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番外編1-⑪.脳ある悪魔は、優しく微笑む


「どうしたんだ、汐森しおもり

 俺を今さら、こんな所に呼び出して」


「悪いな、木村。

 人目につかない場所で話したかった。

 長くは取らない」


 放課後。


 俺は隻眼モブ――


 眼帯をつけたバスケ部員の木村を、

 生徒会準備室へ呼び出していた。


 昼休みに恋花れんかと、王子の協力を得て、

 あのメモ用紙の解読を終えた。


 そこで浮かび上がった“隠された意味”が、

 どうしても頭から離れなかった。


 木村は、俺の様子を窺うように首を傾げる。


「人のいない所って……この後、誰か来るかもしれないぞ。

 ここ、生徒会準備室なんだから」


「いや、それはない。

 本来、この部屋はほとんど使われてない。

 ホワイトボードを見れば分かる。議題が去年の文化祭のままだ」


「でも、例の盗難事件の件で――」


「それもないだろ。

 あれはもう“解決”したからな。

 表向きには」


 木村の肩が、ぴくりと跳ねた。


 ――当たりだ。


「最初から気になってたんだ。

 来栖くるす先輩に呼ばれた時、

 どうして生徒会室じゃなくて準備室だったのか」


「……」


「今なら分かる。

 秘密裏に進めたいことがあったからだ」


「秘密裏、って……盗難事件のことか?」


「ああ。

 そもそも“紛失”じゃなく“盗難”なら、教師が動かないのはおかしい。

 来栖先輩は、新学期早々、大事にしたくないとか言ってたけど。」


 一拍、間を置く。


「でもさ。

 盗難って、それだけで十分“大事”だろ」


 沈黙。


「表沙汰にならず、事件は解決した。

 ……来栖先輩は、さぞ満足しただろうな」


 さらに言えば。


 生徒会案件を名乗りながら、

 他の役員が一切関わっていなかったのも不可解だった。


 だから最初から――

 これは、来栖 理央の“個人案件”だった。


 木村は、深く息を吐いた。


「それで? 名探偵汐森様は何が言いたいんだ。

 もう解決した話を掘り返したいのか。

 それとも、解決したことへの賞賛と報酬が欲しいのか」


「報酬か。

 この教室を借りて、

 今日から汐森探偵事務所を開くのも悪くないな」


「アホくさ。

 やってられっか」


 会話を断ち切るように、舌を打つ。


「俺、もう行くわ。

 部活遅れると怒られるし」


「来栖先輩に、か?」


「……」


 ――図星。


 時間は取らせないと言っておきながら、

 随分と回り道をした。


 本題に入ろう。


「なあ、木村。

 今から、お前が触れて欲しくないであろう話をする」


「何だよ」


「その眼帯。

 外して見せてくれないか」


「は? 意味わかんねえ。気持ちりいな。

 ただのものもらいだって言っただろ」


「それにしちゃ、随分でかい。

 ……傷でも隠してるみたいだ」


「勝手に想像すんなよ!

 いい加減にしろ、探偵ごっこがそんなに楽しいか!」


 声が、準備室に反響する。


「そんなに続けたいなら、事務所でも何でも作って

 勝手にやってろよ!」


「俺も気付いてんだよ!」


 思わず強く言い返す。


「探偵役として利用されてたことくらい。

 最初から――盗難事件なんて、存在しなかった!」


 叫び終えた瞬間、重い沈黙が落ちる。


 俺は、静かに繰り返した。


「最初から盗難なんてなかった」


 一度、言葉を区切る。


「来栖先輩は、鍵を盗まれたって言ってた。

 でも――あれは嘘だ」


 木村の視線が、わずかに揺れた。


「失態を隠すみたいに、俺に犯人探しをさせた。

 でも実際、あの人は何も失ってない。

 ……最初から、何も盗まれてなんかいなかった」


 喉が鳴る。


「あの人が本当に隠したかったのは――

 木村。

 お前への、いじめの証拠だ」


「……」


「星川先輩のカメラ。

 あれを持ち去ったのは、来栖先輩だと俺は思ってる」


 断定はしない。


 だが、逃げ道も与えない。


「その事実を誤魔化す為に、

 本当の盗難事件みたいな形を作った。

 俺を探偵役にしてな」


 一拍。


「……お前も、その中の一人だったんじゃないか。

 “被害生徒A”として」


 木村は息を詰まらせた。


 そして、一歩引くように視線を逸らす。


「俺が……来栖先輩に無理やり協力させられてたって言いたいのか?

