72話
ブリルーノから告げられた衝撃的な診断結果。
それに真っ先に異論を挟んだのは、医者だった。
「待ってください。奥様に毒が盛られているというのですか!? そんな兆候は一切ありません!」
「医者の目からはそう見えるんだろうが、俺様の目から見ると明らかに体内が害されている様子が見えている。幸いなことに、使われた毒は遅効性かつ弱いものなのだろう。致命的にどこかの臓器に負担がかかっているという感じはないな」
「そんなこと、信じられません!」
医者が反対意見を口にしたが、それをシンザーレが手を上げて止めさせた。
「宮廷魔法師筆頭殿。今の発言は真実なのですね? それならば、妻と腹の子に問題は?」
「魔力視で確認した感じで言えば、生命問題は起こっていない。いや、体調を崩しがちと言っていたからには、毒の影響は少なからずあると言えなくもないな」
「妻の体調不良は、その毒の所為だと?」
「それ以外に体調不良が起こりそうな要因は見えない。風邪ならば肺や喉や鼻の周りに魔力が集まるものだが、そういう様子はないからな」
ブリルーノの診断結果に、シンザーレは口惜しそうな顔に変わる。
「毒に気を付けていたのに、防げなかっただなんて」
「それは逆だ。毒に気を付けていたからこそ、弱毒の摂取を見逃してしまったんだ。毒味役を立てて、その毒味役に問題がなければ、毒が入っていないと安心するからな」
「前の毒味役が毒に倒れたのは、我々に毒を口にすればすぐ死ぬと、そう誤解させるためだったと?」
「辺境伯家の妻に宛がわれた毒味役だ。毒の味に精通している者だったはずだ。そういった人材を殺し、毒の味を極め切れていない毒味役を使わざるを得ない状況ならば、弱毒を見極めることは難しくなるだろうな」
ブリルーノの予想を受けて、シンザーレは現在の毒味役に目を向けている。
ブリルーノから見て、その毒味役は年若い侍女だ。とても毒の全てに通じているようには見えない。
むしろ、ミルキブルーナへの忠誠心から、前任者が毒殺されて誰もなりたがらなかった毒味役に立候補したと考えられた。
ブリルーノは、その毒身役の侍女に近寄ると、無許可で解毒用の魔法を使用した。
「どうやら、魔法なら一発で回復させられるようだな」
魔法が効果を発揮した後、毒身役の体内にある魔力を魔力視で確認すると、その流れは正常化していた。
ではミルキブルーナにも――とはいかない。
妊婦に魔法をかけるのは禁忌であるからだ。
毒を消す魔法を使用すると、体内の毒は消えるだろう。だがその消える毒とは、妊婦と胎児のどちらにとってのものだろうか。
妊婦から見ると、胎児の血液は別人のものだ。そして別人の血というのは、得てして毒になりえるもの。
毒を消す魔法をかけたら胎児の血液が全て無くなってしまった、なんて自体が起こり得ないとは言えない。
逆に胎児が基準となった場合、母親の何が毒に当たるかわからない。
毒を消す魔法をかけた瞬間、母体に何らかの影響が出ることは起こり得る。
「どうしたものかな。おい医者。毒が使われていると分かったんだ。何の毒か判別したり、毒を打ち消す薬とかは持っていないのか?」
ブリルーノからの質問に、医者は力なく首を横に振る。
「医者の目からは判別できない弱い毒なのであれば、血をとって試薬にかけても毒の判別は難しいでしょうね。毒を消す薬もありまするものの、妊婦に使うことは推奨されません」
その医者の判断に、シンザーレは苛立っていた。
「では、これからも食事に気を付ける以外に方法はないと。いままで毒を飲んでいたと気づけなかった毒を、これからも飲む可能性を残したままで?」
シンザーレの怒りが吹き出る前に、ブリルーノは解決案を出す。
「毒に怖がらなくて済む方法は、ぱっと考えて三つある」
「三つもですか? お聞きしても?」
解決法があると知ったシンザーレに落ち着きが戻ってきたのを見てから、ブリルーノはその三つを語っていく。
「一つ目は、食材から調理まで貴殿の手の物で固める」
「いまでもそうしています。その方法を潜り抜けて、毒が混入されているんです」
「では二つ目。魔法使いを雇い、飲食物全てに解毒の魔法をかける」
「それを宮廷魔法師筆頭殿がやってくださると?」
「悪いが、俺様には他にも助産活動しなければならない貴族家がある。延々とここに滞在できるわけじゃない」
「城の魔法使いは信用することが難しいですね。となると他から雇うことになるわけですが、その方を信用するのも難しいです」
妊婦に魔法をかけることは禁忌である。
だから本来は、魔法使いを妊婦に近づかせることはしない。
ブリルーノが助産活動ができているのは、ノブローナ王妃という権力者の後ろ盾があるから――もっといえば、ノブローナ王妃の命令を誰も拒否できないという事情があるから。
そういう後ろ盾や信用がない魔法使いを妊婦に近づけるということは、胎児を危険に晒すのと同じ。
緊急で雇う魔法使いには、後ろ盾も信用もあるはずがないため、妊婦に関わる仕事に就かせるわけにはいかなくなる。
「では三つ目。いま出産を終えてしまう。赤子が産まれてしまえば、毒殺に怯える必要はなくなる。例えミルキブルーナ毒を食らおうと、胎児が腹にいなければ魔法で毒を消すことができる。そして赤子が口にするのは母乳だ。毒の与えようがない」
「出産させるといってもですね」
シンザーレはミルキブルーナに顔を向けて、困惑している。
なにせミルキブルーナの腹は膨れているものの、産気づいているわけではない。
とても出産できるようには、誰の目からも見えないことだろう。
しかしブリルーノの魔力視をかけた視界では、別のものが見えていた。
「胎児の育ち具合は、今すぐに生まれても健全に育つ基準に至っている。今すぐに腹の中から取り出しても問題はない」
「取り出すといっても、産まれそうは様子はないのですが?」
「股の間から産まれるのを待つ必要はない。腹を切って、子宮から胎児を取り出せばいいんだからな」
腹を切るという発言を受けて、シンザーレが顔を真っ赤にして怒り始めた。
「何を考えているんです! 我が妻の腹を切るだなんて、許しませんよ!」
「命の危険はないことは保証する。母子、どちらのもな」
「保証の問題じゃありません!」
「だが、今の状況を考えると、これが一番いい方法だと思うぞ。胎児さえ腹の中にいなければ、ミルキブルーナの体内にある毒を魔法で消すことができる。取り出した後で胎児も毒に侵されていたら、俺様であれば威力を調節した魔法で治してやることも可能だ。そうやって出産を終えた後は、先ほど語った利点が活きてくる。良いことづくめだと思うが?」
「だからと言って、妻の体に傷を作るなど、夫として看過できません!」
「……どう判断するかは任せるが、俺がぱっと考えついた方法は言い終えた」
さあどうするとブリルーノが会話の主導権を委ねると、シンザーレは判断に困り果てたという表情になった。




