乂阿戦記1 第ニ章- 青のHERO狗鬼漢児と戦神ベルト アーレスタロス-2 ドアダ七将軍
女神であった少女が、記憶を失い“敵の幹部”として甦る――
本作きっての宿命キャラ、神羅ユキルがついに動き出す!
祖父との再会、家族の絆、そしてドアダ七将軍への大抜擢……
次にユキルが対峙するのは、地球の変身ヒーロー《アーレスタロス》──
運命が交差する決戦の火蓋が、いま静かに切られる!!
(^^) ブックマークをお願いいたします!
読みやすくなりますよ❤︎
辺りはまだ薄暗い夜の余韻を残していた。
ドアダ帝国の中心部、首領の私室の前に立った彼女──神羅ユキルは、ちょうど目覚めたばかりなのか、寝巻のままベッドに腰を下ろしていた。
夢と現の境界に揺蕩うような瞳。その視線は、まだこちらに焦点を結んではいない。
「おはよう、ユキル。……気分はどうかね?」
柔らかな声にようやく我に返ったのか、ユキルは小さく肩を震わせ、こちらに向き直った。
「おはようございます。……おかげさまで、とてもよく眠れました」
言葉に曇りはない。その顔には昨日までにあった疲労の影など微塵も見られず、澄み切った空のように清らかであった。
それを見て安心したのか首領の表情が緩む。
「そうかそれは良かった。」
ところでお前に会わせたい人物がいるのだが会ってくれるか?」
その言葉を聞いた瞬間彼女の表情は曇ったように見えた。
しかしすぐに笑顔になり、はいと答えたのだった。
それから少ししてドアが開くとそこに7将軍が一人狂乱道化ヨクラートルが入って来た。
扉が開いた瞬間、ユキルの表情が一変した。
目の前に立つのは、頬に血のようなペイント、裂けた笑みを湛えた“殺人ピエロ”。
彼女は反射的に身を引いた。
だが──
「……久しぶりだな、ユキル。会いたかったぞ」
ヨクラートルが顔のペイントを拭い落とすと、現れたのは意外なほど普通の中年男。
なのにその声だけが、時を超えて、胸の奥に響いた。
ユキルの目が揺れる。
喜び、戸惑い、そして──ほんの一滴の、救いのような感情。
「……俺はヨドゥグ。前世で、お前の兄だった男だ」
「……兄さん……?」
ユキルの瞳が揺れる。記憶の海はなお濁ったまま、それでも心の奥底で、何かが震えた。
ヨクラートルは、そっと腕を広げた。
その動作には、ためらいと祈りが混ざっていた。
戸惑いの中、ユキルは一歩、また一歩と近づく。
そして──ふいに、彼の胸の中に倒れ込んだ。
「……すまなかった。もう、ひとりにはさせない」
低く、震えるような声。
その響きに、ユキルの瞳からは、堰を切ったように涙があふれ出した。
「……お兄ちゃん……」
失われた時間の重みが、頬を伝って落ちていく。
押し殺していた感情が、ひとつ、またひとつと解けていくように──。
「すまなかった。……お前をこんなに、長く一人にしてしまって……」
そう言いながら背中をポンポンと叩いてやる。
ひとしきり泣いた後落ち着いたのか彼女はぽつりぽつりと話し始めた。
ユキルは、そっと視線を伏せた。
言葉を選ぶように、唇を小さく震わせる。
「……ごめんなさい。私、自分のこと……なにも、思い出せないんです」
「名前も、家族も、過去のことも……全部、まるで夢のようにぼやけていて……」
その声には、戸惑いと、わずかな怯えがにじんでいた。
――ナイアの洗脳魔法。
それが残した爪痕は、今もなお、ユキルの心に深く刻まれている。
すると、ガープはふっと目を細め、優しく笑った。
「よいよい。無理に思い出すことはないんじゃ」
「今日からはワシらが、お前の家族じゃ。ワシはガープ。……お前のお祖父ちゃんじゃよ、ユキル」
そう言って、彼はごつごつとした手で、ユキルの頭をそっと撫でた。
その手のひらには、厳しさではなく、ぬくもりがあった。
ユキルの頬が、ふわりと緩む。
少し戸惑いながらも、その表情には確かな安堵が宿っていた。
「……ありがとう。おじいちゃん」
その日の夜、彼女が寝た後ドアダ首領ガープは7将軍を集め、緊急会議を開いた。
議題はもちろん今後の方針についてである。
まず最初に口を開いたのは包帯男のような風体の男だ。
その男は暗い紫の仮面とマントを羽織り魔王の如し威圧感を放っている。
彼は七将軍の筆頭格にして参謀でもあるナイトホテップであった。
「ガープ首領閣下、あの小娘どうするおつもりで?」
その問いに答えようと口を開きかけたとき、今度は盲目の長身の男が発言した。
