断即決だった。


 ゲーマーである水上に、

 分かりやすく説明したつもりが、どうやら逆効果だったらしい。


 だが重要なのは、サブタイトルではない。

 中身だ。


 『絶対泣ける』と箱に書かれたゲームが、バグだらけで、

 本当に泣くのは購入者の方だった――


 そんな話は、いくらでも聞く。


 俺は一度、深く息を吸い込み、

 崩れかけた表情を、そっと元の位置に戻した。


「要はだな、パーティメンバーが圭吾しかいないRPGなんだよ。

 モンスターと遭遇しても、魔王と戦っても、

 作戦が“当たって砕けろ”しか選べなかったらどうする?

 しかも本当に砕けるんだぞ。骨までだ。クソゲーだろ?」


「おい清継。

 お前は今まさに、もう一人仲間を失うところだぞ」


 圭吾が眉を引きつらせる。


 だが今は一旦、

 視界の外に追いやった。


 あとで「精神的支柱という意味だった」とでも言っておけばいい。

 人間関係の修復は、後回しに出来る。


 計画の要件ではない。


 今、必要なのは水上の協力だ。


 女子目線の意見が欲しくなる瞬間は、必ず訪れる。


 事情を知っていて、気兼ねなく話せて、途中離脱が許されない女子。

 条件を満たすのは、どう考えても水上しかいない。


 俺は声量を落とし、

 逃げ道を塞ぐように静かに告げた。


「水上、これは――生まれ変わるチャンスだ」


「うわ、怪しい宗教勧誘来た。

 うちはセールスお断りなんで、帰って下さい」


「考えてみろ。

 せっかくの高校生活だ」


 一拍。


「俺らと一つの目的を持って動くのも、悪くない。

 去年みたいに控えめにしてたら、

 お前はずっと周囲から“モブキャラ扱い”だぞ」


「いや私、中学の頃から清継先輩のグループにいたせいで、

 完全に浮いてたんですけど」


 初耳だった。


 水上はどう見ても物静かな少女だ。


 役どころで言えば、“一般生徒G”。

 台詞も無ければ、イベントフラグも立たない。


 だが中学時代は、

 圭吾の問題行動が多かったせいで。


 必然的に、水上まで同類として認識されていたらしい。


 静かにしている人間ほど、

 騒がしい集団の影を濃く背負う。


 となれば――

 ここで使えるカードは、もう一枚しかなかった。


「水上。

 ……何か、欲しい物はないか」


「物で釣るんですか!? なんて先輩だ!

 ……というか、そんなに恋花先輩とヨリ戻したいんですか。

 意外とネチっこいんですね」


 言われて、ようやく自覚する。


 確かに俺は、

 ここまで一人に固執したことがなかった。


 だが、線引きはする。


 振られた女の子の足元に、

 いつまでもしがみつく男にはならない。


 執着には、期限を与えなければならない。


「安心しろ。俺は恋花のストーカーにまではならん。

 このプロジェクトには、終わりを用意する。

 ――今年のクリスマスだ」


「……クリスマス、ですか」


「それまでに復縁できなければ、潔く手を引く。

 二度と話しかけるなと言われたら、それにも従うさ」


 言葉にしてみると、

 思いのほか静かだった。


 決意というより、覚悟に近い音だった。


「恋花とのクリスマスデートを終えたら、プロジェクト完遂だ」


「清継、お前ベタだな」


「それでいいんだよ。女の子は――」


「振られた人が語らないでくださいよ」


 冷ややかなツッコミを最後に、沈黙が落ちた。


 水上は何度も首を傾げ、

 唸るように考え込んでいる。


 恋花との関係が気まずくなることを恐れているのだろう。

 それは、とても真っ当な懸念だ。


 やがて――


 時間がゆるりと前に進んだころ、

 観念したように水上の声が震えた。


「……わっかりましたよお。

 清継先輩がそこまで言うなら、

 この可愛い後輩が応援団になってあげようじゃないですか。

 ただし、期限は守って下さいね。クリスマスまでです」


「本当か?」


 なんて理解のある後輩を持ったんだ、俺は。


 今はその小さな背丈が、

 ロッキー山脈のように雄々しく、頼もしく見えた。


「まあ今日のところは、ラーメン奢りくらいで勘弁してあげましょう」


 ちゃっかりしている。

 だが今日は、それすら愛おしい。


 どうせ体育テストで圭吾に負けて、奢る予定だった。

 一人増えたところで、バイトをしている俺には大したことじゃない。


 こうして俺たち三人は、

 《清継復縁プロジェクト》なる組織を発足し、

 クリスマスまで、行動を共にすることになった。


 その日まで――

 残り、約八ヶ月。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