76話
シンザーレとミルキブルーナとの子供が産まれたその日から、シンザーレは妻と子に毒を盛った人物と、それを操っていた真犯人を探し始めた。
妻と子の安全が安心して守られる期間は、ブリルーノが王都へ出立する猶予の二日間。
愛する者の身を守るため、そして二日という限られた日数が決まっているため、シンザーレの捜査は必然的に手厳しいものになった。
毒に関係ありそうな人物を片っ端から集め、時間がないからと拷問も辞さない構えを見せながら尋問する。
そうして得られた証言から、さらに次の容疑者を集めて尋問した。たとえその人物が、シンザーレの配下ではない、兄弟の手の物でもお構いなしに。
そんな強引な真似をすれば、各方面から反発が起きるのは当然。
しかしシンザーレは、妻と子を殺そうとした犯人を見つけるためだと、引かない姿勢を見せて尋問を強行した。
シンザーレの力尽くの尋問で、少しずつ真相が近づいてくる。
そんな段階まできたところで、口封じ的な犯行なのか、何人かの死体が出た。そんな事件にも、シンザーレの捜査と尋問は止まらない。
この数件の人死とシンザーレの止まらない操作に、毒殺事件の真相を欠片でも知っている人達は恐怖したことだろう。このまま捜査が続けば、自分が殺される番が必ず来てしまうと。
そして判断する。自分が生き延びるためには、暗殺の手が伸びてくる前に、シンザーレの捜査に協力するしかないと。
そうしてシンザーレのもとには、自然と証言が集まるようになった。無論シンザーレは、自主的に証言してくれた人物たちの保護を約束した。
集まった情報から、真犯人の姿が明らかになってくる。
そして逆に真犯人からは、自分の元に捜査が届かないように更なる妨害が始まる。
そうしたシンザーレと真犯人との攻防が行われている一方で、ミルキブルーナと新生児の生活はブリルーノによって安全が保たれていた。
「魔法というものは、実に便利でございますね。こうして毒を気にせずに食事が行えるのですから」
自室の中で、ミルキブルーナはニコニコと笑顔で温かい食事をとっている。
料理が湯気が立つほど温かいのは、ブリルーノの魔法のお陰で毒見の必要がないからだ。
そんなミルキブルーナの対面に座りながら、ブリルーノも同じ料理を食べている。そのブリルーノの表情は、料理を気に入っていないことが分かる苦さがあった。
「料理に解毒魔法をかけると、どうしてこうも味と匂いが単純化するのだかな。日頃感じる美味しさや匂いの良さは、実は人には通じない弱い毒が担っているのだろうか」
「毒に怯えながら冷えた料理を口にするより、よっぽど美味しいと思いますけれど?」
「それはそうだが。やっぱり少しでも美味い方がいいじゃないか」
「塩や香草でもお持ちしましょうか?」
「いや、塩気は十分にあるし、香草による匂い付けもこれ以上だと過剰になる。この料理をより美味くしようとするのなら、解毒魔法で消した人間に害のない毒を再投入するしか方法はないだろう」
「でも、人にとって毒ではないといっても、それはれっきとした毒物。料理に入れることは躊躇われるわけですね」
「直ちに影響がないとしても継続的に摂取すると体に害が及ぶ、そんな遅効性の毒かもしれないからな」
そうした料理に対する世間話をしていると、やおら部屋の閉ざされた扉がノックされた。しかしノックした後にあるべき名乗りがない。
ブリルーノとミルキブルーナは共に、誰が部屋に来たのだろうと首を傾げる。
侍女が扉に近づき、その向こうにいる人物に声をかける。
「どなたなのか、お名前をお聞かせください」
その侍女の問いかけに対する返答は、扉への力強い打撃音だった。
まるで蹴り破ろうとするかのような大きな音に、部屋の中にいる者たちが身を強張らせる。唯一の例外は、味気なくなった料理を食べ続けている、ブリルーノだった。
「心配するな。その扉には施錠の魔法をかけている。その魔法が解除されるまでは、何者も部屋の中に入ってくることはできない」
そのブリルーノの言葉を証明するように、力強い打撃音が何度も放たれても扉はびくともしていない。
しばらくして、扉が蹴破れないと分かったのか、急に打撃音が止んだ。
諦めたのかと誰もが思う中、やはりブリルーノだけは別の意見を持っていた。
「施錠の魔法だと気付いて、魔法使いに解除を試させているんだろうな」
「それでは、あの扉が開いてしまうのではありませんか?」
「そうだな。その魔法使いの腕前が、宮廷魔術師級だったらな。もしそうじゃないのなら、俺様がかけた施錠の魔法は解けやしない」
そのブリルーノの言葉が正答していたようで、再び打撃音が扉から起き始めた。
いや扉だけではなく、壁からも同じ音が。
「扉がダメなら、壁を壊して侵入しようってか。だがそれは浅はかな考えだな。施錠の魔法の効果は、閉じる対象だけでなく、その周囲にも及ぶ。この部屋の場合だと、扉や壁だけでなく天井や床も対象だ」
「つまり、侵入者はやってこれないということですか?」
「その通り。でもまあ、あれだけ大きな音を出しているんだ。俺様がこれ以上対処するよりも先に、救援がやってくるだろう」
そのブリルーノの予想が正しかったようで、扉の向こうからやってくる音が変わった。
先ほどまでは扉や壁を壊して入ろうとする音だったが、何時の間にか金属製の武器で斬り結ぶ音に変わっていた。
その音もしばらくして止んだ。
どうやら平和が戻ったようだ。




