結局類は友を呼ぶ
神様、お願いです。
どうか今すぐ、俺にイヤホンをお与えください。
心の芯から洗い流されるような、
清らかな聖歌隊の歌声が聴きたいのです。
この世界に、自分ひとりだけが取り残されたと錯覚できるほどの大音量で、
現実そのものを塗り潰してくれるような歌を。
――いいえ、神様。
今のは嘘です。
俺は、歌が聴きたいわけではありません。
ただ、耳を塞ぎたいだけです。
だから今すぐ、耳栓をください。
できれば業務用の、現実遮断性能に特化したやつを。
目の前のテーブル席。
そこに座る大柄の男、五里 絢人は――
まるで懺悔室で罪を告白する信徒のような顔で、
ゆっくりと口を開いた。
「俺はこの人を――
清継さんを、愛しています」
「……申し訳ございませんが、決まりになっておりますので」
間髪入れずに、現実が否定する。
「なぜだ。
“カップルで来店された方に限定ストラップ進呈”と聞いて、ここまで来たんだ。
俺たちは性別という枠を越え、真実の愛に辿り着いた。
疑いようのない、正真正銘のカップルだろう」
「そ、そうおっしゃられましても……数に限りもございますし、
一応、転売対策という形を取っておりまして……」
昼下がりのファミリーレストラン。
女性店員は、マニュアルと良心の狭間に吊るされたような顔で、
必死に言葉を選んでいた。
今日は猛暑日だというのに、背筋にじわりと寒気が走る。
冷房のせい――であってほしかった。
だが違う。
これは五里の“愛”に対して、
俺の身体が総出で示している、極めて誠実な拒否反応だ。
耳鳴りがする。
しかも、外じゃない。内側からだ。
まさか鼓膜の方が先に悲鳴を上げる日が来るとは思わなかった。
俺は思わず、耳の付け根を押さえる。
――頼む。
ここは聖域だ。
少なくとも、ドリンクバーとお子様ランチの並ぶ場所で、
開示していい種類の愛じゃない。
「五里よ。
一旦、出直そう」
できる限り穏やかな声で――
だが、即断即決で切り上げる。
「これ以上ゴネるのはカスタマーハラスメントだ。
時代にそぐわない。
というか――俺の鼓膜がもたない」
「ですが清継さん。
時代を語るなら、最近は何でもジェンダーレスだの、
LGBTQだの言うじゃないですか。
俺たちみたいな男性カップルにも、配慮があって然るべきでしょう」
「お前の育ったジャングルでは、そんな語彙まで履修するのか」
一呼吸。
「いいか、五里。
配慮ってのは、強要するもんでもなけりゃ、
自分たちのわがままを通すためにチラつかせる拳銃でもあるまいて」
「へい、仰るとおりで……
――ところで清継さん。そもそもLGBTQって、何ですかい」
「ラスト・ゴリラ・バナナ・ザ・クエストの略だ」
「どんな冒険ですか。
絶対いま考えたでしょう」
一拍。
「まあ、清継さんがそう言うなら、出直しますか。
……店員さんも、申し訳ねえ」
ちゃんと謝れる。
そこだけは、文句なしに偉い!
だが――
今回に限っては、完全にこちらが加害側だ。
どこをどう切り取っても、
言い逃れの余地はなかった。
今日は、友人の圭吾と五里、
三人で繁華街に出てきていた。
目的は特にない。
強いて言うなら、夏休みの暇つぶし。
もっと正確に言えば。
暇を持て余した連中が、
“暇である”という事実から目を逸らすために外へ出ただけだ。
本来なら、長期休暇中はバイトが詰まっていて、
俺自身は別に暇ではない。
――なかったはずなのだが。
今日はたまたま休みで、
たまたま誘われて、
たまたま断る理由も見つからなかった。
つまり、俺も同罪だ。
学生らしく、意味もなく時間を浪費していた――はずだった。
けれど。
ファミリーレストランの入口脇に貼られた一枚の告知ポスターが、
ふと視界に引っかかる。
男女カップルでの来店で、コラボ限定ストラップ進呈。
圭吾曰く、このコラボキャラというのが、
恋花の好きな人気アイドルグループのマスコットらしい。
ポスターに描かれていたのは、
うさぎのように長い耳を持った、やけに存在感のある豚だった。
口を大きく開け、
ムンクの『叫び』みたいな顔で何かを嘆いている。
実に、奇妙なキャラクターだ。
おそらく仲間たちが次々と唐揚げにされていく光景を目の当たりにして、
絶望しているのだろう。
――知らんけど。
だが、「限定」と聞けば話は別だ。
どうにかして手に入れて、誰かに渡したくなる。
それが男という生き物の、
どうしようもなく単純で――厄介な性だ。
結果として。
俺と五里による即席の“男性カップル”が誕生し、
堂々と入店する運びとなったわけだが――
なお、この作戦を提案した張本人、圭吾は、
現在、店の外で腹を抱えて笑っている。
今から殴りに行こうと思う。
「よし、五里。
ひとまず戦略的撤退だ」
メニュー表に視線を落とす。
「何も買わずに出るのは、さすがに人としてどうかと思う。
適当にテイクアウトしよう」
「諦めてはいない、ということですね。
さすが清継さんだ」
「当然だ。
恋花にプレゼントなんて口実、そうそう転がってるもんじゃない」
少しだけ間を置く。
「……とりあえず、熱々のグラタンでも買って、
圭吾の口に突っ込んでやろう」
「タバスコも、たっぷり入れましょう」
結果として。
俺たちは、“適当”という言葉から最も遠い量の注文をしていた。
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