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乂阿戦記1 第ニ章- 青のHERO狗鬼漢児と戦神ベルト アーレスタロス-2 ドアダ七将軍

【女神は、悪の女幹部になった。】


記憶を失った少女・神羅ユキル。

かつて“女神”だった彼女は、

いまや悪の帝国ドアダの中にいる。


家族のぬくもりに触れながら、

彼女は何を信じ、何と戦うのか。


地球編、本格始動です。




気に入っていただけたら、ブックマークで応援してもらえると嬉しいです。

薄暗い朝の気配が、部屋の中にまだ夜の余韻を残していた。


ドアダ帝国の中心部――首領の私室。


そのベッドに腰を下ろしていた神羅ユキルは、つい今しがた目覚めたばかりなのか、まだ夢と現の狭間を漂うような瞳をしていた。


今の彼女には、《神羅》として生きてきた記憶がない。周囲から教えられた《ユキル》という名を、ひとまず自分の名として受け入れているだけだった。


挿絵(By みてみん)


「おはよう、ユキル。……気分はどうかね?」


柔らかな声にようやく我に返ったのか、ユキルは小さく肩を震わせ、声の主へと向き直った。


「おはようございます。……おかげさまで、とてもよく眠れました」


その言葉に曇りはなく、昨日まで浮かんでいた疲労の影もすっかり消えている。


それを見て安心したのか、首領の表情がわずかに緩んだ。


「そうか。それは良かった」


そして少し間を置いてから、穏やかな声で続けた。


「ところで、お前に会わせたい人物がおる。……会ってくれるか?」


「…………」


その言葉を聞いた瞬間、ほんの一瞬だけユキルの表情が曇った。


だが、すぐに小さく笑って頷く。


「……はい」


◇ ◇ ◇


しばらくして、部屋の扉が静かに開いた。


入ってきたのは、七将軍の一人――《狂乱道化ヨクラートル》。


扉が開いた瞬間、ユキルの表情が一変する。


頬には血のような赤いペイントが施され、口元には裂けたような笑みが浮かんでいる。


どう見ても、まともな人間には見えない。まさに“殺人道化”と呼ぶに相応しい姿だった。


ユキルは反射的に身を引いた。


だが――。


挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)


