101話 (完)
スヴェツシ男爵家での騒動が収束してからすぐに、クリンハヴィン伯爵家での出産が始まり、そして順調に終わった。
取り立てて面倒事も起こらずに出産が済み、出産後の夫人も赤子も順調に肥立ち良く、ブリルーノの手助けがほとんど必要ない、安産だった。
これでブリルーノが助産活動するべき貴族家で残っているものは、冬前に出産が予定されている、アンクレイデン男爵家だけ。
出産予定が冬前となると、ノブローナ王妃の息子であるジャンルマと同年代になれるかなれないか微妙な時期。
さぞかしアンクレイデン男爵家は気を揉んでいるかと思いきや、その当主は気楽に構えていた。
「我が子が王子と縁を結ぶようなことがあれば嬉しい。だが一方で、男爵家が王家に近づけば要らぬ妬みも受ける。同年代になるのに一長一短があるのであれば、生まれ出てくる子に決めてもらうのも一興というものだ」
そんな風に当主が気楽に構えていたからこそか、明確に気温が低くなり始めた頃――もう少しで冬に入るという時期に夫人の陣痛が起こり、出産が始まった。
出産が楽に済めばジャンルマと等年代になり、逆に日数がかかれば赤子は冬生まれになって同年代にはなれない。
当主が言ったように、本当に胎児が出てくる早さによって、同年代になれるかどうかが決まる状況になった。
結果がどうなったかというと、一昼夜ほどで誕生するという一般的なの出産時間ではあったものの、暦の上で秋の最終日生まれというジャンルマと同年代に滑り込むことができた。
生まれる時期はギリギリだったものの、出産後は母子ともに健康で、ブリルーノの魔法が必要になる場面は今のところないようだった。
産後の肥立ちの確認を終えて、ブリルーノがアンクレイデン男爵家を去ろうとすると、空から雪の粒が落ちてきた。
本格的な冬が始まったようだ。
アンクレイデン男爵家での出産が終わったことと、冬に入ったことで、ノブローナ王妃がブリルーノに要望した助産活動は終了の運びとなった。
「まったく。これでようやく、宮廷魔法師筆頭として王城勤めに戻れるってもんだ」
そうブリルーノは呟きながら、他の宮廷魔法師たちと王城の詰め所でのんびりとしていると、部外者が現れた。
綺麗なお仕着せを着た女性。
ブリルーノはその女性に見覚えがあり、思わず顔を顰める。
そんなブリルーノの反応を気にしない様子で、その女性は用向きを口に出した。
「宮廷魔法師筆頭殿。ノブローナ第一王妃様がお待ちです。速やかに、天使菊宮までお越しくださいませ」
「…………わかった。行くとする」
ブリルーノは重たい腰をゆっくりと上げて、女性が告げた要望通りに、ノブローナ王妃の元へと向かうことにした。
(この道行きで誰かが制止してくれば、それを理由に引き返そう)
そんなブリルーノの企みをノブローナ王妃は見抜いたのだろう、各所で「ノブローナ第一王妃様から許しが出ております」と言われて、ブリルーノはスムーズに天使菊宮まで進むことができてしまった。
ブリルーノは溜息を出したい気持ちをぐっと堪えて、ノブローナ王妃の私室へと入った。
「宮廷魔法師筆頭、ブリルーノ・アファーブロ。お呼びとのことで」
ブリルーノは礼節に則った言葉を口にしながら、顔には不満な感情を目一杯に浮かべる。
そんな不遜なブリルーノの態度に、ノブローナ王妃は椅子に座りながら笑い顔を返した。
「こちらが用命した仕事を片付けてくれたからには、褒美の言葉の一つでも送らねばと思っておったのよ。だが、その顔を見るに、その必要はないようよの」
「……それだけが用件なら、帰らせていただいても?」
「ふっふっふ。そう焦るでない。用向きは他にもある。ほれ、近こう寄らぬか」
ブリルーノは不満顔のまま、ノブローナ王妃が手にある扇子を向けた先にある椅子へ進み、腰かけた。
「冬になり、助産活動は終了になった。それなのに用件があるってことは、俺様が取り上げた赤子のどれかに問題が起こったのか?」
態度と口調の悪い質問の仕方に、ノブローナ王妃の側付きの者たちの顔色が変わる。
しかし、その側付きたちを、ノブローナ王妃が手を上げて制止する。ブリルーノの態度を寛容に許すとの指示を受け、側付きたちの顔色は普段のものとなる。
