73話
ブリルーノが提示した、強制的に胎児を腹から取り出す手術。
これに対して、シンザーレと彼が雇っている医師は相談し合う。
「言われた内容は理解できるし、状況を改善できる方法であることもわかりました。しかし乱暴にすぎると思うのですが」
「産気づいてもいない女性の腹を裂いて胎児を取り出すなど、聞いたことのない手法です。あの御仁は自信ありげなご様子ですが、医師の立場からすると賛成できません」
「だが宮廷魔法師筆頭殿からの提案です。手法自体の問題は本当にないのでは?」
「確かに、宮廷魔法師であれば、腹を切り裂かれた兵士を魔法で癒すことはできるでしょう。だからといって、その魔法が安全であるとは」
答えが出ない様子で話し合い続ける、二人。
ブリルーノが早く決めて欲しいなと思いながら立っていると、侍女が静かに近寄ってきた。
「奥様が、貴方様のお話を聞きたいと仰せです」
お呼びとあらばと、ブリルーノはベッド脇へと進み出た。
ミルキブルーナはブリルーノの接近を認めると、ベッドの傍らに置いていた椅子を示してきた。
恐らくは看病をするもののための椅子なのだろうが、ブリルーノは招かれたのならと椅子に腰を下ろした。
「それで、聞きたい事というのは?」
ブリルーノが率直な言葉で尋ねると、ミルキブルーナは伏し目がちな面持ちで質問してきた。
「この体に毒が回っているというのは、本当のことでしょうか?」
「本当だ。俺様の目を通して見えている体内の様子からするとだ。体のどこかが痛いということはなく、体全体が重いとか体力が持たなくて息切れする、という感じになっているはずだ」
「仰られたように、ずっと体が重いように感じています。ですがそれは、腹の子に栄養を吸われているからじゃないかと思っていたのですが」
「その影響は少なからずあるかもしれないが、体を流れる魔力の特色として、体が栄養失調に陥れば魔力の流れが遅くなるものだ。だが、その体にある魔力の流れの速度は一般的なもの。つまりは、十二分の栄養が体に備わっていることを示している」
「体には腹の子を育てる栄養がちゃんとあり、そして魔力の流れは正常でも魔力の流れる先に乱れがある。以上のことから、この体は毒に侵されていると判断できる。ということですね」
ブリルーノがその通りだと頷くと、ミルキブルーナから更なる質問がやってきた。
「毒を受けていることは理解しました。それで、我が子の様子はどうなのでしょうか。毒に苦しんでいる様子はありませんか?」
「直ちに命がどうこうという、魔力の乱れ方はしていない。だが毒の影響が全くないとは言えないというのが、俺様の見解だな」
「その見解は、どうして?」
「胎児というのは、とても影響を受けやすい存在だ。大人にかけても問題ない魔法が、胎児や赤子では命にかかわることになったりもする。元は人を助けるための魔法でそうなのであれば、元から人を害するためにある毒物では、と考えるとな」
「大人では体調を少し崩す程度の毒でも、腹の子には覿面な効果になり得るかもしれないということですね」
話が早くて助かると、ブリルーノは再び頷いて肯定した。
ここでミルキブルーナは目を閉じると、十秒ほどしてから目を開け、ブリルーノと目と目を合わせてきた。
「先ほど、この腹を切って子を取り出すと言っていましたね。そうすれば、子は毒から助かるのでしょうか?」
「さて、どうとも言えないな。この目は、胎内にいる胎児の全てを見れるわけじゃない。いま俺様が確約してやれるのは、胎児が生きていることだけだ」
「生きていることは分かっているのですね? では体を蝕む毒から離せば、子は助かるのでは?」
「命だけは保証できる。しかし毒の影響で、胎児の頭や内臓がどうなっているかまでは、俺様には判別できない」
「申し訳ありません。もっと分かり易く、詳しく説明していただけますか?」
「では率直に言おう。現在、命はある。だが毒の影響で、胎児の知能が消え去っていたり、内臓の働きが悪くなっていたり、まともに成長できない可能性がある。そして魔法は、それらのどれも回復してやることはできない」
「知能を与えることも、内臓の動きを正しくすることも、体が成長できるように整えることもできないわけですね」
「例えば、勉強が捗るようになる魔法や、酒の酔いを素早く消し去る魔法に、筋肉を付きやすくる回復魔法、そしてこれらに類する様々な魔法もある。だがこれらは、的確に問題を解決するものではないことは分かるはずだ」
「そうですね。物覚えが良くなっても、それは知能とは言えません。特定の内臓の働きを増強したとしても、魔法効果が失われた後も正常に戻らないのならば意味がありません。筋肉が発達しようと、他の子と同じように体躯と精神が育たなければ、それは成長とは呼べません」
ミルキブルーナは、話が理解できたことを示しながらも、ブリルーノと目を合わせることを止めない。
「ですがそれは、この腹から取り出して見なければわからないことなのですよね?」
「……そうだ。もしかしたら、毒の影響は全く受けてなくて、健康そのものであるという可能性は残っている」
「この毒に侵された体に子が居続けると、より多く毒の影響を受けることになるのではありませんか?」
「合っている。今は無事だが、一秒後に毒の影響で胎児が急変する可能性はある」
「仮に子が健康な状態でいるとしたら、腹から取り出すことこそが、子にとって一番良いのではありませんか?」
「そうだな。胎児の大きさを見るに、腹から取り出してしまっても、元気に成長できる段階には入っている。もっとも、毒の影響は一切なかった場合に限るがな」
「取り出した子に、毒を消す魔法をかけていただくことは可能ですか?」
「出来る。俺様は幾度も出産に立ち会った経験があるからな。魔法の威力を調整して、赤子の体調に変化を起こさずに済ませることが可能だ。他の魔法使いや医者では、そうはいかないだろう」
質問に誠実に答えていくと、ミルキブルーナの目に覚悟を固めた光が灯った。
「分かりました。では今すぐにでも、この腹を切り開いて、子を取り出してくださいませ」
ミルキブルーナの宣言に、ブリルーノは感心する目を向け、相談しあっていたシンザーレと医師は驚愕に染まった顔を向けた。