「……久しぶりだな、ユキル。会いたかったぞ」


ヨクラートルはそう言うと、ゆっくりと顔のペイントを拭い落としていった。


その下から現れたのは、狂気の道化とは似ても似つかない、どこか疲れたような穏やかな男の顔だった。


だが、その声だけはなぜかユキルの胸の奥へ真っ直ぐ届いた。


「……俺はヨドゥグ。前世で、お前の兄だった男だ」


「……兄さん?」


ユキルの瞳が揺れる。


記憶の海はいまだ濁ったまま。それでも、心の奥底では確かに何かが震えていた。


ヨクラートル――ヨドゥグは、ゆっくりと腕を広げる。


その仕草には、ためらいと祈りが入り混じっていた。


ユキルは戸惑いながら一歩、また一歩と近づいていく。


そして、ついに彼の胸元まで辿り着くと、ふいにその胸の中へ倒れ込んだ。


「……すまなかった」


ヨドゥグの声が震える。


「もう……ひとりにはさせない」


その言葉を聞いた瞬間、ユキルの瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。


「……お兄ちゃん……」


失われた時間の重みが、涙となって頬を伝っていく。


押し殺されていた感情が、ひとつ、またひとつと解けていくようだった。


「すまなかった……お前を、こんなに長く一人にしてしまって……」


ヨドゥグはそう言いながら、ユキルの背中を優しく叩いてやる。


しばらく彼の胸の中で泣き続けた後、ようやく少し落ち着いたのか、ユキルは身体を離すと、ぽつりぽつりと話し始めた。


「……ごめんなさい」


「ん?」


「私、自分のこと……何も思い出せないんです」


ユキルは視線を伏せ、言葉を選ぶように唇をわずかに震わせる。


「名前も、家族も、過去のことも……全部、まるで夢みたいにぼやけていて……」


その声には戸惑いと、ほんのわずかな怯えが滲んでいた。


――ナイアの洗脳魔法。


その爪痕は、今もなお彼女の精神へ深く残されている。


すると、それまで黙っていたガープがふっと目を細めた。


「よいよい。無理に思い出すことはないんじゃ」


「……?」


「今日からは、ワシらがお前の家族じゃ」


ガープは優しく笑うと、自らを指差した。


「ワシはガープ。……お前のお祖父ちゃんじゃよ、ユキル」


「お祖父ちゃん……」


「そうじゃ」


ガープは、ごつごつとした手でユキルの頭をそっと撫でた。


その手のひらにあったのは、悪の帝王の威圧感ではなく、ただの祖父のぬくもりだった。


ユキルの頬がふわりと緩む。


少し戸惑いながらも、その表情には確かな安堵が宿っていた。


「……ありがとう、おじいちゃん」


「…………!」


その一言に、ガープの目尻が一気に下がった。


◇ ◇ ◇


その日の夜。


ユキルが眠りについた後、ドアダ首領ガープは七将軍を集め、緊急会議を開いた。


議題はもちろん、今後のユキルについてである。


最初に口を開いたのは、包帯男のような風体をした男だった。


暗い紫の仮面と同色のマントを纏い、立っているだけで魔王のような威圧感を放っている。


七将軍の筆頭格にして参謀――《蛇王ナイトホテップ》。


「ガープ首領閣下。あの小娘、今後どうするおつもりで?」


ガープが答えようとした、その時。


今度は別の男が口を開いた。


長身で、両の瞳を閉ざした男。


七将軍の一人――《盲目の剣闘王スパルタクス》。


「まずは記憶を取り戻させるべきでは? あの娘が今世で何者として生きていたのか、それも調べる必要があるでしょう」


その言葉を聞き、ナイアが楽しそうに割って入った。


「記憶喪失?」


口元を歪めながら、爪先で机をコンと叩く。


「ふふっ。なら任せてよ。あたしの《封印喰らい》の魔法で、ユキルの記憶を全部ほじくり返してあげる♡」


「あたし、そういうの得意なの。痛いのも、苦しいのも……ぜーんぶ、ちゃんと思い出せるようにしてあげるから♪」


「やめろッ!!」


突然響いた怒声に、全員の視線が一斉に集まる。


声を上げたのは――ヨクラートルだった。


彼は今まで見せたことがないほど必死な形相を浮かべていた。


「せっかく忘れているんだ! わざわざ思い出させる必要なんてないだろうが!!」


「ヨクラートル……?」


「やっと……やっと家族が帰ってきたんだぞ!」


拳を強く握り締め、ヨクラートルはナイアを睨みつける。


「このままでいい! いいから、そっとしておけ!」


「…………」


「女神だった頃のユキルの辛い記憶なんか……思い出させるんじゃねぇ!!」


会議室が静まり返った。


一同は驚いたように顔を見合わせる。


これまでヨクラートルが、ここまで感情を剥き出しにしたことなどなかったからだ。


結局、その提案へ明確に反対する者はいなかった。


「……ならば、しばらく様子を見る」


ガープが静かに決定を下す。


「以上じゃ。皆、持ち場へ戻れ」


「はっ!」


将軍たちは次々と退室していった。


だが、一人だけその場から動かない者がいた。


ナイアだ。


誰もいなくなったことを確認すると、彼女は小さく舌打ちした。


「ちぃ……なんか面倒臭いことになってきたわね」


ドアダへ帰還したナイアには、大きな誤算があった。


まさか、ドアダ首領ガープが――女神ユキルの祖父だったとは。


◇ ◇ ◇


ガープは、かつて妖魔帝国ズーイの皇帝ヨーの影武者だった男である。


皇帝ヨー亡き後、帝国は崩壊した。


その後、残された敗残兵を集め、ガープが新たに築き上げたのが悪の秘密結社ドアダだった。


そしてガープには、誰にも明かしていない血縁があった。


かつて女神国へ嫁いだ娘――カンキル。


そのカンキルこそがユキルの母であり、つまりガープにとってユキルは実の孫だったのである。


かつてのガープは“影武者”という立場ゆえに、自分の娘にも孫にも、本当の身分を明かすことができなかった。


どれほど近くにいても、決して触れられない存在。


それが彼にとっての“家族”だった。


(ユキル……お前にだけは、もう孤独を味わわせたくないのじゃ)


