92話
モルマッカ騎士爵家の出産が終わり、産後の肥立ちの良さも確認できたため、ブリルーノは次の助産活動先に注力することにした。
といっても、直近の出産予定は、およそ一ヶ月後のクリンハヴィン伯爵家。
出産が始まるまでの期間、ブリルーノは暇になるはずだった。
しかし、そうならなかった。
その理由は、冬になってからの時期が出産予定だった、インポリオ侯爵家もスヴェツシ男爵家の所為だった。
まずはインポリオ侯爵家に起きた問題から。
インポリオ侯爵家は、侯爵位という高位貴族としての立場から、胎児を急速に成長させるウパルト子爵家の秘薬の存在を知ったらしい。そして方々手を尽くして秘薬を入手し、それを妊婦に使用しようとしたらしい。
ブリルーノがその情報を得られたのは、インポリオ侯爵家にて妊婦と二人きりで胎児の診断をしていた際。
その妊婦――インポリオ侯爵の第二夫人から秘薬についての相談を持ち掛けられたからだった。
「宮廷魔法師様は、使用しても大丈夫だとお思いですか?」
「……知らないのか? その秘薬はノブローナ王妃の名でもって、使用禁止が貴族たちに言い渡されていたはずだぞ」
例の秘薬の存在が明るみになったところで、ブリルーノは魔力視でもって妊婦の胎児を再確認する。
胎児の体に流れる魔力が確認でき、あの秘薬が使用されていないことが分かった。
「やはり、その話にあった秘薬なのですね。それで、ここだけの話、効果はあるのですか?」
そう問いかけてくる第二夫人の瞳の中には、禁止されている薬物に頼りたいという願望と、秘薬の効果への疑念が混在していた。
ブリルーノは第二夫人の心の内を推し量りつつも、助産活動を命じられた宮廷魔法師筆頭として偽らざる言葉を口にすることにした。
「秘薬の効果はあることを、秘薬の製造元であるウパルト子爵家にて確認できている」
「なら――」
「だが秘薬を使った結果、赤子は魔力を一切持たない存在として生まれ出た。貴家が手に入れた秘薬がどの程度のものかは知らないが、秘薬を使えば赤子になんらかの障害が発生する可能性は高い」
「それでも――」
「政治方面の話もしよう。ウパルト子爵家の赤子は魔力無しだが、ウパルト子爵家自身が秘薬が及ぼす結果を知らなかったため、その赤子には慈悲が与えられる。他の貴族家の子と同じく、ノブローナ王妃の息子と同年代として関われるという慈悲がな。しかし、秘薬に危険があると知って使う、貴家の場合は話が違ってくる」
「どのように?」
「ノブローナ王妃が使用禁止を言い渡している秘薬を使って生まれた子だ。王家の命を守れぬ家の子を、ノブローナ王妃が自分の息子に近づけさせると思うか? 俺はそうは思えないな」
ブリルーノの自論を聞いて、第二夫人は顔を伏せた。
「つまり薬を使って早く生んだところで、ノブローナ王妃の王子と我が子は同年代として関わることはできないと」
「それだけなら、まだいいな。王家の命に背いた家として、今まで培ってきた他家との繋がりも断たれるかもしれない。誰だって王家に睨まれたくないからな」
ブリルーノの予想に、第二夫人は縋る目になる。
「そういうことでしたら、どうか主人に秘薬を捨てるよう、お話になってくださいませんか」
「俺様がインポリオ侯爵にか?」
「主人は、私の話を真剣に聞いてはくださいません。この子を設けようとしたのだって、ノブローナ王妃様が懐妊なされたと知った後なのですから」
要するに、愛し合う関係ではない政略的に結婚した相手だからこそ、インポリオ侯爵は第二夫人を下に扱っているということのようだ。
「俺様なら、話して聞き分けないようなら、秘薬を力尽くで取り上げることだってできる。だがそんな事をすれば、貴女が恨まれるのでは?」
「愛はないとはいえ、私はインポリオ侯爵家に嫁いだ身。インポリオ侯爵家が傾くような真似を見過ごしては、この家と生家に顔向けできませんもの」
「覚悟はわかった。秘薬を取り上げてきてやる」
ブリルーノは屋敷内の執務室へ移動すると、インポリオ侯爵と面会することにした。




