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乂阿戦記7 第二章 灰燼の覇王と不滅の将軍-6 親子の再会

挿絵(By みてみん)




その頃――《不滅将軍の居城》前。


 ドゴォォォォォン!!


 阿烈の拳が巨大な城門を真正面から粉砕した。


「覚悟しさらせや、誘拐犯んんんんん!!」


 砕け散った城門の向こう。


 立ち込める粉塵の中から、一人の男がゆっくりと歩み出てくる。


 白髪の混じった虎柄のような髪。


 全身に刻まれた傷。


 そして、長年拳法を極めてきた者だけが持つ隙のない構え。


 冥界の亡霊たちが《不滅の将軍》と呼ぶ男――乂舜烈。


 その姿を見た瞬間、阿烈は僅かに眉をひそめた。


(……はて?)


 妙に懐かしい。


(なんか死んだ父者に似てるような……)


 だが、すぐに首を振る。


(いやいや、ないない! 父者の葬式ではワシ自身が喪主を務めたんじゃぞ。骨まで拾って墓に入れたんじゃ。生きてるわけなかろう!)


 一方。


 舜烈もまた、阿烈の顔を見て眉を寄せていた。


(妙じゃな……)


 胸の奥が騒ぐ。


(この凶悪犯みたいな顔、どうにもワシの息子に似ておるような……)


 しばらく阿烈を眺める。


(いやいや。ワシの息子は多少老け顔ではあったが、まだ若者じゃった。あやつはどう見ても五十は越えておる。赤の他人じゃろう)


 互いに盛大な勘違いをしたまま、二人は睨み合った。


 阿烈の拳に覇王の闘気が宿る。


「母者をさらった罪――軽くないぞ」


 舜烈も拳を構えた。


「ホエルはワシが守る」


「ワシの母者だ!!」


「ワシの妻だ!!」


「「何言ってんだテメェェェェェ!!」」


 見事に声が重なった。


 傍らで見ていた阿門が、さすがに首を傾げる。


「んん……?」


 父親と不滅将軍を交互に見る。


「親父ぃ〜……なんか話おかしくなってねぇか?」


 しかし、灰燼の覇王乂阿烈にはもう聞こえていなかった。


 そして舜烈もまた、完全に戦闘態勢へ入っている。


 二人の覇気が真正面から激突した。


 冥界の空が震える。


 周囲に並んでいた死者の軍勢が、本能的な恐怖に押されて後ずさった。


「ッシャアアアア!!」


 先に動いたのは阿烈だった。


 大地を蹴った瞬間、その巨体が消える。


 真正面から放たれた覇王の拳。


 舜烈は半歩だけ身体をずらし、その一撃を紙一重でかわした。


 轟音。


 拳が背後の城壁を抉り、巨大な穴を穿つ。


「ほう」


 舜烈の目が鋭くなる。


「悪くない拳じゃ」


「余裕ぶってんじゃねぇぞ、コラァ!!」


 阿烈が連撃を叩き込む。


 一発。


 二発。


 三発。


 覇王の闘気を纏った拳は、もはや単なる物理攻撃ではない。


 一撃ごとに霊域そのものが圧縮され、周囲の大地へ巨大な亀裂が広がっていく。


 だが。


「甘い」


 舜烈が右足を軸に踏み込んだ。


 身体を螺旋状に捻り、全身の力を一つの拳へ集約する。


 回転拳。


 狙いは阿烈の側頭部。


「チッ!」


 阿烈は咄嗟に左肘で受け止めた。


 ギシィッ!!


