97話
スヴェツシ男爵夫人のもとに戻り、アイスペクタ医師が処方した薬を与えた。
それからブリルーノが一息入れるために水を飲んでいると、急にスヴェツシ男爵夫人の顔が歪んだ。
「あ、あの宮廷魔法師筆頭様。急にお腹が痛くなってきました」
(始まる気配がなかった陣痛が、こうも簡単に始まるとは。流石は医師輩出の名門が処方した薬だな)
ブリルーノは、心の中で感嘆しつつ、すぐに出産の準備に入った。
もう何度となく出産の補助をし続けたので、準備を整えることは手間なく行えた。
準備が終われば、いよいよ出産。
しかしここで、スヴェツシ男爵夫人の華奢具合が出産の足を引っ張ることに繋がった。
「ふぅうう~。ふうううぅぅ~」
スヴェツシ男爵夫人は、全力で力んでいるようなのだが、子宮から胎児を押し出すには弱々しい力しか出ていない。
体形を細く維持するために食事制限している中で、胎児に栄養を吸われ続けた。その結果、足りない栄養を自身の筋肉を消費することで補うため、妊娠前よりも筋肉が衰えてしまったようだ。
ブリルーノは、スヴェツシ男爵夫人の股の間を覗き込んで胎児の出具合を確かめながら、心の中で考える。
(自然に出てくることが望ましいんだが、出産に関わる筋肉だけ身体強化の魔法をかけた方が良いかもしれないな)
そう考えると同時に、ブリルーノは問題が存在することを察することができた。
(未熟な胎児の肉体強度が不明な点が怖いな。身体強化の魔法をかけた筋肉による出力で、潰されたりしないだろうか)
もちろんブリルーノは、かける身体強化の魔法の効果を絞って、胎児の肉体が潰れないように工夫するつもりでいる。
しかし、未成熟な胎児の肉体強度が、ブリルーノの予想する値よりも低かった場合、事故が起きないという保証はない。
(いっそ、この弱々しい出産を続けさせたほうが、この胎児にとっては正解なんじゃないだろうか)
ブリルーノはチラリと、スヴェツシ男爵夫人の顔を伺う。
出産が始まって、さほど時間が経っていないというに、その表情には疲労の色が見え隠れしている。
筋力と同じように、体力もない様子だ。
(長い時間をかけたら、それはそれで母体の方が危険か。となると方法は一つだな)
ブリルーノは魔法を行使することを決心した。
「今から、身体強化の魔法をかける。出産で力むための補助にだ。それに加えて、物体移動の魔法を胎児にかけて、産道の外へと引っ張っていく。どの魔法も、胎児に影響がでないよう効果を弱くしたものになる。それで構わないな?」
一応と承諾を取ろうとするブリルーノに、スヴェツシ男爵夫人が叫ぶような声で返答する。
「なんでもいいですから! 早く出産が終わるなら!」
「……承諾が得られたと判断するぞ」
ブリルーノは、まずスヴェツシ男爵夫人に身体強化の魔法を使った。その後で、彼女の股の間を覗いて、胎児の出かたに違いが現れたかを確認する。
先ほどまでは、子宮口にすら見えてなかった胎児の頭の先が、身体強化の魔法をかけてから少しずつ子宮の外に出てきていた。
効果ありと認めたところで、ブリルーノは次に物体移動の魔法を胎児の体表に使用した。
この魔法を使う意味は、胎児の身体を引っ張ることと、魔法で体表全体を覆うことで胎児の身体を保護するため。
ブリルーノは物体移動の魔法をかけたことで真に理解したが、未熟な胎児の体はかなり脆い。
産道にいる状態で、母体が下手に力んで圧力が胎児の体の一部に加われば、骨折や肉体の破断を起こしかねない。
そんな事故を起こさないために、加わる圧力を逃がす形で、ブリルーノが胎児を魔法で移動させる必要があるというわけである。
(さて、子宮口から眉の上までは出たな)
ブリルーノは行使している魔法から伝わってくる感触を参考にしつつ、スヴェツシ男爵夫人の出産補助を続けていく。
魔法を使っても、この出産の進みは遅々としている。
出産が終わるまで、まだまだ時間がかかりそうだった。




