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75話

 ミルキブルーナによる赤子への授乳を終えるのを待ってから、ブリルーノはその双方の体調を魔力視で確認した。


「どちらも致命的ではないが、体が小さい分だけ赤子の体調の方が悪そうだ」


 魔力視での視界では、ミルキブルーナの体内魔力が少しだけ乱れているのに対して、産まれたばかりの赤子の体内魔力は体の各所を治そうと集合と散開が繰り返す状態になっている。

 ブリルーノの宮廷魔法師としての知識から、赤子の状態は中毒になる一歩手前と診断できた。


「先に赤子の方から解毒の魔法をかけるとしよう」


 早速とブリルーノが魔法を使おうとすると、彼と赤子の間の位置に、医者が滑りこんできた。


「小さな子に魔法を使うなど、何を考えているのです!」


 薬と同じく、魔法も効果量を誤ると対象者に害が及ぶ。

 だから不用意な魔法から赤子を守るため 医者が立ちはだかったことは真っ当な判断といえた。

 ただし、魔法を使う人物が、もう既に何件も赤子相手の魔法を使い慣れたブリルーノ出なければの話だ。


「間に立ったぐらいで、魔法行使を邪魔できると思われるとは、宮廷魔法師の名折れだ――解毒」


 ブリルーノが呪文を口から放つと、立ちはだかっている医者の体で隠された向こう側にある、籠に寝かされている赤子の全身に魔法の光が灯った。

 その光は三日月の月光よりも弱々しいもの。

 この弱々しさこそが、そのまま解毒魔法の威力の弱さを表している。

 魔法の光が収まってから、ブリルーノはもう一度魔力視で赤子の体内魔力を確認した。


「通常の状態に戻ったな。つまり解毒が済んだことと、魔法による体への影響が皆無である証だ」


 そうブリルーノが赤子の健康を保証したのだが、この部屋にいる他の全員が魔力視を使えない――ブリルーノの判断が正しいかを判別できない。


「……先生。確認していただけますか?」

「はい、すぐに」


 シンザーレからの要望を受けて、医師が赤子に問題がないかを診察し始める。

 丁寧に一つ一つ状態を確認しているため、医師が結果を出すのに時間がかかりそうだった。

 時間がかかるのならと、ブリルーノはミルキブルーナの解毒もやってしまうことにした。

 ブリルーノが呪文を唱えると、ミルキブルーナの体全体が光を帯びた。

 その光り方は、赤子が帯びた光り方よりも、明らかに力強いもの。さしずめ、満月の光のように、暗がりを照らし出すぐらいの光の強さがあった。

 少しして光が収まると、ミルキブルーナの顔の血色が解毒魔法を受ける前よりも明らかに良くなった。


「どうだ? 毒由来の体のダルさは消えたと思うが?」

「仰られる通り、いつになく体調が優れている感じがあります」

「魔力視で再度確認したが、毒が体から消えている。それと、先ほど治した腹の傷も、外見と体内ともにちゃんと治っているようだ。胎盤が体外に出る後産が終われば、普通に暮らせるだろう」

「赤子を産んだ後は、何日もベッドの上の住人になると聞かされていたのですけれど、そうなのですね」

「赤子を産んだ後の処置として、母体に治癒魔法をかけるのはアリだと思うがな。あの医者の様子を見れば、医療分野に魔法使いが入ってくるのは嫌なのだろうさ」


 ブリルーノが当てこすりのような言葉が聞こえていたのだろう、医師が睨む目を向けてきた。


「貴殿――宮廷魔法師筆頭殿がどんな方かは存じ上げませんが、魔法使いは人の命をなんとも思っていない外道が多いもの。心体が共に弱っている病人や怪我人に近寄らせてはいけない類の人間でしょうに」

「魔法使いが人でなしなのは否定せん。特に宮廷魔法師ともなれば、魔法を新開発したいと常に思い、実際に魔法を使いたくて仕方がない人間であることは決まっているも同然だからな」


 ブリルーノがあっさりと自身が不審者も同然の輩だと認めたことに、医師は驚き顔を見せる。


「自覚がおありなのですか?」

「あるとも。そんな魔法使いが妊婦に関わらなくてよくなるように、お前からノブローナ王妃へ嘆願書を出してくれ。そうすれば、俺様が助産活動に従事することは無くなるだろうからな」


 ブリルーノが不本意に任務を行っていると態度で示すと、医師は開いた口が塞がらないといった風体になった。

 そんな二人の耳に、笑い声が入ってきた。

 発生主は、ベッドの上にいるミルキブルーナだった。


「ふふっ。笑っちゃって、ごめんなさいね。お二方ともに納得がいっていない顔をしているものだから」


 言い合いの中で、片方が納得できない顔をすることは多々あれど、両方が納得がいかないという顔をすることは珍しい。

 その珍しさが、ミルキブルーナの笑いのツボを突いたらしい。

 ミルキブルーナはひとしきり笑った後で、ブリルーノへ顔を向けなおす。


「宮廷魔法師筆頭殿がいらっしゃらなければ、私とこの子の体は毒にダメになっていたことでしょう。ですので、妊婦を助けることを不本意であるようなことを仰られると、こちらとしましては身の置き場に困ってしまうのですけれど」

「それは悪かった。だがまあ、勝手に助かったと喜べばいい。俺様のことを考えずにな」


 話が一段落ついたところで、ブリルーノは医師に視線を向ける。


「それで。医者として、その赤子の体調は正常かどうか確認できたのか?」

「……陣痛が始まる前に腹を開いて赤子を取り出すなんていう非常識な方法で産まれたのに、健康そのものですよ。貴殿が先ほど使用した魔法は、この赤子に悪影響を及ぼさなかったことを保証しましょう」

「これで赤子と奥方が助かったことは証明されたわけだ」


 ブリルーノは、少しだけ言葉を止めると、視線を医師からシンザーレに移した。


「それで、どうする? 俺様自身の望みとしては、少しでも早く王都に帰りたい。だが一日二日程度ならば、妊婦の産後ケアという理由で、ここに滞在できるが?」


 ブリルーノの言いたいことを隠すような、回りくどい言い方。

 その真意を、シンザーレは正しく掴めたようだ。


「二日の内に、我が妻と子を危険に晒した下手人と裏に隠れる犯人を断定します。多少強引な手段もとるが、宮廷魔法師筆頭である貴殿が妻と子の傍らに居てくれるのであれば、問題は起きないはずですね?」

「折角俺様が助けた命だ。俺様の腕の内に状況があるうちは、何者にも害されることはないだろうさ」


 シンザーレは、ブリルーノの言葉に対して、力強い頷きを返した。

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― 新着の感想 ―
まあ現環境だと医者のいう事の方が正しいしな 主人公レベルの知見と精度をもって助産活動に携われる魔法使いはそういないわけで安易に認めるような判断をする環境なら事故が多発する。一旦全拒否して検討した奴だけ…
医者がこっちくるなと言っても おう、そうしてほしいから嘆願してくれになるから 主人公ほぼノーダメなのに 医者側は助けれる命少なくしたいですって嘆願することになる 医者とは?状態やん
主人公、口は悪いけど良識的で意外に親切なんだよねえ。
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