77話
ルーグネック辺境伯家の屋敷は、元から厳戒態勢になっているため、余人が入り込む余地はない。
つまりミルキブルーナの部屋に押し入ろうとした者たちは、元から屋敷の中にいた人物ないしは誰かが手引きして入れた者たちとなる。
だからその人物たちを捕らえたのならば、誰の配下かや誰の手引きで屋敷に入れたのかは自ずと解明することが可能になる。
本来ならば、真犯人に辿り着けるような人物を襲撃者には使わない。
しかしシンザーレの形振り構わない強硬な姿勢と捜査手腕が、真犯人側に早急な対処をしなければと焦りを生じさせ、使ってはいけない手駒を使わせる結果を呼び込んだ。
捕らえた襲撃者の身元を確かめてから尋問したことで、その背後にいる人物が解明できた。
その真犯人にケジメを付けさせるべく、シンザーレは動いた。
こうしてルーグネック辺境伯家の後継者候補たちによる、血で血を洗う一日の抗争が幕を開けた。
屋敷の各所で捕物と戦闘が始まる傍ら。
相変わらず、ブリルーノが滞在するミルキブルーナの部屋は平和だった。
「さて、俺様が滞在できるのは今日までだが、決着はつくだろうか」
「シンザーレ様も頑張っておいでのご様子ですし、今日一日で終わるのでないでしょうか」
「そうあって欲しいところだ。それにしてもシンザーレ殿は、当初の印象とは違って、血の気が多い人物のようだ」
「隣国からの防壁であるルーグネック辺境伯家の三男ですもの。普段ならざる事態が起これば、敵を屠る気概を見せるのは当然のことです」
「シンザーレ殿が次期辺境伯になるかは分からないが、次代も防壁の役割は全うできそうだなと安心する」
ブリルーノは会話を続けながら、指を一つ鳴らした。
その次の瞬間、部屋の外にある庭の方から悲鳴が上がった。
ミルキブルーナは悲鳴が聞こえた方向へ目を向けて、溜息を一つついた。
「また襲撃者ですか?」
「誰もこの部屋の周辺に近づくなと触れを出してあるんだ。それなのに近づいてきた者は、全員が襲撃者だと考えるべきだ。もっとも、非致死性の魔法しか使っていないからな。襲撃者ではなかったとしても、大した問題にはならない」
「そうは知っておりますけれど、心配になります。今日、日が地平線より上ってから、五度目ですよ」
「夜襲と朝駆けを含めたら七度目だな。シンザーレ殿の調査が終盤である証拠だ」
「終盤ですと、襲撃が多くなるのですか?」
「シンザーレ殿が無茶な捜査をしているのは、ミルキブルーナとその子供のためだと分かっているからだ。そんな大事な二人を手の内に収めれば、シンザーレ殿の暴走を止められると、そう信じているんだろう」
「そうだとしても、今日五度も襲撃に失敗しているのですから、その手段は成功しないと理解してもよさそうに思うのですけど?」
ミルキブルーナの質問に、ブリルーノは自分が真犯人たちばならどうするかを考えてみた。
「より強い者を襲撃者として派遣するか、シンザーレ殿に差し向けるかだな。俺様なら、シンザーレ殿にぶつけるほうを選択するが、果たしてどうかな」
「強い襲撃者を、こちらに派遣してくる可能性の方が高いということですか?」
「お二人を手中に収めれば、シンザーレ殿と交渉ができる。表向き、最終的に諍いが話し合いで解決されたという方向で」
「シンザーレ様を打倒しても、諍いはなくなるのにですか?」
「自らの非を、表向きでも交渉で解決できたのと、戦闘の果てに打ち倒すことで黙らせたのでは、周りに与える心証が違う。次期当主として掲げるのならば、自分の非を会話で解決できる人物の方が良いに決まっている」
「ルーグネック辺境伯家は、他国に対する防壁です。力づくの方が周りの心証は良くなるのではありませんか?」
「それは自身に非がない場合ならだな。人は正義ある力には従うものではある。だが一方で、自身に非を隠すために暴力を振るう蛮行は決して認めないものだ」
権力を持つ者は、その権力に見合うだけの振る舞いをしなければ、下はついてこない。
暴力で物事を決める暴君は、その暴力で下々を従わせ、利権を渡すことで離れないようにする。
しかしそれが長く続かないことは、数多の歴史が証明している。
暴君の力が緩めば押さえつけられていた者たちが反乱を始める。利権を得た配下の欲望が肥大して更なる利権を求めるようになり、政治資金が圧迫されて立ち行かなくなる。更なる暴力が降りかかって暴君が打ち倒される。利権によって不利益を被った者たちの恨みをかって、配下が討ち取られて勢力が瓦解する。
ともあれ、正統な理由なき力での統治は長くは続かないもの。
ルーグネック辺境伯家は他国への備えだ。長く存続してくれなければ意味がない。
そういう事情を理解していれば、悪どい手で後継者の椅子を手に入れようとする者を次期後継者にしてはならない。
「そういった背景があるからこそ、ルーグネック辺境伯家当主が仲裁に出てこないんだろう。シンザーレ殿の所業を許していることから思うに、その手で事態を終結させることを望んでいるんだろう」
「ご当主様がお認めになっているのであれば、シンザーレ様に協力なさってくださっても良いと思うのですけれど?」
「力なき者が当主になるのは、暴君よりも性質が悪い。だからシンザーレ殿に力がることを証明させるために、当主は力は貸さないのだろう」
そんな会話をしていると、庭に面した部屋の壁から大きな破裂音が聞こえた。
「きゃっ。なにが!?」
ミルキブルーナが驚き、彼女の世話をする侍女と執事が慌ててミルキブルーナを守ろうと集まる。
一方でブリルーノは、普段通りの調子で外に目を向ける。
「つい先日も似たようなことが起こった際に、この部屋は俺様の魔法で守られていると教えただろう?」
「いえでも、もの凄い音がしたんですが」
「どうやら、真犯人の手持ちの中で一番強い手駒は、こちらに来たようだな」
ブリルーノが指を鳴らして魔法を行使する。
先ほど襲撃者らしき人物に悲鳴を上げさせた、あの魔法だ。
しかし今度は、庭の方向から悲鳴はやってこなかった。
「ふむっ、これに対抗できるか。爆発系の魔法を使ってきた人物は、それなりの手練れらしい」
「だ、大丈夫なのでしょうか?」
「心配するな。どんな相手でも、俺様の相手にはならない」
ブリルーノは席を立つと、部屋の扉の前へと移動する。
「不埒者を片付けにいってくる。なにがあろうと、この部屋から出るなよ」
「はい。部屋の中で大人しくしておきます」
ミルキブルーナの返答を待ってから、ブリルーノは部屋の外へと出て、改めて施錠の魔法を扉にかけてから、襲撃者が待つ庭へと足を向けた。