そんな祖父の想いなど知る由もないナイアは、ひとり嫌な予感に顔を引きつらせていた。


「ああ……すっごく嫌な予感がするわ……」


そして、その予感は翌日、見事に的中する。


◇ ◇ ◇


翌日の七将軍会議。


そこには、十五年の間に一人の将軍が死亡して以来、ずっと空いたままとなっている席があった。


ガープはその空席を一瞥すると、堂々と言い放った。


「本日より――ユキルを七将軍へ任命する!」


「…………」


会議室が静まり返る。


ナイアの口が、ゆっくりと開いた。


「……は?」


「異論のある者は?」


ガープが全員を睨み回す。


その眼光は、文句を言った者をその場で殴り殺しかねないほどの迫力だった。


「…………」


誰も何も言わない。


完全なる身内びいき。


理不尽極まりない大抜擢だった。


しかし、この決定によってユキルは組織内でナイアと同格になった。


つまり、ナイアが密かに楽しみにしていた――圧倒的な立場からユキルを好き放題に扱う計画は、完全に潰えたのである。


◇ ◇ ◇


ドアダ本部。


ナイアの私室。


「なんでこうなるのよォォォォ!!」


ナイアはベッドへ突っ伏し、盛大に絶叫していた。


世界を恐怖に陥れた外なる神――ナイアルラトホテップ。


しかし今の姿からは、その面影など欠片も感じられない。


「せっかく圧倒的な立場から好き放題してやろうと思ってたのにぃぃぃ!! なんでよりにもよって首領の孫娘なのよ!?」


枕を抱えたまま、両脚をバタバタとベッドへ叩きつける。


「あの子、もう私と同格の将軍ポジじゃない!!」


その悲鳴にも似た嘆きを遮るように、部屋の扉が静かに開いた。


「くっくっく……荒れてるな、ナイア」


「…………」


姿を現したのは、長身に黒いスーツを纏い、蛇の意匠が施された仮面をつけた男。


七将軍筆頭にして、ドアダの実質的な参謀役でもある――蛇王ナイトホテップ。


挿絵(By みてみん)


「やぁ、ナイトホテップ。久しぶりじゃん」


ナイアは起き上がると、かつての相棒へ笑顔を向けた。


「ちゃんと覚えててくれてたんだ、私のこと」


「忘れるものか。邪神ナイアルラトホテップ……十五年ぶりの再会だな」


「う~ん、お久しぶり。我がバディ、蛇王ナイトホテップ」


ナイアは相手の仮面を見ながら、楽しそうに首を傾げる。


「コンビ名、まだ使ってくれてたんだ?」


「お前の名に似せて《ナイトホテップ》と名乗ったらな、不思議と組織にツキが回り始めた」


ナイトホテップは肩を竦める。


「願掛けがてら、今も使わせてもらっている」


「いいとも、いいとも♪ 再就職の斡旋までしてくれたんだ。名前くらい喜んで使わせてあげるよ☆」


ナイアはそう言って、指先で仮面の端を軽く弾いた。


「……相変わらずだな」


ナイトホテップは呆れたように息を吐く。


ナイアルラトホテップは、百年前にも旧神たちによって封じられたことがある。


その後、一度は復活したものの、十五年前には今度こそ女神ユキルによってクトゥグァ火山へ再び封印された。


つまり彼女にとって、封印されること自体は初めてではない。


「十五年も封印されていたのに、よくまあ戻ってこられたものだ」


「ふふん。だって私は――邪神ナイアルラトホテップだからね❤」


「はいはい」


「何よ、その反応」


「いや、それよりお前が荒れている理由はユキルだろう?」


「そうよ!」


ナイアは再び枕を掴んだ。


「あの子、顔は可愛いのにポジションが気に食わないのよ! 同格なんて……あたしの“獲物”だったのに……!」


「…………」


「圧倒的な立場から好き放題して、それで、それで……!」


ナイトホテップは冷めた目を向けた。


「……なんだ。ただの性癖か」


「“ただの”じゃない!」


ナイアが勢いよく起き上がる。


「“邪神の性癖”よ!」


「余計に悪いわ」


「何よ!」


「まったく……相変わらず面倒くせえ女神だな」


ナイトホテップは額を押さえた後、少しだけ声を低くした。


「だがな、ナイア。ユキルをこちら側へ完全に引き込めれば――この帝国そのものが、お前の手に落ちる可能性すらあるぞ」


「…………」


ナイアは少し考えた後、興味深そうに笑った。


「ふぅん。それは魅力的だけど……」


しかし、すぐに遠い目になる。


「……あの子に手を出したら、たぶん首領――じいじが私を殺すわ。冗談抜きで」


「それは同感だ。親父殿には、俺も逆らえん」


「でしょ?」


ナイアは肩を竦める。


「仕方ないわね。しばらくは大人しくしておきましょう。機会なんて待ってれば、また来るものよ」


「……そうか」


ナイトホテップは踵を返した。


「それじゃあ、まずはお前が連れてきた――“銀の勇者”の様子でも見に行くとしようか」


「あら。それ、面白そう」


ナイアも立ち上がり、彼の後へ続く。


十五年ぶりに揃った、外なる神と蛇王。


かつての“相棒”同士が再び舞台へ戻ったことで、この先世界に何がもたらされるのか――それは、まだ誰にも分からない。


◇ ◇ ◇


一方、その頃。


ユキルは祖父であり、この帝国の現首領でもあるガープ・ドアーダの前で跪いていた。


――玉座の間。


漆黒の石壁に囲まれた空間には全自動暗殺兵が沈黙して並び、壁際には拷問器具が整然と配置されている。


まさに“悪の帝国”を象徴するに相応しい空間だった。


そして、その中心にある玉座へどっかりと腰掛けているのが、かつて妖魔皇帝ヨーの影武者として数多の戦場を駆け、今では《ドアダ帝国》の首領として君臨する大悪党――ガープ・ドアーダである。