「ほう、助産活動に対して悪態を吐いていたと記憶していたが、取り上げた赤子のことを気にはしているのか?」
「そりゃあな。あっけなく死なれて、俺様の腕が悪いからだと言われたら、たまったもんじゃないからな」
「そういうことに、しておいてやるとしようかの。くふふっ」
ノブローナ王妃は笑い声をあげてから、急に申し訳なさそうな顔になり、その顔を広げた扇子で隠した。
「貴殿の助産活動について、満足のいくものであったと、こちらは認識しておる。だがの、そう思わぬ輩というのは居るものでな」
「俺が助産活動を行った家から文句がきたと?」
「そちらからの申し立てはない。むしろ良くやってくれたと、手腕を褒める言葉しかなかったほどよ」
「なら、どこから?」
ノブローナ王妃の口ぶりからすると、ブリルーノが助産活動を行っていない貴族家から苦情が上がっていることになる。
関係のない貴族家から苦情がくることに、ブリルーノは道理が通っていないと首を傾げる。
対してノブローナ王妃は、面倒事にうんざりしているような表情に変わった。
「関係がないからこそ、騒いでおるのよ。宮廷魔法師筆頭といえど、他所の男性を女性の出産に立ち会わせるとは。母子を救うための緊急措置といえど、魔法を使うなんて非常識だと」
苦情の内容を聞いたブリルーノは、むしろさもありなんと納得する。その上で、この苦情を利用してやろうと考えた。
それこそ、今後自分が助産活動に駆り出さないための方便に使おうと。
「そういった苦情が来るのは仕方がない。誰だって、妻の股の間を他の男に覗きこまれることを良しとはしないもの。魔法についても、俺様だからこそ妊婦や赤子の身体に負担の出ない威力で魔法が使えるものの、これが妊婦や赤子に魔法を使っても大丈夫だと誤解さる状況になっては、たまったものじゃないからな」
だから今後は助産活動に俺様は従事しない方が良い、ブリルーノがそう言葉を繋げようとするより先に、ノブローナ王妃が言葉を差し込んできた。
「しかしながら、貴殿の魔法がなければ胎児の幾人かが死ぬ運命にあったことは、間違いのない事実でもあろ?」
「……それは、そうだが」
「そして現状では、妊婦と胎児に悪影響がでない魔法をかけられる唯一の人材が、貴殿であろ? さらに付け加えると、第二王妃に妊娠の兆候があっての。来年もまた、多くの貴族家で赤子が生まれる予想が立っておるのよ」
段々と外堀を埋めてくるような言葉運びをされて、ブリルーノは焦って言い返す。
「悪いが、もう助産活動は懲り懲りだ。他を当たってくれ」
「他を当たれというからには、相応しい人材に心当たりぐらはあるのであろうの?」
「それは……」
ブリルーノは、自身が見知っている魔法使いを頭の中で列挙するも、いますぐに妊婦と胎児用に魔法の威力を調節できる者に心当たりがなかった。
(宮廷魔法師は敵を倒すための存在だからな。魔法の威力や範囲を増やすことは得意な者が多いが、逆に威力を下げて範囲を狭める魔法を得意とする者は少ない)
その少ない者たちも、助産活動という医療活動に用いる魔法を修めているわけではないので、ブリルーノの後任に推薦するには難しい人材である。
宮廷魔法師以外にしても、ブリルーノが見知っている人材の中に、後任に相応しいとノブローナ王妃に紹介できるような者はいない。
(だが、これからも助産活動をやらされてはたまらない)
ブリルーノは、苦しい言い訳だと自身でも分かる言葉を口にする。
「俺様が男性なことは変えられない。俺様が続投したら、苦情が再び来るのでは?」
「うむっ、確かにその点『だけ』は問題が残ったままよ。しかし、それを解消する手立てを思いついておる」
ノブローナ王妃が扇子を畳み、その扇子で自身の手をパシパシと強めに叩いた。
すると出入口の扉が開き、新たな人物が部屋の中に入ってきた。
魔法使いだと示すローブを身につけた、金髪をキッチリと整えた、可愛らしい顔立ちの、十代半ばほどの見た目をした女性。
ブリルーノは、魔法使いらしきその女性に心当たりがなく、初対面だと感じた。
