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番外編1-⑦.脳ある悪魔は、優しく微笑む


「……やっぱり、あるわけないよな」


「だから清継きよつぐ君。

 そこは昨日、私が見たって言ったでしょ?」


「いや、日を跨いだらさ。

 誰かが親切に、落とし物ボックスへ入れてくれてないかなって」


「その台詞、朝も昼休みも、そして今。

 放課後で三度目よ。

 既視感が重なりすぎて、気分はもうタイムトラベラーみたい」


「実は俺、未来から来たんだ。

 今夜は電話で、四回目の既視感をプレゼントする予定」


「そこまでいくとタイムトラベラーじゃなくて、

 私はあなたの認知症を疑い始めると思うの」


 俺と恋花れんかは、

 教室後ろのロッカーの棚上に置かれた――


 小さなプラスチック箱の前に立っていた。


 黄緑色の丸シールが貼られたその箱は、

 クラスの便利屋とも言うべき存在だ。


 この箱は、各クラスに備え付けられた“落とし物ボックス”。


 筆記用具やハンカチなど、

 貴重品以外の紛失物を受け入れるルールになっている。


 俺もこれまでに、

 拾った誰かの私物をそっと入れたことがあったし――


 逆に、いつの間にか消えた自分のシャープペンシルが、

 善意の誰かによって届けられていたこともある。


 国の美徳が息づく、このささやかなシステム。


 なんとも便利で、ありがたいものだ。

 

「キーホルダーが無くなって、丸一日になるけど……

 やっぱり、まだ盗難だったとは思い切れなくてさ」


「落としたんだったら、昨日にはもう見つかってるんじゃない?

 教室中探したんだし」


「だよなあ」


 小さく肩を落とす


「そう言えば、

 昨日言ってた恋花のケア用品って、結局見つかったのか?」


「ううん。探したけど、やっぱり家にもなかった。

 絆創膏とかって部活中に頻繁に使う物じゃないから、

 落としたりもしてないと思ってたんだけど……」


 使用頻度が少なく、

 普段は鞄からほとんど出さないはずの物が、忽然と消える――。


 まるで、神隠しにでも遭ったかのような奇妙さだ。


 仮にこれが盗難だとすれば。


 犯人はわざわざ恋花の鞄を物色するという、

 変態じみた人物ということになる。


 ただの盗みよりも悪質で、もはやストーカーの領域。


 そんな奴は、俺一人で十分だ。


「誰だか知らんが……

 ストーカーの座は譲らんぞ」


「ねえ、怖くて聞けなかったんだけど。

 本当に盗ったの、清継君じゃないよね?」


「ちげえよ! 

 てか『本当に』ってなんだよ、ちょっと疑ってたのかよ。

 俺が恋花の私物を盗むなら、ケア用品程度で済むわけないだろ!」


「それもそうね……」


 納得するな。


 逆に、恋花の着替えでもなくなろうものなら、

 真っ先に俺が疑われ、弁明の余地もなく警察に通報されそうで怖い。


 これでも一応、良識はあるつもりだ。


 ――いや。


 そもそも、ストーカーの座を窃盗犯と争っている時点で、

 もう終わっているのかもしれないが。

 

「とにかく、これ以上被害者を増やさない為にも、今から捜査を開始するんだろ?

 もうすぐ約束の時間だよな。

 ……星川ほしかわ先輩のいる写真部の部室って、どこだっけ」


「えっと……三階。

 体育館裏の棟って言ってたから、別棟ね」


 今日の放課後は、

 写真部の星川先輩と現場調査をする予定だ。


 盗まれたのが中古のカメラとはいえ、

 買ったばかりであれば、今も気が気でないだろう。


 せめて何か手掛かりが見つかれば、と願うばかりだ。


「行こう、恋花。

 待たせたら、また身を乗り出して文句を言われそうだ」


「あ、清継君。

 ちょっと待って」


 恋花は不意に、

 忘れ物ボックスの隣にある、別のプラスチック箱に近づいた。


 青い丸シールが貼られ、

『廃品回収ボックス』と書かれている。


 去年もこの時期――


 各教室や部室に設置され、

 不要物を集め、整理するためのものだった。


 昨日の昼休み。

 学食から戻る途中で、下級生たちが廃品回収をしているのを見かけた。


 きっと、この箱の中身を回収して回っていたのだろう。


 設置箇所が多くて大変そうだ。 

 できれば、ついでに俺の元カノへの未練も回収して欲しい――


 そんな冗談めいた想像を頭に浮かべた時、

 恋花は肩に掛けた鞄を漁って、箱に何かを入れた。


「不要品か?」


「うん、壊れたストップウォッチ。

 陸上部は外に設置されてるから、もうここに入れちゃおうと思って。

 この後も回収係が回って来ると思うし」


「そうか」


 ――要らないなら、頂戴。

 恋花だと思って大事にする。


 そう冗談を口にしようと思ったが、

 どうも息の根をストップされそうな気がしたのでやめた。


 写真部の部室へ行こう。


 * * *


「ようこそ、ようこそ! 汐森君に向崎さん! 

