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番外編1-⑤.脳ある悪魔は、優しく微笑む

 

 生徒会室は、

 三年生の教室が集まる別棟の四階にある。


 これまでの俺の高校生活において、

 生徒会なる組織とは徹頭徹尾、無縁だった。


 過去に何度か、

 クラスメイトから立候補を勧められたこともある。


 だが、学校をより良くしたいとか、

 自分の成長を期待したいとか――


 あるいは内申点が欲しいといった打算的な欲望さえ、

 俺の中にはなかった。


 俺は、未来を素晴らしいものにしたいと願う前向きな人間ではない。


 せいぜい、

 目の前の問題を無難にやり過ごせればそれでいい――


 そんな程度の満足で日々を消費する、筋金入りの刹那主義者だ。


 だからだろう。


 生徒会と縁のない俺に用意された居場所は、

 生徒会室そのものではなく、隣に設けられた「準備室」だった。


恋花れんか

 ここまで来たら後に引けないぞ?

 本当に陸上部のミーティング、参加しなくてよかったのか」


「ああ、その話なら大丈夫」


 一拍。


清継きよつぐ君と一緒に帰らないための嘘だから。

 気にしないで」


「いや、全然大丈夫じゃない。

 真実が嘘のショックを上回ってるんだが。

 ミーティングに参加するために、一人置き去りにされた方がよかったよ」


 嘘なのはもちろん分かっている。


 だが、面と向かって言われると、泣きたくもなる。


 とはいえ、恋花はキーホルダーの捜索だけでなく――


 来栖くるす先輩の話を聞くため、

 生徒会準備室まで付き合ってくれたのだ。


 正直、ここまで協力してくれるとは思わなかった。


 『探すの手伝うよ』と言ってくれた言葉を、

 今も曲げずに行動で示してくれている。


 そんな恋花の多少のツンに対してなら、

 俺は串刺しになって血を吐きながらでもデレてみせようではないか。


 ――あれ、ツンデレってそういうことだっけ。


 生徒会準備室の扉を押し開ける。


 狭い空間の中央には長テーブルが一つ、

 奥にホワイトボード。


 テーブルの周りには生徒が四人、

 うち一人は来栖先輩だ。


 パイプ椅子は五つ出されている。


 俺が放課後、

 ここに来る前提で用意されたのだろう。


 手狭だからと準備室に招かれたはずだが、

 むしろこの部屋の方が窮屈に感じる。


 入室するや否や、

 来栖先輩は嬉々とした笑みを俺に向けた。


「やあ、清継君。

 遅かったじゃないか。

 今日はもう来ないんじゃないかと思っていたよ」


「お待たせしてすみません。

 事情はこのあとお話しします。

 それより、これまでの進捗を教えて頂けますか」


「いや、話はまさにこれから始めるところだったよ。

 可能な限り君を待ちたくてね。

 ……それで――お連れの生徒は確か……」


 来栖先輩の視線が、恋花へと移る。


 目が合うと、

 恋花はすっと背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げた。


「はじめまして。

 汐森君と同じクラスの、向崎こうざき恋花れんかです。

 お話は汐森君から伺っています。

 今回の件、私もお手伝いさせて頂きたくて参りました」


「そうか。

 俺は生徒会の来栖くるす理央りおだ。

 協力者が増えるのは願ってもない。ありがとう」


 一拍。


「……しかし意外だね。

 恋人でなくなっても、こうして助け合えるものなのか」


「え」


「あ、いや、すまない! 