七将軍が一人盲目の剣闘王スパルタクスである。
「まずは記憶を取り戻させるべきでは?あの娘のいまの素性も調べねばなりません。」
それを聞いていたナイアが割って入った。
「記憶喪失? ふふっ、なら任せて。あたしの“封印喰らい”の魔法で、ユキルの記憶、ほじくり返してあげる♡」
ナイアは爪先で机をコンと叩き、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「あたし、そういうの得意なの。痛いのも、苦しいのも、ちゃんと覚えてるようにしてあげるから♪」
それに反論したのは他ならぬ狂乱道化ヨクラートルだった。
「やめろ! せっかく忘れているものをわざわざ思い出さなくても良いいんじゃないかぁ!? やっと家族が帰ってきたんだ! このままが良い! いいからそっとしておけ! 女神時代のユキルの辛い記憶を思い出させるんじゃねぇ!」
必死の形相で訴える彼の様子に一同顔を見合わせた。
その言葉に全員が驚いたような顔をした。
今までこんな事は無かったからだ。
結局ヨクラートルの案には誰も反対しなかった。
その後各自持ち場に戻る。
だが一人だけその場を動かない者がいた。
そう、ナイアだ。
「ちぃ、なんか面倒臭いことになってきたわね」
ドアダに帰還した彼女だが大きな誤算があった。
ドアダの首領がガープがまさか女神ユキルの祖父だったとは!
先代の首領は妖魔族の大帝国ズーイの暴君として悪名高かった妖魔皇帝ヨーだった。
今の首領はヨーの影武者だった武芸者ガープである。
ガープはヨーの影武者ではあったが皇帝として様々な偉業を成し遂げた実績も持っていた。
ヨーが死んだ後ズーイ帝国は魔法少女の国女神国に滅ぼされたが、影武者である彼は、ヨーの名前を騙りズーイの敗残兵をかき集め、悪の秘密結社ドアダを結成した。
妖魔帝国を滅ぼした女神国、その女神国を滅ぼした龍麗国の建国王ゾディグ。
そのゾディグの第二婦人カンキルこそはガープの隠された娘でユキルの母。
かつて、ガープは“影武者”であるがゆえに、己の娘にも孫にも名乗ることができなかった。
どれほど近くにいても、決して触れられない存在。
それが彼の“家族”だった。
(ユキル……お前にだけは、孤独を味わわせたくないのじゃ)
「ああ、すっごく嫌な予感がするわ…」
ナイアの予感は当たった。
一人死んで空席のままの7将軍の椅子、翌日の会議でガープはユキルをドアダ7将軍に大抜擢した。
文句を言うやつがいたら殴り殺す剣幕でユキルを大抜擢した。
完全に身内びいきな理不尽極まりない大抜擢である。
つまりそれは組織内においてユキルがナイアと同格の地位になると言う事。
ユキルを恥辱にまみれた調教で辱める楽しみがなくなってしまったと言う事である。
ドアダ本部の一室。
そこでは、ひとりの少女──いや、“元・邪神”ナイアルラトホテップが、ベッドに突っ伏して叫んでいた。
「なんでこうなるのよォォォォ!!」
枕に顔を埋めてジタバタする様子は、どう見ても世界を震撼させた外なる神とは思えない。
「せっかく圧倒的な立場で屈辱まみれにしてやろうと思ってたのに……! なんでよりにもよって首領の孫娘なのよ!? あの子、もう私と同格の将軍ポジよ!?」
その悲鳴にも似た嘆きを遮るように、部屋の扉が静かに開いた。
「くっくっく……荒れてるな、ナイア」
姿を現したのは、長身に黒のスーツ、蛇の意匠を施した仮面の男。
七将軍筆頭にして、ドアダの実質的な統治者――ナイトホテップ。
「やぁ、ナイトホテップ。久しぶりじゃん。ちゃんと覚えててくれてたんだ、私のこと」
ナイアは起き上がり、笑顔を見せる。かつての“相棒”に向けて。
「邪神ナイアルラトホテップ……15年ぶりの再会だな」
「う~ん、お久しぶり。我がバディ、蛇王ナイトホテップ。コンビ名、まだ使ってくれてたんだ?」
「お前の名に似せて“ナイトホテップ”と名乗ったらな、不思議と組織にツキが回り始めた。願掛けがてら今も使わせてもらってる」
「いいともいいとも♪ 再就職斡旋までしてくれたんだ、名前くらい喜んで使わせてあげるよ☆」
ナイアはけろりと笑い、指先で仮面の端を弾いた。
「15年も封印されてたのに、よくまあ戻ってこれたもんだな」
「ふふん、だって私は邪神ナイアルラトホテップだからね❤」
彼女は百年前、旧神たちに封印された“外なる神”の筆頭格。
