表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/114

再会の後輩②


「……」


 イケメンスマイルのまま、

 ダビデ像のように完全停止する。


 そこで何かを察した水上が、すかさず声をうわずらせた。


「ひどいよねえ、ちえりちゃん!

 私たち、始業式の最中に清継先輩に手を振って合図したのに、無視するんだもん」


 水上、ナイスアシスト。

 だが、非常に惜しい。


 俺は学校で、

 恋花れんか以外の女子を、下の名前で呼ばない主義だ。


 ——とはいえ、突如として押し寄せたビッグウェーブ。


 自慢の愛想をサーフボードにして、乗り切るしかあるまい。


「いや、ごめんごめん。

 水上も……()()()も、

 まさか式の最中にコンタクトをはかってくるとは思ってなくてさ」


「……!

 汐森しおもり先輩……。

 私の名前、いつも名字で呼んでたのに」


「ああ。もう高校生だろ。

 そろそろ下の名前で呼んでもいいかなって」


「はい……!

 嬉しいです」


 ——誰だっけ、この子。

 名前を聞いても、記憶の引き出しが一切開かない。


 とはいえ、距離感の詰め方が完全にバグった人間のムーブをかましたわりに、

 場が荒れずに済んだのは幸いだった。


 突然悲鳴を上げられ――


 ご時世を盾にセクハラだなんだと騒がれたらどうしようかと、

 内心では冷や汗ものだったのだ。


 水上には、本当に助けられた。


「では、汐森先輩。あ、あと板橋先輩も。

 このあと用事がありますので、お先に失礼しますね。

 瑞希ちゃんも、ありがとう」


 そう言って、ちえりなる女子生徒は、丁寧すぎるほど深く頭を下げ、

 渡り廊下の向こうへと去っていった。


 背中が角を曲がって見えなくなった、その瞬間。


 水上は、さっきまでの愛嬌を跡形もなく消し去り、

 人をさげすむような低い声を落とす。


「……告白された子の名前、忘れるとか。

 最低ですね」


「え。

 俺、ちえりに告白されたの?」


「馴れ馴れしく呼ばないでくださいよ……。

 振られた女子たち全員に、呪い殺されればいいのに」


 後輩のくせに、

 刃物みたいな言葉を平然と投げてくる。


 どこに需要があって、

 俺はマルチエンディングのバッドエンドを踏まねばならんのだ。


 もし、そんな女子たちによる怪しい呪術団体が存在するなら、

 先に市役所が動くべきだと思う。


 ……いや。


 今回に限っては、俺が悪い。

 反省、反省。


 暴言を浴びせられている俺をよそに、

 圭吾は感心したように何度か頷いた。


「でもよー。

 振られた相手に挨拶しに来るのは、すげえよな。

 ありゃ鋼のメンタルだぜ」


「そうなんです。

 ちえりちゃん、ああ見えて結構気が強いんですよ」


 水上はそう前置きしてから、少しだけ声を落とす。


「だから私、まだ清継先輩に——

 彼女がいるって、伝えられてないんです」


 その一言で、空気がきしんだ。


 圭吾は一瞬だけ目を見開き、

 次の瞬間には「やぶをつついたな」と言いたげな――


 いや、「むしろ待ってました」が正しい。


 その異様な気配を感じ取ったのだろう。


 水上は、不安そうに俺と圭吾の顔を、何度も見比べる。


「え、な、何です?」


「水上よー、実は清継なー?」


「いい。

 俺が話す」


 面白おかしく消費されるのは、どうにも耐えられなかった。


 これは人生で初めて味わった失恋だ。

 他人の酒の肴にしていい話じゃない。


 圭吾の額を掌で押し返し、強引に言葉を止める。


「恋花とは……別れたよ」


「は?」


 鳩が豆鉄砲を食らったよう、とはこのことだろう。


 水上は目を丸くしたまま、

 理解を追いつかせようとするかのように、こめかみを指で叩き始めた。


 しばらく、渡り廊下に沈黙が落ちる。


 ——と思った次の瞬間。


「何やってるんですか、清継先輩!」


 今度は、水上が爆発した。


「あんなに良い人、他にいませんよ!?」


「ああ……

 それは、俺もそう思ってる」


「浮気ですか?」


「違う違う。

 そういう器用な真似は出来ない」


「じゃあ、喧嘩ですか?」


「いや……ほとんど一方的というか」


「最低ですね」


 言葉が、胸に突き刺さる。


「飽きたら捨てるんですか」


 ——待て。

 どうやら、話が致命的に噛み合っていない。


 圭吾と顔を見合わせる。


 だが彼もまた、頭の上に大きな疑問符を浮かべたまま、

 状況を飲み込めずにいる。


 俺たち三人のあいだで、

 同じ言葉だけが、まったく別の意味を帯びて転がっていた。


「水上……お前、何か勘違いしてないか」


「何がです?

 清継先輩が、恋花先輩を一方的に振ったんでしょ」


「冗談言うな。

 俺が、恋花に振られたんだよ。はっきりとな」


 強がって――

 勉強に専念したくて、俺から別れを切り出した。


 そう言えば、

 もう少し“格好のつく話”になったかもしれない。


 だが、俺は何ひとつ脚色せず、事実だけを口にした。


 それなのに、

 水上は先ほどよりも強く混乱した表情を浮かべ、言葉を失っている。


 どうやら俺が振られる可能性そのものを、

 想定していなかったらしい。


 ——理想の先輩、というやつだろうか。

 迷惑な話だ。


「う、嘘ですよ……そんなの。

 別れたのって、いつですか?」


「一ヶ月くらい前だ」


 返答に、水上の目がわずかに揺れた。


 信頼されているのはありがたい。

 だが、ここまで否定されると、さすがに気分は良くない。


「……いい加減にしてくれ。

 俺だって、こんな結末になるなんて思ってなかった」


「恋花先輩に、今年の明け頃、会ったんです」


「それが、何だよ」


 時期を考えれば、俺と別れる二ヶ月ほど前。


 胸の内で、何かが小さく引っ掛かる。


「恋花先輩、清継先輩にゾッコンだったんです」


 その言葉が、あまりに自然に放たれたせいで、

 意味を理解するまで一拍遅れた。


「年末はずっと電話してた、とか。

 初詣を一緒に行けた、とか。

 それはもう……後輩の私が引くくらいに!」


 頭の中で、音が止まる。


 理解が追いつかず、俺は思わずこめかみに指を当てた。


 恋花が、他人に惚気話をする。

 そんな光景は、どう想像しても現実味がない。


 ——今の恋花から見れば、俺など、

 道端に転がる石よりも価値のない存在だろうに。


 別れる二ヶ月前。

 もし本当に、俺にそこまで惚れ込んでいたのだとしたら。


 その後の、たった一ヶ月で。

 彼女の心には、どんな変化が起きたのだろう。


 俺は、自分の知らなかった恋花の一面を突きつけられ、

 言葉を失ったまま、ただ立ち尽くしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