 今のは余計だった!」


 ――本当に、余計なことを言ってくれる。


 これほどデリカシーの欠片もない男だと分かっていたなら。


 恋花と別れたことなど、

 わざわざ伝えるべきではなかった。


 来栖先輩は頭を掻き、

 悪びれた様子で俺に苦笑を向けてくる。


 その鼻に、

 指を第二関節あたりまで突っ込んでやろうかと、一瞬だけ本気で考えた。


「先輩、話を戻しましょう。

 今この場に集まっているのは、

 新たに被害に遭った生徒達で間違いありませんね」


「その通りだよ。

 皆それぞれ、校内で何かしらの物を失くしている」


 来栖先輩は集まった生徒達へ向き直る。


「皆にも軽く話したが、

 彼が今回俺達に力を貸してくれる汐森 清継君だ」


 わずかに肩をすくめる。


「俺が改めて紹介するまでもなく、

 有名人だから知っていると思うけどね。

 じゃあ順番に、何を盗まれたのか話してもらえるかな」


 ――変に期待を煽る紹介はやめてほしい。


 俺は探し物をしているだけで、犯人逮捕の実績など一切ない。


 内心でため息をつきつつ、

 俺は集まった生徒達へ軽く会釈した。


 すると、周囲の様子をうかがうように視線を巡らせてから、

 丸眼鏡の女子生徒が遠慮がちに手を挙げる。


「では、僭越ながら私から……三年の星川ほしかわさと子です。

 部活は写真部で、

 失くした物は商売道具のカメラになります」


 嘆くような調子で。


「最近、中古ショップでやっと買ったばかりだったので……

 本当にショックで、ショックでぇ……」


 そこまで言って、

 彼女は勢いよく身を乗り出した。


「本当に汐森君が、

 見つけ出してくれるんですかぁ!?」


「――!」


 テーブル越しに半べそ顔を近づけられる。


 反射的にひっぱたきそうになる衝動を必死に堪え、

 俺は片手を上げて制止した。

 

「いや、出来る限り協力しますけど、

 解決の約束は出来ませんよ」


 声が低くなる。


「それに、カメラを失くしたってだけじゃ情報が足りない。

 他にその時の状況とか、

 手掛かりになりそうなことはありませんか?」


「状況?

 うーん……そうだなあ」


 視線が、くるりと宙を一周する。


「一昨日の放課後だよ。

 部室前の渡り廊下の窓から外の景色を撮影していたんだ。

 買ったばかりのカメラを試したくてね」


 一拍。


「それで、色々な機能を試した後、ちょっとお手洗いに行ったの。

 カメラは部室のロッカーの箱に置いてたんだけど、

 戻った時にはもう無くなっていた」


「部室に他の部員は?」


「残念ながら私だけ。

 雨も降る予報だったし、

 撮りたい物が撮れないと分かるとウチの部、参加者減るんだよ。

 誰か居てくれれば良かったんだけど……本当にツイてなかったね」


 ため息をついてから、思い出したように。


「戻った時も濡れた床で足を滑らせて転んだんだ。

 眼鏡も壊れるし、泣きっ面に蜂ってのはこのことかと」


「はは……本当に災難ですね」


 あまりに気の毒だ。


 今かけている丸眼鏡は、

 臨時で使っている物なのだろう。


 なるほど、似合わないはずだ。


 星川先輩は言いたい事を吐き出して少し気が楽になったのか、

 身を引いてから続ける。


「どうかな?

