100話
スヴェツシ男爵夫人の出産が終わり、胎児も未熟児の赤子として世に誕生した。
ブリルーノは、スヴェツシ男爵夫人と赤子に肥育の魔法を日に二回かけることにして、ブリルーノの手が離れても赤子が自然と生きていけるまで世話をすることにした。
赤子は病気にかかりやすいというのが一般的な認識ではあるものの、未熟児ともなるとそれに輪をかけて体調を崩しがちになる。
何かに罹患して急な発熱が始まり、それが治ったと思ったら逆に体温が急に低下したり、なぜか喘息に似た症状が急に始まることもあった。
病気以外にも、母乳の誤飲で窒息しかけたり、寝て動く際に薄い皮膚が擦れて血が滲んだりと、世話が絶えない。
それでも、肥育の魔法で少しずつ身体を健常な赤子に近づけていけば行くほどに、そういった赤子の病気や日常の世話の必要が少しずつなくなっていく。
スヴェツシ男爵夫人についても、肥育の魔法で多少肉付きが良くなったことで、乳の出も良い状態になっている。
しかしスヴェツシ男爵夫人にとっては、肉付きが良くなった――つまり健康的に太ったことに、あまり良い感情を持っていないようだ。
「妊娠しても体形を維持してきたのですよ。なのに、こんなにプニプニに。お気に入りの、このドレスを着るのだって大変に一苦労なんですよ」
「言っておくが、前の体形のままなら、乳の出が悪くて赤子を餓死させかねなかったんだ。自分の美意識による痩身は、赤子が乳離れした後にしてくれ。もしくは乳母を雇うとかな」
「乳母は雇う気でいたんです。ただ、出産がこんなに早くなるだなんて思わなかったので、雇う相手を決める前だっただけで」
出産が、こうも早くになった理由である、スヴェツシ男爵。
あの妊婦の腹を殴った卑劣漢はというと、冬の足音が聞こえそうな時期にもかかわらず、この世の春が来たとばかりに浮かれ調子でいる。
その理由は、もちろん赤子が生まれたから――ノブローナ王妃の息子ジャンルマと同年代になることができたからだ。
スヴェツシ男爵は喜びのあまり、自身がなにをしでかした結果で赤子が未熟児として生まれることになったかを忘れているようで、親類縁者を呼び寄せて赤子の誕生を祝っている。
「ノブローナ王妃様の王子様と我が子とが繋がりを持つことができる! これはスヴェツシ男爵家は飛躍するに違いない!」
そんな調子の良いことを口から紡ぎつつ、呼んだ親類縁者と宴会をしている。
ブリルーノは、赤子を無事に生ませてくれた立役者として宴会に呼ばれたが、もちろん申し出は断らせてもらった。
(まだ赤子の身体は予断を許さない状態だ。次の家に助産活動に移る時期がくるまでに、もう少し安定させなければ)
ブリルーノは、折角救った命を散らせてたまるかという使命感もあって、宴会に参加するよりも赤子の成長を手伝う方に心血を注いだ。
そんなブリルーノの態度を通じて、スヴェツシ男爵の親類縁者たちの中には、勘働きの良い人物はあることを悟ったようだ。
宮廷魔法師筆頭が付きっ切りにならなければならないほどに、スヴェツシ男爵の赤子は健康状態に問題があるのだと。
少し勘が悪い人物にしても、生まれた赤子の姿を目にすれば、とても小さくて弱々しい赤子であることを悟ることができたようでもあった。
それら親類縁者たちは、宮廷魔法師筆頭がいれば赤子の生命は無事だという認識は共通しながらも、宮廷魔法師筆頭が世話をする――魔法漬けで赤子は生かされているのは問題があると判断を下したみたいだった。
なぜかというと、世の常識として胎児や赤子に魔法をかけることは禁忌である。
つまり、その禁忌な行いで生かされている赤子は、親類縁者たちの目からすると、異質な化け物に生まれ変わりかけているように見えるからのようだ。
そうした事情を悟って、親類縁者たちの態度はお祝いムード一食だったはずなのに、スヴェツシ男爵との関係を忌避するようなものへと変わる。
しかしその態度の変化に、浮かれっぱなしのスヴェツシ男爵は気付く様子もない。
ブリルーノは、赤子の世話をしながら、その態度が移り変わる様子を見ていた。しかし、なにもしなかった。
赤子に魔法を使っていることは本当のことで、そして名誉を守ってあげるほどスヴェツシ男爵に良い感情を持っていなかったからだ。
やがて、ブリルーノが関わらなくても育つほど赤子の身体が確りと育った頃になると、スヴェツシ男爵の祝いの席に座る親類縁者の姿は一つとしてなくなっていた。
ブリルーノは、赤子が無事に成長したのを見てスヴェツシ男爵の屋敷を離れることにした。その際に、スヴェツシ男爵夫人に忠告をすることにした。
「俺様が魔法を安全に行使したとはいえ、未熟児の段階で幾度となく魔法をかけられた赤子は、他に類がない。成長するに従って、なにかしらの問題がおきないとも限らない。なにかしらの問題があれば、宮廷魔法師かノブローナ王妃に伝言しろ。きっと俺様が解決してやる」
「分かりました。この子の様子は、私が確り見守っておきます」
「それと一応の忠告をするが、あの夫に理不尽な目にあう未来を見越して、逃げ込む先は用意しておいた方が良いぞ。離婚も視野に入れてな」
「それは――助言に感謝いたします。伝手を辿ってみます」
スヴェツシ男爵夫人は、迷う様子ながらも目に決意の火を灯し、ブリルーノに頷いた。
ブリルーノは、もうほとんど普通の赤子と同じ体格になった、スヴェツシ男爵家の赤子の頭を優しくなでてから、今回の助産活動を終えることにした。