 部員以外の来客なんて珍しくて、

 ついテンション上がっちゃいますねえ」


 待ち合わせの部室に足を踏み入れると、

 相変わらず、前のめりな口調で歓迎される。


 少し気圧されながらも、恋花は無理に笑顔を作った。


「お、お疲れ様です、星川先輩。

 今日は、他の部員の方はいらっしゃらないんですか?」


「今日はというか、今日もだね。

 この後、予報ではにわか雨が降るらしいよ。

 梅雨でもないのに、迷惑な話だ」


「あー……撮りたい物が撮れないと、

 集まりが悪くなるんでしたっけ」


「そうそう。

 今の写真部テーマは春らしさだからね。

 壁にも色々貼ってあるでしょ?」


 俺と恋花は、

 部室の中に広がる、色彩豊かな写真やポスターを目で追った。


 星川先輩の言う通り。


 壁には模造紙が貼られ、

 去年の活動記録や、四季折々の景色を写した写真が丁寧に並んでいる。


 撮影技術や芸術性には詳しくないが、

 この部屋全体がまるで一つの個展のようで、思わず息を呑む。


 床には、三脚や機材が散乱している。


 整理されていないように見えるが――

 もしかするとそれもまた、写真部員たちの青春の証なのだろう。


 しかし、俺がここに来た目的は、芸術に浸ることではない。


 頭を切り替え、視線を現場調査へ向ける。

 手掛かりを逃さぬよう、注意深く観察しなければならない――


 話を進めよう。


「良い写真ですね。

 先輩が例のカメラで撮ったものはありますか?」


「残念ながら、ここには一枚もないんだ。

 本当に買ったばかりだったから、試す時間もほとんどなくてね」


「試し撮りはどこで?」


 尋ねると、

 星川先輩は部室の外、渡り廊下を指差した。


「すぐそこさ。

 昨日もこんな曇り空だったなあ」


 星川先輩が廊下に出るので、

 俺と恋花も自然と後を追う。


 窓の外には体育館裏が広がり――

 開かれた扉の向こうでは、バスケ部が走る姿が見える。


 その奥には陸上部のグラウンド、さらに住宅街も視界に入る。


 三階の高さゆえに眺めは開けており、

 試し撮りには絶好のロケーションだ。


 先輩は廊下の窓を大きく開け放ち、

 カメラを構える仕草を見せる。


 曇天の柔らかい光が、渡り廊下に静かに差し込み、

 シャッターを押す瞬間を想像させる。


「こーんな感じでね。

 雨の降る直前の空を、エフェクトやフラッシュ機能を使って撮影してたんだよ」


「雨の降る直前……」


 ……ふむ。


「星川先輩。

 昨日のお話ですが、その後カメラを部室に置いてお手洗いに行き、

 戻って来た時には、カメラが無くなっていたと仰っていましたよね」


「そうだよ」


「窓は閉めましたか?」


「え……丁度帰ろうと思ってたから、閉めた筈だよ。

 なんだい、窓から侵入した誰かの仕業では、とでも言いたいのかな?」


「……」


 そんな訳がない。


 ここは三階だ。


 眼鏡かち割るぞ。

 

 こっちは真面目に頭働かせてるのだから、

 茶化さないで欲しい。


 俺の内心の荒ぶりを察したのか、

 恋花がすっと口を開いた。


 小さく眉を寄せ、控えめに問いかける。


 どうやら、

 俺の言いたいことはちゃんと伝わっているらしい。


「先輩がここを離れる直前は、

 雨は降っていなかったんですよね」


「ん? そうだね。

 確かに、曇り空とその周辺を撮影していたよ」


「昨日のお話だと……お手洗いから戻って来て、

 それから、濡れた床で足を滑らせて転んだって」


 星川先輩の目が丸くなる。


「本当だ。

 戻った時にはもう強い雨が降っていたから、

 全然気にしてなかったよ」


「あはは、私も同じ状況なら気にしないと思います。

 ……って、ことみたいだけど、清継君。

 どういうこと?」


 恋花よ。


 俺が尋ねたいことは分かっても、

 伝えたいニュアンスまでは届いていないらしい。


 まるで、届かぬ恋心を抱えるかのように――ああ、無情なり。


「直前に外にいて、

 雨に打たれた奴が先輩のカメラを持って行ったんだろ」


 女子チームが声を揃えて叫ぶ。


「「おおー!」」


 感動に湧く二人をよそに。

 俺はしゃがみ込み、昨日濡れていたという床をじっと見つめる。


 もちろん今はすでに乾いている。


 しかし、気になるものがあった。


「泥の……足跡か?」


「清継君?」


「あ、いや、何でもない。

 次は先輩、カメラを置いた場所を見せて貰ってもいいですか」


 一拍。


「多分、これで犯人は特定できる」


「本当!?」


 俺は廊下の窓から、外を見下ろす。


 天気予報通り――

 にわか雨が降り始めたようだ。


 体育館裏の扉から、

 一人の生徒が雨に驚いたように、駆け足で出てくる。


 まさに、状況としては申し分ない。


 ――ほぼ、間違いない。

 あとは、この目で確認し、推論が正しいか確かめるだけだ。

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