月
「ニューラル…オプション設定、【痛覚制限完全解除】」
一般的に”セカンド”では痛みを感じる事は無い。だが、幾重にもかかったロックを解除する事で、”セカンド”でも痛覚を完全に再現する事が出来る。そのロックは起動シーケンスに特殊なコードを加える事、そして”セカンド”を生み出したAIに申請する事で解除が可能となる。
そして、一般に広がっていない情報として、痛覚制限を解除する事により、感覚の細部まで把握する事が出来る為、動きなどにラグが限りなく少なくなる…なんて言っているが、その情報源は”俺”なので本当かどうかは誰も分からない。ただ、俺はそう思っていると言うだけである。
「痛みだけじゃねぇ…全身の感覚が戻った」
それも俺の気のせいかも知れない。だが、そう思う事が大事なのだ。
こうでもしないと、あの光線を避ける事が出来ない。人間の反射神経で回避するのは限りなく難しいのだ。
「あれも使うしかないよな…癪だけどな」
アイテム欄から一つの小瓶を取り出す。この小瓶は【小さな勇気】と言う消耗品…ポーションだ。入手方法が余りに面倒臭い事で有名で、何度でも獲得可能なポーションなのだが、所持率が異常に低い。かく言う俺もこのポーションは一つしかない。最後の一つなのである。
そして何よりも重要なポーションの効果はあらゆるデバフの除去である。入手難度に見合った破格のポーションである。
小瓶を口いっぱい含む。青汁の様な苦みとえぐみが舌を蹂躙する。その異様さに脳が理解を拒もうとするが、何とか意識を保つ。【小さな勇気】はこのポーションを二回目に飲む時では無いだろうか…。
「とっとと姿を見せやがれ!!」
轟音を轟かせながら海が割れる。デバフが無くなった今、俺は”修羅”となっている。全職業で多分だが、最も火力が高い。ただ、時間経過で膨大なデバフが掛かる為、捨て身なのである。
そして、海が割れた事により、水面に存在する月が割れる。
割れた月が夥しい光を乱雑に放つ。
「クソっ...視界が…」
ただでさえ眩しかった月が何倍もの光量を放っているのだ。疑似的な閃光弾である。
しかし、その視界が無い内に攻撃がやってくる事は無かった。次第に光は収まり、視界が元に戻る。
そして光を放っていた割れた筈の月…いや、”やつ”が姿を現した。
「それが…お前の本当の姿って事かよ」
水面に映る偽の月は奴を護る為の防護柵見たいなモノだった訳か。
「貝野郎だと思っていたが…なんだっけか、クリオネだっけ?まぁ貝の仲間だろ?」
割れた月から出て来たのは馬鹿でかいクリオネだった。だが…奴の背中には六対の羽。そして頭長には光の輪がある。
「ルナフィム…月の【ルナ】と熾天使の【セラフィム】ね…。そんな神々しい奴の事をぶん殴っても良いのか?怒られない?」
Classification: non-divine.
Authority: system-generated.
No problem
【神性無し
問題ありません】
ご丁寧にどうも…。
「始めようか…ここからが”戦い”だろ?死ぬまで楽しませろよ」
マサキの戦闘を見た人間は口を揃えて言う。あいつは狂っている…と。その所以たるが痛覚制限の解除時に見せる”顔”である。
どれだけボロボロになろうと、絶望的な戦いだろうと、嗤うのだ。まるでこの戦闘を一生続けていたい…そんな顔で。
「※※※※・※※※—※※」
巨大クリオネ天使が聞き取れない何かを呟く。
いや、呟いている…と言うより脳に直接流し込まれている感覚だ。
「何言ってんだ」
特に変化は無い。だが、それだけな筈が無い。何か……来る。そんな予感がマサキの胸中に渦巻く。
そして目に見える変化が現れたのは数秒経った時だった。
「おいおい…それってお前の殻じゃねぇのかよ?」
先程”割れた”【偽の月】が再び水面に現れ始めた。
「※※※ー※※」
そして巨大天使クリオネが何かを呟いた瞬間、【偽の月】から無数の光線が放たれた。
「マジかっ...!」
可能な限りその光線を避けようと試みるが、避けきれない光線が体を貫く。
貫かれた箇所は激しい痛みからか、熱を帯びる。
「んの野郎っ…」
焦りが渦巻く。巨大クリオネは水面に映る【偽の月】、その上に浮かんでいる。光線を無数に放つ【偽の月】をどうにかしないと、奴に近づく事さえできない。
「【破砕】ッ!」
咄嗟に水面に踵落としをする。水面の【偽の月】が霧散するが……やがて水面が安定を取り戻し、再び【偽の月】が姿を現した。
「ならば…【解放】っ!」
近づけないなら遠くから攻撃するだけだ。
拳を巨大クリオネに向け突き出す。【鬼化】により蓄積したエネルギーが”全て”放たれた。
ただのエネルギーの塊。だが、威力は絶大である。使用するまで【鬼化】によりエネルギーを溜める必要があると言う点を除けば、汎用性が高いスキルだ。
「※※※※・※・※※※※※※」
「冗談キツイぜ」
だが、そのエネルギーの塊も、奴の呟き一つで、霧散してしまった。
殴り合いも出来ない、遠距離攻撃も無効化される。どうすれば良いってんだ?
「※※※※・※※※ー※※」
「だからなんて言ってん……だ!」
拳から出る衝撃はも奴の目の前で”元から無かったか”の様に霧散する。
そして再び【偽の月】の光が強くなる。もはや、本物の月より明るいのではないかと言う光量だ。
「クソっ!」
そして先ほどよりも更に多い数の光線が降り注ぐ。まるで機関銃で撃たれていると錯覚する程の物量である。
「完全にソロでやる相手じゃねぇな」
本当にそうか?逃げてないか?勝つのを諦めるのか?勝てないと思い込んでいないか?お前は何の為に”セカンド”に居る?強い奴と戦う為だろ?ならば…言い訳なんかしないで、もっと愉しめよ
「……そうだよな。なに弱気になってんだよ?自分に説教されるとは思わなかった…ぞっ!!」
「【天覇】」
だが…奴に到達する前に霧散する。”夢”を見てるんじゃないかと自分を疑ってしまう。
夢?……そうか。
「幻覚……なんで思いつかなかった?」
特殊条件にもあるじゃないか…”月の光を反射”させると…。それにシジミ野郎も似た様な事をしていた。奴は姿を隠す位だったけどな。
「俺が今見ているお前は…”偽物”だな?」
いや……偽物って言うより…本体を反射した”虚像”って奴だ。
多分エネルギーが霧散した様に見えたのは…光の屈折をいじられて見えなくしていただけじゃ無いだろうか?
「良いぜ…特殊個体。ならば俺の”特殊職業”の”特殊スキル”見せてやるよ」
「※※※※※※」
「だからなんて言ってんのか分かんねぇよ!!来いよ…【閻魔】」
全身を赤黒いオーラが包み込む。全身が焼けるように痛み、思考が”黒い何か”に塗りつぶされそうになる。
だが、その分全能感もある。今なら何でも出来る。そう思わせる程…力が溢れてくる。
「※※※ー※※・※※」
「【ゲヘナ】」
俺に纏わりつく”赤黒い何か”が周囲を覆う。海も、岩も、偽の月も、何もかも。
予約投稿って日を跨ぐと同日に出来ないんだ...




