乂阿戦記7 第三章 沈黙の賢者シュリは母の記録を探す-4 廃都ゴルドニク
――冥界ヘルヘイム・戦火の廃都〈ゴルドニク〉。
黒煙が立ち昇る。
かつて豊かな交易都市だったゴルドニクは、今や灰燼と化していた。
無数の尖塔は折れ、崩れた橋は黒い霧の中へ沈んでいる。死者の霊気が漂う街並みは、生者の目には巨大な墓標のように映った。
その廃墟を、五人の男女が進んでいた。
先頭を歩くオームが振り返る。
「こっちで合ってるのか、シュリ?」
「間違いありません」
翡翠色のローブを纏ったシュリが、母シェラの遺した首飾りを握る。
「お母さまの資料によれば、この先に〈魂の蔵庫〉があります。冥界を巡る死者の魂を集積し、ユグドラシルへ還すための施設です」
シドラが眉をひそめた。
「聞いたことねぇな」
「存在そのものが秘匿されていますから」
シュリは杖を握り直す。
「ですが、バベル教徒はそこから魂のエネルギーを吸い上げ、アセンション・タワーへ送り込んでいるようです」
「だったら、ぶっ壊せばいいだろ」
「駄目です」
「即答かよ」
「魂の循環そのものが壊れます。ただでさえ現世と冥界の境界が不安定になっています。下手をすれば二つの世界が繋がってしまいます」
「クソッ、面倒な仕組みだな」
その時、神羅が足を止めた。
「オームくん」
「なんだ?」
「……近いみたい」
空気が揺れる。
同時に、シュリの首飾りが淡い緑色に輝いた。
「お母さま……?」
光に導かれるように進んだ先。
霧の向こうから、巨大な塔が姿を現した。
古代建築と鉄骨、そして巨大な霊脈が融合した異形の建造物。
その頂上から紫色の光が空へ伸びている。
カチ。
カチ。
カチ。
時計の秒針のような音が響いた。
シュリの顔が強張る。
「アセンション・タワー……三聖塔の顕現プロセスが始まっています」
オームが剣へ手をかける。
「つまり?」
「時間がありません」
その瞬間。
ドォォォン!!
塔の入口が吹き飛んだ。
黒煙の中から、無数の亡者たちが現れる。
錆びた鎧を纏った騎士。
朽ちた兵士。
魂を拘束され、ネクロマンサーの操り人形となった死者たちだった。
『生者……殲滅せよ……』
シドラが拳を鳴らす。
「ようやく俺の出番か!」
「待ってください」
シュリが制止する。
「魂まで傷つけてはいけません。拘束術式だけを破壊します」
「そんな器用なことできんのか?」
「できます」
シュリは迷わず答えた。
オームが笑う。
「だったら俺たちが道を作る。シュリは術式を解除しろ」
「ウチも援護するで!」
エドナが魔法陣を展開する。
神羅も杖を掲げた。
「私が魂を守る。シュリちゃんは自分のやるべきことに集中して」
シュリは一瞬だけ母の首飾りを見つめた。
「……はい!」
五人が同時に駆け出す。
シドラの拳が亡者の武器を砕き、オームの剣が敵陣を切り開く。
その後方から神羅とエドナが援護し、シュリは杖を掲げた。
「術式解析――開始!」
翡翠色の魔法陣が広がる。
亡者たちの身体から塔へ伸びる黒い霊糸。
シュリはその一点だけを狙った。
「拘束術式を――切り離します!」
パキィィィン!!
無数の霊糸が一斉に断ち切られた。
亡者たちが武器を落とす。
『……ありがとう……』
解放された魂が光となり、冥界の空へ昇っていく。
神羅が微笑んだ。
「還っていく……」
シュリは母の首飾りを握り締める。
「これが……お母さまの研究していた術式……」
その時だった。
「――見事ですね」
拍手が響いた。
パチ。
パチ。
パチ。
塔の入口から、黒衣を纏ったネクロマンサーたちが姿を現す。
その中央に立つ男が、シュリを見て笑った。
「まさか魂を傷つけず、拘束術式だけを解除するとは」
シュリが杖を構える。
「あなたたちは……」
「お待ちしておりました」
男の笑みが深くなる。
「イ・シェラの娘――沈黙の賢者シュリ」
シュリの表情が変わった。
「……お母さまを知っているのですか?」
「もちろん」
男は静かに答えた。
「我々は、あなたの母が何を知ってしまったのかも――よく知っていますよ」
シュリの手の中で、母の首飾りが強く輝いた。




