再会の後輩
放課後。
体育テストという名の通過儀礼は、無事終了。
全身の筋肉が一斉に反旗を翻した結果、
歩くという行為そのものが、贅沢に感じられ始めた時間帯だった。
俺と圭吾は、
校舎の別棟を繋ぐ渡り廊下を、まるで這うようにして進んでいた。
そのとき。
「あ、いたいた。
清継せんぱーい」
背後から小さく、
それでいて妙に通りのいい声が届く。
振り返ると、そこには小柄な女子が二人立っていた。
新しい制服の胸元で揺れるネームプレート。
その縁取りの色は、俺たち二年生の緑ではなく、
まだ鮮やかさを失っていない赤。
入学して間もない一年生だと、一目で分かった。
「おお、何だ。
水上か」
同じ校門をくぐる後輩相手に、
つとめて自然に返したつもりだった。
少なくとも、ぞんざいに扱った覚えはない。
だが、その返答は彼女のお気に召さなかったらしい。
水上は小さな身体を精一杯使って、
ちょこちょこと跳ねるように前に出る。
「何だ、とは何ですか! 探したんですよー?
せっかく可愛い後輩が同じ学校に入学してきたっていうのに、
リアクション薄いってんですよ」
そして、思い出したように隣を見る。
「あ、圭吾先輩もいたんですね。
お久しぶりです」
「俺はオマケ扱いかよ!?
中学の頃から、ほんと変わんねえなあ」
圭吾はわざとらしく、肩をすとんと落とす。
あまりにも見慣れたその仕草に、
思わず苦笑がこぼれる。
こういうやり取りも、
中学の頃からずっと変わらない“いつもの光景”だった。
水上瑞希。
中学時代は、同じ部活をしていた。
練習帰りにはラーメン屋をはしごしたり、
特に理由もなく川辺で黄昏れたり――
思えば、老夫婦の散歩のような時間を、
何の疑問もなく共有していた後輩だ。
黒髪は前髪をまっすぐに切り揃え、
トレードマークなのか、いつも何かしらのヘアピンを留めている。
今日はプリンに似たマーブルカラー。
いったい、
こんな奇抜な色をどこで見つけてくるのか。
人懐っこさも、背丈も、顔つきも――
ほとんど何も変わっていない。
俺たちは一瞬で中学時代に引き戻され、
口調まで自然と、数年分だけ軽くなっていた。
「よく入学できたな。
いくら払ったんだ」
「なんてこと言うんですか。
私以外の後輩が聞いたら、品性の無さに失神してるところですよ」
「安心しろ。他の人には言わん。
お前は特別だ」
「フィッシングメールの『あなただけ特別に』レベルで、価値が無いじゃないですか……!」
とまあこんな感じで――
言葉を投げれば、間髪入れずに綺麗な打球が返ってくる
ノリの良い後輩だ。
「して清継先輩たち、なんでこんな所歩いてるんです?
帰りの階段、向こうですよね」
「こっちのルートだと、
玄関まで人混みに飲まれずに済むんだよ。
まだ部活も本格始動してない時期だから、一斉下校で生徒が氾濫してる」
「おお……さすが二年生。
校内事情に詳しいですね」
感心されたものの、
実のところこの帰り道を知ったのは今日の昼だ。
偶然と体力テストの後遺症が生んだ、苦し紛れの発見である。
それについては、触れずにおこう。
先輩とは、少し嘘を混ぜてこそ格好がつくものだ。
水上と話し込んでいるうちに、
いつの間にか一人、蚊帳の外に追いやってしまっていた存在があった。
水上の側に立つ、もう一人の女子生徒。
一歩だけ距離を保ち、
会話の輪に入る呼吸を測っている――
そんな慎ましさを、圭吾が見逃すはずもない。
「それでー?
こっちの子は、水上の友達か?」
「あ、そうです!
清継先輩たちに挨拶しに行くって言ったら、ぜひ一緒にって」
「もう、瑞希ちゃん……恥ずかしいよお」
隣の見知らぬ少女は、わずかに身体を捩らせる。
そしてこちらを見上げるように、
赤くなった頬と視線を向けてくる。
……なるほど。
メイド喫茶でもないというのに、
高額オムライスを注文させにくる時の、この甘い所作。
これは――あれだ。
始まってしまったか。
新学期恒例、俺の握手会。
写真撮影は事務所を通してください。
列は最後尾から、どうぞ。
「先輩。
私のこと、覚えていますか?」
「……」
――ん。
握手会で一番厄介なタイプのファン来ちゃった。
そうやって人を試すの、止めようよ。
『漢字ではどう書くんだったっけ』ってメモ渡して、
遠回しに名前を聞き出せばいいのか?
いっそのこと、出会う女の子は全員“可愛い子猫ちゃん”で統一して、
気の狂った痴呆系ナルシストにでもなってしまおうか。




