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乂阿戦記7 第二章 灰燼の覇王と不滅の将軍-7 もう笑うしかない

挿絵(By みてみん)



「会いたかったぞ、阿烈ぅぅぅぅ!!」


「は?」


 阿門が固まった。


 阿烈も固まった。


 雷音たちも、一斉に固まった。


 そんな周囲の反応などお構いなしに、舜烈は感極まった様子で阿門を力いっぱい抱き締める。


「立派になりおってぇぇぇぇ!!」


「いや待て」


 阿門が真顔になる。


「オレは阿烈じゃねぇ!」


「大きく育ったなぁ!!」


「だから違う!」


「父は嬉しいぞぉぉぉぉ!!」


「話を聞けぇぇぇ!!」


 阿門は抱き締められたまま、助けを求めるように周囲を見回した。


 最初に耐えられなくなったのは雷音だった。


「ぶはははははは!!」


 腹を抱えて笑い出す。


 雷華も思わず吹き出した。


「ちょっ……待って……無理……!」


 ミリルに至っては地面を転げ回っている。


「なのだぁぁぁぁ!!」


 羅漢ですら、口元を押さえながら僅かに肩を震わせていた。


 そして。


 ただ一人。


 阿烈だけが笑っていなかった。


「て、父者〜……」


 なんとも言えない微妙な表情で、恐る恐る声をかける。


 舜烈が振り返った。


「む?」


 阿烈は自分を指差した。


「ワシです」


「なんじゃ、お前?」


 即答だった。


 戦場が静まり返った。


「……は?」


 阿烈の顔が引きつる。


 舜烈は怪訝そうに首を傾げると、再び阿門へ視線を戻した。


「阿烈よ。あの者はお前の配下か?」


「だから阿烈はオレじゃねぇって!」


 だが舜烈は聞いていない。


 今度は阿烈を上から下まで眺めた。


「ふむ……」


「な、なんですかな、父者」


「随分と凶悪な人相じゃな」


「……」


「野心に満ちた目をしておる。腕は立ちそうじゃが、謀反を起こされぬよう気をつけるんじゃぞ、阿烈」


「だから俺は阿門!!」


 阿門が叫ぶ。


 阿烈のこめかみに青筋が浮かんだ。


「父者。ワシが阿烈です」


「お主が?」


「はい」


 舜烈はもう一度じっくり顔を見る。


「……盗賊王か?」


「違います」


「山賊の頭領?」


「違います!」


「では、無明監獄アルカトアライサムから脱獄したEX級死刑囚か?」


「違うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 覇王の絶叫が冥界に響き渡った。


 鳳月がとうとう腹を抱えて笑い出す。


「あははははは!」


 紅阿と熾音も一緒になって大笑いした。


「おじいちゃん酷い!」


 阿乱は笑いすぎて涙を流している。


「兄上が実の父上に完全な不審者扱いされております!」


「笑い事じゃないわ!!」


 阿烈が泣きそうな顔で叫んだ。


 その間も、阿門はまだ舜烈に抱き締められている。


「なあ親父〜。これどうすんだ?」


「どうした、阿烈?」


「だから阿烈はワシじゃあああ!!」


「むう……」


 舜烈は阿門の肩を掴み、その身体を確かめるように見回した。


「この体幹、この筋肉。恐るべき達人に育ったな、我が息子阿烈よ!」


「だからソレ阿門! 父者〜! 耳まで遠くなったのですか!?」


 阿烈の闘気が爆発した。


 冥界の空がびりびりと震える。


 しかし舜烈は首を傾げただけだった。


「なんか、あの犯罪者顔の男、怖いのう」


「だから、その犯罪者顔が阿烈なんだよ祖父ちゃん〜」


 阿門が絶望的な顔で訂正する。


「やばい……」


 獅鳳が目元の涙を拭った。


「主神級の戦闘より面白いぞ、これ」


「冥界ステージ、方向性がおかしくなってるのだ……!」


 ミリルはまだ腹を押さえていた。


 羅漢だけは比較的冷静だった。


「父上の記憶障害……想像以上に重症だな」


「いや、記憶障害だけなのかこれ?」


 雷華が真顔で返した。


 ⸻


 その頃。