 何言ってんだよ。

 実際に、落とし物ボックスの中身を間違って回収してた奴はいたんだ。

 その事実は変わらないだろ。

 お前が“犯人”を突き止めたんじゃねえか」


「……ああ。その通りだ。

 環境委員のミスは事実だ。

 でもな木村、それこそが――来栖先輩の狙いだった」


 言葉を選ぶ。


「元々、生徒会には“紛失”の相談がいくつも上がってた。

 混乱してたんだ。

 誰も全体を把握出来てなかった」


 一歩、木村に近付く。


「そんな中、星川先輩のカメラが消えた。

 ……いや、“消した”」


「……」


「来栖先輩は、

 その混乱に自分のやった事を紛れ込ませた。

 本当に盗まれた物と、事故で消えた物を、全部ひっくるめて“盗難事件”にしたんだ」


 視線を逸らしたままの木村に、静かに言う。


「そして俺を使った。

 原因を“環境委員のミス”に辿り着かせる為に」


 沈黙。


「そうすれば、誰もそれ以上踏み込まない。

 星川先輩は泣き寝入り。

 ……それで全部、終わる」


「……違う」


 木村が絞り出すように言った。


「俺がいじめに遭ってたとして、

 それを星川先輩が写真に撮ったって言うのか。

 だったら、カメラがあろうが無かろうが終わりだろ。

 目撃者に告発されたら、それで――」


 俺は静かに首を振った。


「星川先輩は、いじめなんて知らない」


「……は?」


「あの人は“撮った”だけだ。

 写真部の場所、知ってるか?」


 木村の喉が鳴る。


「体育館裏が、よく見える」


 返事はない。


「偶然、写ったんだよ。

 そこでお前が――」


 言葉を切る。


「……殴られてたか、押し倒されてたか。

 そこまでは分からない。でも、来栖先輩は気付いた。

 ――フラッシュだ」


「……」


「撮られた、ってな」


 木村の肩が、わずかに震えた。


「大手製薬会社の御曹司。

 学校で後輩に暴力を振るってました――なんて話が出たらどうなる?

 会社の鍵を失くした?

 そんなの、比じゃない」


 俺は一歩引いた。


「……この先は、本人に聞くよ。

 俺が言えるのはここまでだ」

 

 木村は、しばらく何も言わなかった。


 肩から力が抜け、

 指先が小刻みに震える。


 息だけが静かに漏れ、空気が重く沈んだ。


「汐森。

 どうして盗難事件って話から、いじめだと思えたんだ?」


「……飛躍してるように聞こえるよな」


 言葉を選ぶように、ゆっくりと続けた。


「でも、お前の友達――村田から、メッセージを受け取った」


「村田が?

 あいつが全部喋ったのか?」


 素直に話してくれたなら、

 どれだけ話が早く済んだことか。


 俺は苦笑を浮かべる。


「いや、あいつは謎掛けで静かに知らせてくれたんだ。

 言えなかったんだろ。

 あいつも、多分……来栖先輩から目を付けられてたんだろう。

 密告がバレたら、今度は木村がどんな目に遭うか分からない」


「そうか。村田が……」


「あいつがバスケを辞めたのってさ」


 踏み込む。


「やっぱり、来栖先輩が原因なのか」


 木村はしばらく俯いたまま、動かなかった。


 やがて。


 指先が震えながら眼帯の端に掛かる。


 一瞬躊躇い、

 呼吸を整えてからゆっくりと外した。


 ものもらいと言うには不自然な大きな布の下には――

 紫色に沈んだ打撲痕が、鮮やかに残っていた。


 痛みと屈辱が、文字通り肌に刻まれていた。



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