 何か糸口は掴めそう?」


「いえ、現状では何も」


「だろうねー。

 私もどうしたら良いのか分からなくて。

 紛失届けを出そうと相談に来たら、

 来栖君が他にも似たような生徒がいるって言うから、びっくりしたよ」


 同感だ。


 一体いつから、

 この学校はこんなにも治安が悪くなってしまったのだろう。


 犯人はいたずらのつもりかもしれない。


 だが大人の身体で子供の精神のまま羽目を外せば、いつか大怪我をするし、

 誰かを巻き込むことになると常々思う。


 俺は息を吐く。


「ありがとうございました。

 先輩の話は今後の参考にさせて頂きます。

 ……次の方のお話を聞かせてもらってもいいですか?」


 促すと、隣の男子生徒が一歩前に出る。


 その見た目は、

 準備室に入った時からずっと気になっていた。


 右目に大きな白い眼帯——。


 決して腕に黒龍が刻まれていたり、

 秘めたる魔力を宿した異世界の者ではないだろう。


「……!」


 まずい、凝視し過ぎたか。


 目が合った。


「汐森。

 この眼帯、気になってるだろ?」


「あ、いやすみません。

 どんな瞳術を使うのかなって」


「はは、なんだそれ。

 ただのものもらいだよ。

 てか何で敬語。俺ら去年、同じクラスじゃん」


 あれ、そうだったか。


 こんな奴いたっけ。

 君には隻眼モブの称号を与えたい。


「すまん、眼帯がでかくて気付けなかった」


「どういうことだよ」


 肩をすくめる。


「まあいいや。

 改めて自己紹介からするけど、俺は二年の木村きむら

 来栖先輩と同じバスケ部だ。盗まれた物は――バッシュさ。

 星川先輩と一緒で、部活の必需品だから困ったものだ」


「被害に遭ったのはいつだ?」


「あれ、えーと……いつだったかな。

 二日前だったと思う。

 部活終わりに履き替えて、目を離した隙に盗まれてた」


「そうか」


 前髪を指に絡めながら、考える。


 部活終わり……

 時間は18時付近だろうか。


 圭吾がスパイクをなくしたのは朝。


 そして、俺のキーホルダーがなくなったのは昼。


 時間に共通点はあるだろうか……


 そう言えば共通点と言えば——


「そのバスケットシューズ、古かったか?」


「そうだな、去年から使ってたし、一目で分かるくらいには……。

 なんか関係あんの?」


 問いは、一旦無視する。


「今度は来栖先輩にお聞きします。

 先輩の盗まれたホルダーは、劣化していたり、古びていたりしてましたか?」


 来栖先輩は即答した。


「そうだね。

 恥ずかしい話、

 合皮製の物だったから、表面は剥がれてボロボロだったかもしれない」


 その「恥ずかしい話」とは、

 ボロボロになったことに掛かっているのか。

 

 それとも、

 上流階級なのに本革でなく合皮を使っていたことに掛かるのか。


 いや、探偵ごっこが過ぎて深読みしすぎだ。


 単純に金持ちに嫉妬した性格の悪い奴になっている。


 改めねば。


 しかし、共通点が少し見えてきた。


 おそらく、次の物も同じ傾向だろう。


「ありがとうございます」


「何か分かったかな?」


「なんとなくですが。

 ひとまず最後の一人のお話もお聞きしたいです」


「ふむ、そうだね。

 村田むらた。最後はお前だ。話せ」


 ……? 


 何だ今の言い方、少し冷たい。


 俺はやっぱり、

 去年からこの人の時折見せるこういう部分が苦手だ。


 将来、パワハラ上司になりそうだ。


 村田と呼ばれた男子生徒が前に出てくる。


 こいつは、来栖先輩と仲が良いのだろうか……


「村田だ。

 汐森、久しぶり。

 去年は同じクラスだったな」


「え……」


 また去年のクラスメイトかよ、誰だよ! 

 ……と思ったが、思い出した。


 一人では影が薄いが、この村田という奴。


 さっきのバスケ部の木村と仲が良くて、

 二人合わせて“ビレッジ兄弟”と呼んでいた。


 いや、実際に二人をまとめてそう呼んでいたわけではないのだけど。


 確か、クラスでも特別頭の良い奴で、

 数回課題を手伝ってもらったことがあるはずだ。


 来栖先輩が彼の名を馴れ馴れしく呼んだのは、

 同じ部活の後輩だったからかもしれない。


 俺は苦笑する。


「木村と村田、

 揃って盗難被害とは相変わらず仲が良いな」


「そうみたいだな」


「何を盗られたんだ?」


「盗まれた物は、俺もみんなと同じで部活の道具だよ。

 ごく一般的な筆さ」


「バスケって、

 ネットに筆入れたら、高得点なんだっけ?」


「違うよ。

 俺、今は美術部。

 バスケは辞めて転部したんだ」


「――!」


 驚いた。


 ビレッジ兄弟は、

 休み時間すら、バスケットボールに触れていたはずだ。


 何か、怪我でもしたのだろうか。


 もしそうなら、軽口では聞けまい。

 事情があるのだろう、慎重に行こう。


 俺はあくまでも探偵役を演じ続ける。


「そうだったのか、知らなかったよ。

 それで盗まれた筆はもちろん……」


「ああ、例に漏れずボロボロだったよ」


「そうか」


 この時の俺は、

 村田がバスケを辞めた事実に少し動揺していたのだろう。


 この場での発言の大きな違和感には、

 まだ気付けていなかった。

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