95話
未熟な胎児は未だ生きている。
ブリルーノは、その事実を知って、どうするか悩んだ。
以前プリパル伯爵家にて、成長不全だった四つ子の四番目の胎児に成長促進の魔法を使い、生まれても問題ない程度に成長させたことがある。
今回もその魔法を使えば、スヴェツシ男爵夫人の体にある栄養を使って、未熟な胎児を成長させることは可能だ。
しかし問題は、スヴェツシ男爵夫人の体つき。
プリパル伯爵家の夫人は、騎士爵家の子女だった過去があったお陰で、かなり体格と体力に恵まれた人物だった。
だからこそ成長促進の魔法を使っても、胎児に栄養を取られる夫人は多少痩せるだけで済んだ。
翻って、スヴェツシ男爵夫人はどうか。
典型的な貴族女性の体型――言ってしまえば、体を細く美しく見せるために、かなり取る栄養を絞っているように見える。
(胎児がいるときぐらいは、ちゃんと食べていて欲しかったが……)
思わずそう心の中で愚痴るものの、その食事指導を欠いていたのは、ブリルーノ自身の落ち度だ。
なにせスヴェツシ男爵夫人の出産予定日は冬の最中――つまりブリルーノの助産活動が終わった後。
スヴェツシ男爵夫人の胎児は問題なく順調に育っていたし、やがて自分の仕事の外になるという意識があったため、ブリルーノは診察以外の過度な干渉をしないようにした。
手抜きとは必ずしも言えないものの、必要だった指導を欠いた自分の行いのせいで、いまブリルーノは悩む羽目になっていた。
(チッ。胎児二ヶ月分の栄養を母体から得ると、今度は夫人の命が危険になる)
ブリルーノはそう判断すると、胎児の状態で魔法で成長させるのではなく、出産した後で食事による栄養を取らせながら魔法で成長させることにした。
(赤子は消化器官が未熟だから、栄養摂取する量に限界がある。一般的な赤子の体格まで育てるには時間がかかるが、仕方がない)
この方法以外に、スヴェツシ男爵夫人と胎児を両方救う術はないと、ブリルーノは判断を下した。
そして一度方針を決めてしまえば、ブリルーノの動きは素早くなる。
「まずは部屋に居る人を減らすぞ。未熟な胎児は死にやすい。不用意な人の出入りや不潔な者がいると、それだけで致命的だ」
スヴェツシ男爵夫人を世話する人を二人残し、他は全て部屋の外へと追い出した。
医者についても、診察と処方を仕事の中心にしていて出産は得手ではないらしいため、居ても無駄だからと帰らせた。
そうして人を減らした後、部屋中の物品と人間に対して、ブリルーノは浄化の魔法であらゆる汚れや毒素を消し去った。
準備が整い、いざ出産という段階になって、スヴェツシ男爵夫人が目を覚ました。
「な、なんですか、この状況は。あっ、赤ちゃん! 私の赤ちゃん!」
スヴェツシ男爵夫人が慌てて動こうとするのを、ブリルーノは手で彼女の体を押さえて止めた。
妊娠中も食事制限していたためだろう、スヴェツシ男爵夫人はブリルーノの手一本でベッドに縫い留められたかのように動けなくなっていた。
「な、なにを!?」
「俺様をよく見ろ。俺様は誰だ。ノブローナ王妃から助産活動を命じられた、宮廷魔法師筆頭だ。思い出せるよな?」
「え、ええ。そうですね。宮廷魔法師筆頭様です」
「お前と胎児の状態が危険だと報せを受けて、こうして救いにきた。慌てず、体を俺様に任せておけ。そうすれば、お前も胎児も救ってやる」
ブリルーノの真摯な言葉によって落ち着きが戻ったのか、スヴェツシ男爵夫人はベッドに体を預けるようにして力を抜いた。
夫人が暴れ出す心配がなくなったところで、ブリルーノは新たに質問をする。
「破水はもう起こっているらしいが、陣痛はあるか?」
「陣痛ですか。話に聞いていた感じほどはありません」
「腹が痛いのは痛いのか?」
「ほんの少しは」
話を聞いて、ブリルーノはどうしたものかと眉を寄せる。
「もう少し時間を置いてから判断しよう。今のうちに、なにか食べておくといい」
「そういうことでしたら」
スヴェツシ男爵夫人は部屋に残った使用人の片方に食事の運搬を頼み、その使用人はすぐに部屋の外へと出ていった。
その後、食事を終え、日が高くなり昼食が必要な頃へ。
ブリルーノも昼食を貰い、部屋の中をくまなく魔法で浄化してから、もう一度スヴェツシ男爵夫人に陣痛があるかないかを質問する。
答えは、陣痛がない。
破水が起こっても陣痛が始まらない事実に、ブリルーノは焦りを感じた。




