向崎復縁プロジェクト③
「じゃあさ。
あんた、どうして汐森を振ったの」
「私だけを、見て欲しかったから」
「……まじ?」
「うん」
即答だった。
躊躇は、なかった。
「清継くん、中学の頃からずっと、
誰かの悩みを聞いて、手助けしてて……
最初は、ただの“良い人”なんだと思ってた」
グラスの中で、氷が小さく鳴る。
「でもね、だんだん思ったの。
あれは優しさじゃなくて——」
言いかけて、少し迷う。
「……何かに縛られてるみたいだなって」
自嘲気味に笑う。
「そういう人間でいなきゃいけない、って。
勝手に、そう決めつけてたのかもしれないけど……
へ、変だよね」
顔を上げる。
笹本さんは頬杖をついたまま、
じっとこちらを見ていた。
「変じゃないさ」
短く、断言する。
「あんた、良い目をしてる」
「そう、なんだ……
じゃあやっぱり、清継くんの家族と関係あるのかな。
家のことになると、急に様子が変わるし……詮索しないでくれって言ってたから」
「そこまで勘付いてて、どうして突き放したのさ」
「……私の我儘なの」
ぽつりと、罪を落とすみたいに言う。
「ずっと、私じゃない誰かを見てる気がしてた。
違う場所、違う目標だけを」
一度、視線を落とす。
「でも、約束があったから。
理由を知ることは出来なくて……
だから――“良い人”でいようとする、その生き方を否定したくなったの」
一拍。
「そうすれば、少しは私の方を見てくれるかなって」
短い沈黙のあと、
笹本さんが声を立てて笑った。
「はは。あんたも大概かまってちゃんだね。
思いもよらぬところに仲間がいて、私は嬉しい」
「茶化さないでよ、もう……」
そう返しながらも、
胸の奥に溜まっていたものが、ほどけていく。
「最初から、間違ってたの」
言葉が、止まらない。
「詮索しない約束も……
嫌われたくなくて、怖くて、守ってただけ。
好かれたくて、ずっと猫を被ってた。
それじゃ、対等じゃないのに」
一度、息を吸う。
「だから、別れた」
短く言い切る。
「最初は、気を引くためだったけど……今は違う」
顔を上げる。
「ゼロから、やり直したいの」
言葉が、勝手に転がり落ちていく。
「私、清継くん大好き」
言ってしまってから、ようやく気づく。
やっぱり、私の脳味噌は溶けているのかもしれない。
――清継くん大好き、なんて。
糖分の過剰摂取で、
思考回路まで甘ったるくなってしまったに違いない。
笹本さんは、口をぽかんと開けたまま固まっている。
その沈黙の底で、グラスの中の氷が――
カラン、と乾いた音を立てた。
やがて、笹本さんはニヤリと口角を歪めた。
「やーっと白状したね。
あんたが、汐森を避けながらも拒絶しない理由」
「うん、白状した。
私、結構……いや、かなりヤバい女。
どうかしてる」
「だね」
あっさりと、肯定される。
そして。
「でも、私は好きだ」
「え」
「人はさ、誰でもどこか壊れてる」
一拍。
「それを隠して、誤魔化して、折り合いをつけて生きてるだけだ。
――私みたいに、それを他人や“病気”のせいにして撒き散らすと、ただの厄介者になる」
自嘲の言葉なのに、声は澄んでいた。
「でも、向崎はちゃんと自覚して、向き合ったんだろう?
なら、ヤバくていいじゃないか。
上っ面だけ整えて、目の奥に沈めてる連中より、ずっとマシだ」
「……」
言葉が、出てこない。
否定されると思っていた。
自分勝手で、幼稚で、どうしようもない感情だと――
切り捨てられるものだと、思っていたのに。
笹本さんは、少しだけ間を置いてから、続ける。
「もし、あんたと汐森が復縁したなら面白いね。
どうなるか見たくなってきた」
「見せ物じゃないんだけど……
協力してくれるってこと?」
「しない」
即答だった。
「裏で結託されてるの、あいつ一番嫌うからね」
一瞬だけ、視線が逸れる。
「だから、迷ったときに話を聞くくらい。
選択肢を増やす手伝いならする」
少しだけ、声が緩む。
「……上手くできるかわからんけど」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「ありがとう」
素直に言うと、
笹本さんはわずかに目を細めた。
「ただ復縁するだけなら、あいつなら今すぐ出来るだろうけどね。
電話一本で、即日対応。全国どこでも送料無料」
「それじゃダメ。
今までと同じになっちゃう」
一拍。
「だから、ちゃんと知りたいの。
清継くんのことも……私のことも」
言葉にして、ようやく形になる。
「その上で、やり直したい」
「愛が重いね」
「そうよ?」
少しだけ、笑う。
それから、視線を戻す。
「ねえ、笹本さん。
清継くんの家族のこと、何か知ってる?」
尋ねると、
笹本さんはゆっくりと、頭を振った。
「私にその答えを期待しないでくれ。
他人の過去を吹聴して回る趣味はないんだ。
私は向崎の味方ではあるけど、汐森の旧友でもあるからね」
「そ、そうだよね……ごめん」
「いや。こんな立ち位置になったのは、私の自業自得さ」
一拍。
「――とりあえず、今後の活動におけるチーム名でも決めようか」
チーム名?
必要だろうか。
いや、絶対いらない。
でも、せっかく乗り気のようなので一応提案してみる。
「『二人はかまってちゃん』とか?」
「おお、女児向けに日曜朝に放送されてそうだ。
最終回は教室からダイブで決まりだね」
「ねえ、最悪なんだけど。
BPOに苦情殺到して即放送停止じゃない」
笑えない自虐ギャグに、私は思わず肝を冷やす。
考えなしに案を出すのではなかった。
あの日の出来事さえもネタにしてしまう彼女は、もはや無敵だ。
……無難にいこう。
「じゃあ、向崎復縁プロジェクトで」
「……なんか、ネーミングセンスが汐森だね」
「え、ありがとう」
「いや褒めてないし。まあそれでいいか」
肩をすくめてから、続ける。
「何かあったら話しな。
その代わり――補習、付き合ってもらうから。
このままじゃ、私に夏休みは訪れそうにない」
「あ」
そうだ。
まだ、全然終わっていない。
甲骨文字とか言い出すから、
教える気力が削がれてしまっただけで。
長居しすぎてお店を追い出される前に、
せめて区切りのいいところまでは進めないと。
こうして私は、笹本さんと――
清継君と“ちゃんと”やり直すための、
どうしようもなく雑で、けれど確かな目的を持った組織、
『向崎復縁プロジェクト』を立ち上げることになった。
持ちつ持たれつ。
たぶんそれは、
今の私たちにちょうどいい距離だ。
そのとき、笹本さんが思い出したように言う。
「じゃあ、これからは汐森への罵倒は封印ってことで?」
「それは無理かも」
「……どしてさ」
少しだけ視線を落とす。
それから、ほんの少しだけ笑う。
「だって――」
一拍。
「こっちが、私のほんとの性格だから」