それを掘り起こし、再雇用したのが他でもないナイトホテップだった。
「まあ、それよりさ――あのユキルって子、顔は可愛いのにポジションが気に食わないわけよ。同格なんて……あたしの“獲物”だったのに……!」
ナイアはふたたび枕に顔を埋め、じたばたと悶絶する。
「圧倒的な立場から“調教”して、屈辱にまみれさせて、それで、それで……!」
「……なんだ、ただの性癖か」
「“ただの”じゃない! “邪神の性癖”よ!」
「まったく、相変わらずめんどくせえ女神だな……。だがな、ナイア」
ナイトホテップの声が低くなる。
「ユキルを支配下に置ければ――この帝国は、お前のものになるかもしれんぞ?」
「ふぅん、それは魅力的だけど……」
ナイアはベッドから顔を上げ、遠くを見るような目になる。
「……あの子に手を出したら、たぶん首領は私を殺すわ。冗談抜きで」
「それは同感だ。親父殿には、俺も逆らえん」
「仕方ないわね。しばらくは大人しくしておきましょう。機会はまた、きっと来るもの」
「そうか。それじゃ、まずはお前が連れてきた“銀の勇者”の様子でも見に行くとしようか」
そう言って、ナイトホテップは踵を返す。
それに続き、ナイアも歩き出す。
15年ぶりに揃った“外なる神”と“蛇王”。
再び舞台に立ったこのコンビが、世界に何をもたらすのか――
それはまだ、誰にもわからない。
一方その頃ユキルは、彼女の祖父であり、この帝国の現帝王であるガープ・ドアーダの前で跪いていた。
──玉座の間。
漆黒の石壁に囲まれたその部屋には、全自動暗殺兵が沈黙し、拷問器具が整然と並ぶ。
まさに「悪の帝国」の象徴ともいえる空間。だが、そこで玉座にどっかりと腰を下ろしていたのは――
「うむ、それで良い。それでは早速じゃが、お前には重要な任務を言い渡す」
かつて“妖魔皇帝ヨー”の影武者として数多の戦場を駆けた男、
今は“ドアダ帝国の首領”として君臨する大悪党――ガープ・ドアーダ。
……なのだが。
その声音はまるで、“初孫にお使いを頼むおじいちゃん”のようだった。
ユキルは、黒のマントと赤のアイマスクを身に着けて跪いている。
マントには特に意味はない。雰囲気作りだ。
ただ、それでも彼女の姿にはどこか“女幹部”らしい威厳が漂っていた。
「この度は、私のような未熟者を七将軍に抜擢いただき……感謝いたします」
「うむうむ、我が孫よ。実力さえあれば、地位など後からついてくる。お前はワシが見込んだ逸材じゃ」
どこまでも甘い。甘すぎる。
「では命じよう。ユキルよ――お前には、地球へ赴いてもらう」
「……地球、ですか?」
「そうじゃ。そこには“アーレスタロス”なる変身ヒーローがいる。奴が我らドアダの地球作戦を妨害しておる。あやつの首級、取って参れ!」
「承知しました。必ずや!」
「うむ、心強い。……だが心配じゃ。お前、ひとりでちゃんとやれるかのう……?」
急にトーンが下がるガープ。椅子の肘掛けに肘をつき、眉間にシワを寄せる。
「わかった、ヨドゥグ――ヨクラートルを同行させる。あやつなら地球のことも知っておるし、叔父としても丁度良かろう」
「はっ」
「それと、通学する学校も手配しておいたぞ! 制服も可愛いらしいピンクにしておいた。友達もできるとええのう……ふむ、昼は学校、夜は任務。忙しくなるが、夜はちゃんとテレビ電話するんじゃぞ? 寂しくなったら、いつでもワシに連絡するのじゃ」
完全に“孫が初めてひとり旅に出る”テンションである。
「さらに不安じゃ……。よし、キャプテン・ダイナマイトボマーも護衛につけておこう。爆弾で周囲を吹き飛ばすのが得意じゃから、まあ何とかなるじゃろう……」
──そんな言葉を真剣に口にしながら、ガープは頭を抱える。
(ふむ……やはり孫はまだまだ子供じゃのう。行かせるのは不安じゃが、過保護すぎるのもいかんし……いやしかし、あの漢児とかいう若造にウチのユキルを近づけるのも癪じゃのう……)
それは、悪の帝王ではなく、孫バカな祖父の葛藤だった。
かくして、かつて“空の魔法女神”と呼ばれた少女は、
今、“悪の幹部”として新たな地に降り立つ。
その地こそが、地球――。
運命の歯車が、またひとつ、音を立てて動き出す。
https://www.facebook.com/reel/1080831580413256/?s=fb_shorts_tab&stack_idx=0
↑イメージリール動画