 少し離れた場所から様子を観察していたアスラ・イシヅカですら、肩を震わせていた。


「ぷっ……ふふふふ……!」


 クズルーンが目を丸くする。


「アンタ、本当に笑うのね」


「何を言うんですか」


「いや、いつもの胡散臭い愛想笑いじゃなくて。マジ笑いしてるの初めて見たわ」


「いや、だって」


 アスラは口元を押さえる。


「世界最強クラスの覇王が、実の父親から不審者扱いされているんですよ?」


 ラタトスクも端末を見ながら吹き出した。


「これは予想外だったな。作戦より面白い」


「失礼な奴らですねぇ」


「お前が言うな」


 ⸻


 一方。


 当の阿烈は、本気で泣きそうになっていた。


「父者ぁぁぁ……」


 そんな息子の悲しみなど知らず、舜烈は阿門の肩をばんばん叩く。


「安心せい、阿烈」


「だからオレは阿門」


「たとえあの変な犯罪者顔のおっさんがお前を狙おうとも、ワシが守ってやる!」


「祖父ちゃん〜。その犯罪者顔のおっさんが、本物の阿烈なんだが〜」


「何があっても阿烈はワシの宝じゃ!」


 その言葉に。


 本物の阿烈が一瞬だけ黙った。


「……父者」


 ほんの少しだけ嬉しそうな顔になる。


 だが。


 すぐに現実へ戻った。


「まさかとは思うが……老人ボケが……」


「誰が老人ボケじゃ!?」


 舜烈が即座に反応し、拳を振り上げた。


「げーっ! 悪口だけは敏感に聞き取れとる!?」


 阿烈の混乱はさらに深まった。


 そんな親子を見ながら、鳳月が笑い声を抑えつつ口を開く。


「阿烈ちゃん」


「なんですかな、母者……」


「しばらく、昔の姿に戻ってみたらいかが?」


「昔の姿?」


「ほら。義兄弟として旅をしていた頃の」


 阿烈の目が見開かれた。


「なるほど!」


 勢いよく懐へ手を入れる。


「楚項烈として戦っていた頃の仮白の姿ですな!」


 取り出したのは、古びた一枚の鉄仮面だった。


 かつて阿烈が別名を名乗り、戦場を荒らしていた時代に使っていたもの。


 阿烈はそれを顔へ装着する。


 さらに声色まで少し変えた。


「……義兄者」


 その瞬間。


 舜烈の目が、ぱあっと輝いた。


「おおおおお!!」


 阿烈の肩がビクッと跳ねる。


「き、気づいた!?」


「兄弟!! 楚項烈ではないか!!」


「そうです! ワシです!」


 阿烈の声が弾んだ。


 ようやく認識された。


 そう思った次の瞬間。


「なんじゃ、さっきの凶悪顔はお主じゃったのか!」


「はい!」


「いやぁ、そうならそうと早く言ってくれればよかったのに!」


「でしょ!?」


「そうかそうか」


 舜烈は納得したように大きく頷いた。


「兄弟は、素顔があまりにも怖すぎるから仮面で隠していたのじゃな!」


「違ああああああああああ!!」


 阿烈の絶叫が、再び冥界へ響き渡った。


 阿門がついに腹を抱えて笑い出す。


「親父ぃ〜〜!! 実の息子として認識されるより、仮面被った義兄弟として認識される方が早いってどういうことだよ〜〜!!」


 雷音も地面を叩いて爆笑していた。


「阿烈兄貴、実の父親に『犯罪顔の他人』扱いされて、仮面被ったら『兄弟』扱いとか情報量が多すぎる!!」


「なのだぁぁぁ!!」


 ミリルも転げ回る。


「冥界ステージ、ギャグの地獄なのだぁぁぁ!!」


 笑い声が冥界の荒野に響き渡る。


 だが。


 鳳月だけは皆と一緒に笑いながらも、ほんの少しだけ目元を潤ませていた。


 記憶は混濁している。


 息子の顔さえ分からない。


 それでも、昔の呼び名や姿には確かに反応している。


 完全に失われたわけではないのだ。


 鳳月は、どこか愛おしそうに舜烈を見つめた。


「舜烈さん……」


 小さく微笑む。


「少しずつでいいんです」


 その声には、笑いだけではない温かさがあった。


「ゆっくり、思い出してくださいな」

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