93話
「緊急とのことだが、妻の腹の子になにか問題が?」
執務を中断されて苛立った様子のインポリオ侯爵に、ブリルーノは率直な言葉を投げることにした。
「使用禁止の秘薬を持っているという情報を得た。いまここで渡せば、問題にしないでやる」
ブリルーノの言葉が、すんなりと耳に入らなかったのだろう、インポリオ侯爵は眉を寄せて問い直してきた。
「なんの話をしているんだ?」
「方々に手を尽くして、赤子を早く生ませる秘薬を手にしただろ。ノブローナ王妃が使用禁止を言い渡した薬だ。それを渡せといっている」
「……あの馬鹿め。黙っていれば分からんというのに」
インポリオ侯爵の悪態は、第二夫人に向けたものだろう。
ブリルーノは、インポリオ侯爵の勘違いを正すために言葉を続ける。
「馬鹿? いやいや、お前の第二夫人は賢い女性だよ。秘薬を使ったか否かなんて、すぐに判明する。そして秘薬を使う前に問題を話すことで、この家に災禍が訪れないようにしたんだからな」
「あいつが離さなければ判明など――」
「冬の最中に産まれるはずの子が、秋の終わりに産まれ出たら、どういうことか調べないはずがないだろ。普通に考えれば、母体の異常で胎児が早く出たことを懸念する。早生した胎児は師に安いから、俺様がノブローナ王妃に命じられて診断し、必要となれば魔法による助けを行うことになるだろう。その際、早生した赤子が普通の状態まで育っていたら、例の秘薬が使われたのだろうと、誰だって予想がつく」
ブリルーノは、執務机の向こうにいるインポリオ侯爵に近づいていく。
「要するに、遅かれ早かれバレるわけだ。そして秘薬を使っていない今なら、未だ引き返せる時期だ。インポリオ侯爵家が、王家の名に背いて、没落する未来を回避できるか否かのな」
「没落!? なにを言っている!」
「当然だろ。王家の命令に従わないような貴族の家など、反王家派の貴族以外は繋がりを持とうとはしない。そしてノブローナ王妃が俺様に、この家の妊婦の世話をするように命じたからには、インポリオ侯爵家は親王家派なんだろ。つまり、例の秘薬を使ったことがバレた瞬間から、この家が今まで培ってきた親王家派との繋がりは全て断たれることになるわけだ」
ブリルーノが道理を語って聞かせたところ、ようやくインポリオ侯爵は事態の深刻さに気づいたようだった。
「話は分かった。しかし、あの薬は同じ派閥の者から手に入れたものだぞ。それを使ったからといって――」
「そりゃあ、簡単に手放すだろ。あの秘薬は王家の命によって使えなくなった、いわばゴミだ。そのゴミを渡すことで恩が売れるのなら、誰だって喜んで手放すだろ」
「騙されたということか?」
「それは違う。そもそもお前が秘薬を手にしようと動かなければ良かっただけのことだ。そして秘薬を渡した側からすれば、王家の命に背こうとする馬鹿から、手を切る理由を得ようとしただけだ」
そんなことよりもと、ブリルーノは開いた手をインポリオ侯爵へと伸ばした。
「さっさと秘薬を渡せ。赤子が予定時期である冬中に産まれれば、秘薬を得手も使わなかったと、そう弁明できるんだからな」
「……分かった。渡す」
インポリオ侯爵が執務机の引き出しの中を手でごそごそと動かすと、執務室に飾ってあった絵画かカチッと仕掛けが外れる音がした。
インポリオ侯爵がその絵画を手で引っ張ると、絵画がまるでドアのように、その一部が壁にくっついた状態で移動した。
絵画の裏側には隠し金庫があり、インポリオ侯爵が懐から出した古めかしい鍵で開錠する。
隠し金庫の中には、怪しげな物品や書類などがあったが、ブリルーノは職務に関係ないからと見逃すことにした。
インポリオ侯爵は、その隠し金庫から、コルクで栓がされた茶色い瓶を取り出し、ブリルーノに渡した。
「それが秘薬だ。渡してきた貴族家によると、十何年も前に高位貴族の家が懐妊したことを知って、念のためにと買い、しかし使用しなかったのだそうだ」
「十年以上前の薬ねえ。効果があるか怪しいし、効果があっても変性している可能性が高い。よくもまあ、そんな薬を」
ブリルーノは呆れながら、茶色い瓶の中を透かし見る。
二十粒ほどの丸薬が入っているが、丸薬の一部は丸さを保てずに崩れているものもある。
ブリルーノがインポリオ侯爵の立場で、仮にノブローナ王妃から使用禁止が言い渡されていなくとも、妻に与えようとは思えない見た目の薬だ。
「これは回収させてもらう。文句はないな?」
「好きにしてくれ。用済みだからな」
インポリオ侯爵は、企みが暴かれたからか、やる気が削がれたような顔になってりう。
ブリルーノは、そんなインポリオ侯爵に声をかけることなく、執務室から出ていくことにした。