宮廷魔法師筆頭が初対面ということは、この女性は宮廷魔法師ではないことになる。
一体誰なのかとブリルーノが疑問に思っていると、ノブローナ王妃が自身が座っている横へと、その女性を近寄らせた。
「この者は、直近に宮廷魔法師として推挙しようと考えていた魔法使いだ」
「ヒディア・パルパティアです。よろしくお願いします、アファーブロ先生!」
急に家名に先生をつけて呼ばれて、ブリルーノは半目になる。
「ノブローナ王妃。どういうことで?」
「うむっ。宮廷魔法師の中に、魔法による助産活動を行う部門を新設することにしたのよ。この者は、その部署に入る一人目ということになる」
「ほほう。それで、どうして俺様が先生なんだ?」
「貴殿しか、魔法を使った助産活動を教える者がおらぬのだ。貴殿が教えることに、なんの不思議がある?」
「……俺様は、宮廷魔法師筆頭で、新設部署の署長じゃないんだが?」
「筆頭と署長を兼任してもらう。ああ、これ、王命であるから、拒否できんよ」
ブリルーノが唖然としている間に、ノブローナ王妃がどんどんと話を先に進めていく。
「とりあえず、この冬から貴殿はこの者に魔法の使い方を教える。そして今後も新たな人員を部署に加えていく。もちろん女性魔法使いをよ。その者にも、ちゃんと教えるのだぞ。実習も必要であることはわかっておるよ。貴殿が出産に同席しても問題としないと確約した貴族家で、出産の実地研修をすればよい」
確定事項を伝える口調のノブローナ王妃に、ブリルーノは手を上げて待ったをかけた。
「……これから先も、俺様に助産活動に従事しろと?」
「教え子の腕前が十二分に育った後、貴殿の補助も必要なくなった段階であれば、部署の長の座を後任に与えてもよいぞ」
それ以外で、ブリルーノが助産活動を辞めることは許さないと、ノブローナ王妃は言外に告げていた。
ブリルーノは不本意な気持ちがありながらも、これも宮仕えの宿命だと、ノブローナ王妃の命令に従うことにした。
その後、ブリルーノはヒディアと共に天使菊宮から去ることになった。
ブリルーノが落ち込む様子を見せる中、ヒディアは新設部署に入る第一号の魔法使いに任じられてやる気十分の様子。
ブリルーノは、そんなヒディアの様子を見て、声をかける。
「なあ、少しいいか」
「はい、なんでしょう先生!」
「……俺様は、いまから叫ぶ。内容は聞かなかったことにしろ」
「は、はあ? わかりました?」
ヒディアが困惑顔で頷くのに合わせ、ブリルーノは唐突に大声を上空へ向けて放った。
「宮廷魔法師筆頭に、いつまでも助産活動をさせるんじゃねえ! 無駄遣いにもほどがあるだろうが!」
石の柱が揺れそうな大声に、ヒディアだけでなく、近くに居合わせた人達から何事だという目が向けられる。
一方でブリルーノは、大声を放つことで気持ちをリセットすることができたため、顔つきはスッキリとしたものになった。
「よしっ。俺様が早く部署の長から下りられるよう――ヒディアだったな。貴様に徹底的に徹底的な指導をしてやる。ノブローナ王妃自ら、宮廷魔法師として推薦しようと考えていたという腕前、楽しみにさせてもらう」
「は、はひ! が、がんばります!」
ブリルーノから発せられる威圧に、ヒディアの表情には後悔の感情が浮かんでいた。
これにて、この物語は終了となります。
お読みいただき、大変ありがとうございました。
次回作は『落ちこぼれ祓い師男子は霊障が存在する現代を元気に生き抜く』
https://ncode.syosetu.com/n1416md/
現代舞台の、陰陽系払い師の男子高生が主人公の成り上がりものです。
霊や妖怪などとのバトルある予定ですが、霊障が出る場面はホラーテイストの方を強くする予定でもいます。
ご一読、よろしくお願いいたします。
追加で、ゴールデンウイーク向けに、過去にラノベの賞に送った物語を放出します。
『氷河期の日本にて、二人の少女は生き抜きたい』
https://kakuyomu.jp/works/2912051598761456914
少女二人が極寒の日本で懸命に生きて旅する話です。カクヨム投稿ですが、よろしくお願いいたします。




