向崎復縁プロジェクト
◇ ◇ ◇
『学校前着いたよ〜、待ってるね』
メッセージとスタンプを送信してから、
私はなんとなく、前髪に指を通した。
これから会うのは、
別に――気になる男の子、というわけじゃない。
それでも、胸の奥が落ち着かない。
理由を探すように、
同じ仕草を、もう一度なぞる。
身なりを整えたいわけじゃない。
ただ、いつも通りの動作に、自分を寄せて、
ばらけそうな感情を、ひとつに束ねたかっただけだ。
自分から呼び出しておいて。
今さら、相手に悪い気がしているのも――
きっと、この落ち着かなさの一部だった。
「すぅ……」
校門の前で、ひとり、深く息を吸う。
真夏の待ち合わせ場所として、ここを選んだのは失敗だった。
今日は特に日差しが強く、
肌の表面が、じりじりと音を立てている気がする。
そろそろ補習を終えた“彼女”が来る頃だとは思うけれど――
第一声が「救急車呼んで」にならないように。
私が先に倒れないようにしないといけない。
そんなことを考えながら、
私はまるで修行僧みたいな顔で、じっと耐えていた。
きっと今の私は、
女子がしていい表情ではない。
――そのとき。
背後から、ひょい、と影が差す。
「お待たせちゃん。
……って、向崎、なんであんたまで制服なの」
振り返るより先に、声が届く。
「笹本さんが制服だったから。
私服だと浮くかなって……
とりあえず、救急車呼んで」
「なんでこんなクソ暑い日に、律儀に日向で待ってたのさ。
この気温、ハチ公でも家帰るレベルだよ」
どうやら私は、忠犬よりも待つことが得意らしい。
――いや、違う。
たぶん思考回路が、この暑さでとっくに焼き切れていただけだ。
「私が昨日、校門で待ってるねって言ったから」
「それ昨日の話でしょ。
今日ひとこと連絡くれたら、待ち合わせ場所くらい変えたよ。
どれだけ融通が利かないんだ。市役所の職員でも目指してるのかい」
「えー……じゃあそれ、早く言ってよ」
「普通はそっちから来ると思うだろ。
ガングロギャルにでも憧れてるのかと思ったよ」
そんな願望は、これっぽっちもない。
あれはサロンで、
きちんと計算された工程のもと作られるものであって。
決して直射日光に身を投げる、
脳筋じみた修行の果てに完成するものではない――はずだ。
「日焼けでギャルどころか、脱皮中のトカゲの完成だよ」
「おお、爬虫類系女子だ。
刺さる人には刺さるね」
「顔じゃなくて、コンディションが爬虫類系って、どこに需要あるの……
なんかもう、頭くらくらしてきた」
「ふふ、じゃあ行こうか。
涼しい場所がいい。
近くに喫茶店があるから、そこにしよう」
その言葉に、思わず目を丸くする。
笹本さんの口から「喫茶店」なんて単語が出てくるとは思わなかった。
この子が、そういう場所に足を運ぶイメージがなかった。
……いや、違う。
きっと私が、笹本さんのことを何も知らなかっただけだ。
「向崎、いま意外だと思ったでしょ」
「心の中読むのやめてよ!
すぐそうやって、人の目を覗いて考えてること当てるんだから」
「悪いね、癖なんだ。
人の目は、口以上にお喋りでさ。
読み取った方が楽だった」
そこで一度、彼女は言葉を選ぶように間を置く。
「でもまあ……言わなきゃ分からないこともあると思うから、ちゃんと言うけど。
今日は誘ってくれて、その――……嬉しいよ」
「――!」
笹本さんは、そう言ってわずかに顔を赤くした。
これまではフードを深く被って、表情を隠していた彼女。
それをやめた今は、感情の動きがそのまま見える。
前とは比べものにならないほど、柔らかい。
瞳も、澄んでいて――
まるで光を含んだみたいに、きれいだった。
――なんだろう。
この子、
すごく、かわいい。
「かわいい」
「はあ!? ななな、何がかわいいだ。
向崎、やっぱり“そっちの気”があるんだろう!?」
「うぇ、ちょっと!
また人の心読まないでよ!?」
「声に出てるんだよ、バカ!
もう暑いし、行く!」
笹本さんはぷりぷりと怒り、
地団駄を踏むみたいな足取りで先に歩き出してしまう。
私は、その小さな背中に置いていかれないよう、小走りになる。
「ねえ、待ってよ――!」
今日は、笹本悠里ちゃんと、
初めて二人きりで過ごす休日だ。
学校では距離を取られていたから、
連絡先を聞けたときは、正直ほっとした。
嫌われていると思っていた。
でも、きっと違う。
清継くんに、気を遣っていたのだ。
二人は、もともと特別な友人関係だったらしい。
あの出来事で決別してしまった以上、
その彼と関わりのある私とも距離を取るべきだと、そう判断したのだろう。
その証拠に、清継君が側にいない時だけ、
彼女は様子を見て声を掛けてくれた。
きっかけは、夏休みの課題――
「ボランティア活動」の行き先を決めかねていた、あの日からだ。
これまでの関係が微妙だった分、
今でも笹本さんに苦手意識がまったくないとは言えない。
それでも、少しずつ。
ほんの少しずつ、“友達”と呼べる距離に近づいている気がする。
こうして二人で並んで歩いているなんて、
一ヶ月前の私には、きっと想像もできなかった。
清継くんには言えない、大きな変化。
そう、大きな変化だ。
私は――これから、変わっていく。
過去の約束に縛られて立ち止まっていた私に、笹本さんは言った。
『その約束、破っちゃいなよ』と。
軽口みたいなその一言が、
こんなにも重く胸に残るなんて思わなかった。
まずは、そのきっかけをくれた彼女に、
今日これから勉強を教えなければならない。
私は、相変わらず早足で歩く笹本さんに追いつき、肩を並べる。
「そういえば笹本さん。
今日の補習、何科目分受けたの?」
「何科目だって? 私を誰だと思ってるんだい。
保健室の番人、不登校根暗かまってちゃん――笹本 悠里だぞ」
「うん」
「全教科だよ。
補習っていうか、あれは人生のやり直しだったね。
道徳まで入ってた」
「……え」
――時間、足りるかな。