……なのだが。


「うむ。それで良い。それでは早速じゃが、お前には重要な任務を言い渡す」


孫を見るその目は、完全に緩んでいた。


ユキルは黒いマントを纏い、顔には赤いアイマスクを着けている。


マントに特別な能力はない。完全に雰囲気作りだ。


それでも、元々の気品も相まって、姿だけ見ればなかなか立派な悪の女幹部に見えた。


「この度は、私のような未熟者を七将軍へ抜擢いただき……感謝いたします」


「うむうむ。我が孫よ。実力さえあれば、地位など後からついてくる。お前はワシが見込んだ逸材じゃ」


どこまでも甘い。


甘すぎる。


「では命じよう。ユキルよ――お前には、地球へ赴いてもらう」


「……地球、ですか?」


「そうじゃ」


ガープは重々しく頷いた。


「そこには《アーレスタロス》なる変身ヒーローがおる。奴が我らドアダの地球作戦を、ことごとく妨害しておる」


そして拳を握り、勢いよく指を突きつけた。


「そこで、お前には奴を討ってもらう。あやつの首級――取って参れ!」


「承知しました。必ずや」


ユキルが迷いなく答えると、ガープは満足そうに頷いた。


「うむ、心強い!」


だが、その威勢は数秒しか続かなかった。


「…………しかし」


「?」


「心配じゃ」


「え?」


ガープは椅子の肘掛けへ肘をつき、眉間に皺を寄せる。


「お前……一人でちゃんとやれるかのう?」


「え?」


「地球は遠いぞ? 知らん土地じゃぞ? 変な男に声をかけられたりせんか?」


「お祖父ちゃん?」


「……うーむ」


しばらく真剣に悩んだ末、ガープは突然手を叩いた。


「わかった! ヨドゥグ――いや、ヨクラートルを同行させよう!」


「兄さんを?」


「そうじゃ。あやつなら地球のことも知っておるし、何より叔父としてちょうど良かろう」


「……叔父」


ユキルは少し不思議そうな顔をした。


さらにガープは、思い出したように手元の書類を取り出す。


「それとじゃな。地球で通う学校も手配しておいたぞ!」


「……学校?」


「うむ! 制服も可愛らしいピンク色のものにしておいた。友達もできるとええのう」


完全に、悪の帝国の首領とは思えない発言だった。


「昼は学校、夜は任務。忙しくなるが、夜はちゃんとテレビ電話するんじゃぞ?」


「お祖父ちゃん……」


「寂しくなったら、いつでもワシへ連絡するのじゃ」


もはや完全に、孫が初めて一人旅へ出る祖父のテンションである。


しかし、それでもまだ不安らしい。


「……いや。やはり心配じゃ」


「私は大丈夫ですよ?」


「駄目じゃ」


即答だった。


「よし。キャプテン・ダイナマイトボマーも護衛につけておこう」


「キャプテンまで?」


「爆弾で周囲を吹き飛ばすのが得意じゃからな。まあ、何とかなるじゃろう」


それは護衛としてどうなのだろうか。


だが、ガープ本人は大真面目だった。


(ふむ……やはり孫はまだまだ子供じゃのう。行かせるのは不安じゃが、過保護すぎるのもいかん)


腕を組み、さらに考え込む。


(いやしかし……あの漢児とかいう若造に、ウチのユキルを近づけるのも癪じゃのう……)


その姿は、もはや悪の帝王ではない。


ただの――孫バカな祖父だった。


こうして、かつて《空の魔法女神》と呼ばれた少女は、今度は《悪の七将軍》の一人として新たな地へ降り立つことになる。


その地こそ――地球。


そこで彼女を待つのは、《青のHERO》――狗鬼漢児。


そして、戦神ベルト――《アーレスタロス》。


敵として出会う彼らが、やがて互いの運命を大きく変えていくことを、この時のユキルはまだ知らない。


運命の歯車は、再び大きく音を立てて動き始めていた。

https://vt.tiktok.com/ZSDCgttvC/


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