 頑強な骨が軋む音が響いた。


「こいつ……!」


 阿門の顔から笑みが消える。


「親父〜……相手、マジで只者じゃねぇぞ?」


 しかし阿烈は獰猛に笑った。


「当然だぁ!」


 肘を振って距離を取る。


「天下の炎の女神龍、鳳月母者を堂々とさらうような命知らずじゃからなぁ!!」


「理屈になってねぇよ!」


「おらああ! もっと行くぞコラァ!!」


 阿烈の全身から、太陽のような闘気が噴き上がる。


 対する舜烈も動じない。


 拳へ死者の霊圧を集中させると、青黒い冥府の焔が腕を包んだ。


 だが。


 二人とも、心の片隅では同じ違和感を覚えていた。


(……やっぱり妙じゃ)


 舜烈の脳裏に、断片的な記憶が浮かぶ。


 戦場。


 家族の笑顔。


 自分を見上げる少年。


 何かを思い出しかけるたび、黒い霧が記憶を覆い隠してしまう。


 阿烈もまた、目の前の男の動きを見ながら眉をひそめていた。


(この足運び……拳の捻り……)


 知っている。


 幼い頃から何度も見た。


(いやいやいや! そんなわけあるか! 父者はワシが喪主を務めて盛大な葬式をして、ちゃんと骨まで拾ったんじゃぞ!!)


「何ボケっとしてんだテメェ!!」


 阿烈が吠える。


 舜烈も拳を振り抜いた。


 二つの拳が真正面から激突する。


 ドゴォォォォォォォン!!


 冥界の大地が大きく割れた。


 衝撃波が死者の軍勢をまとめて吹き飛ばし、遠くの山々まで震わせる。


 その時だった。


「待て待て待て待てえええええええ!!」


 上空から絶叫が響いた。


 一台のキャノンボールマシンが崖を飛び越え、そのまま戦場へ突っ込んでくる。


「ストップストップストォォォップ!!」


 雷音だった。


 マシンが荒々しく着地する。


 同時に雷華と羅漢が飛び降りた。


「ちょ、待ってくれ兄貴ぃぃ!!」


「阿門兄!」


 雷華も叫ぶ。


「この人……もしかして!」


 羅漢は、不滅将軍をじっと見つめていた。


 その顔。


 構え。


 闘気。


 そして、血の奥から感じる懐かしい気配。


「間違いない」


「羅漢兄?」


 羅漢は阿烈へ向かって叫んだ。


「阿烈大兄! その御方は、おそらく――舜烈父上です!!」


 その言葉に。


 阿烈の拳が、ぴたりと止まった。


「……は?」


 舜烈もまた動きを止める。


「なんじゃと……?」


 雷音が慌てて二人の間へ割って入った。


「えっと、つまりだな!」


 阿烈を指差し。


 舜烈を指差す。


「誘拐犯が不滅将軍って呼ばれてる拳法家で、そいつがどうも死んだはずの舜烈父ちゃんらしくて、冥界で若返って復活して、今阿烈兄貴と殴り合ってるって話で――」


「なんだとぉぉぉぉぉ!?」


 阿烈の顎が外れそうなほど口が開いた。


「いやいやいやいや!! ありえん!!」


 ぶんぶんと首を振る。


「父者はワシが喪主を務めて盛大なお通夜と葬式をして、骨まで拾って墓を建てたんじゃ!! お別れのスピーチまでしたんじゃぞ!!」


「親父ぃぃ!!」


 阿門が叫んだ。


「今それはいい! とりあえずこれ見ろ!!」


「なんじゃ阿門!! ワシは今、非常に混乱している!!」


「それは見りゃ分かる!!」


 阿門が通信端末を投げ渡した。


「十一人委員会第四席、レスナス・ゼロゼギルト卿から極秘情報が来た!」


 阿烈が端末を受け取る。


 画面へ表示されたのは、ヴァルハラの極秘資料だった。


《冥界ヘルヘイムにおける死者再起動実験》


《対象個体:乂舜烈》


《実行責任者:第六席 Dr.レコキスタ》


「…………」


 阿烈の表情が消えた。


「……なんだと?」


 阿門が低く告げる。


「そいつは――いや、その人は単なる誘拐犯じゃねぇ」


 一度だけ言葉に詰まる。


「いや、実際ホエル祖母ちゃんを誘拐はしてるんだけどよ……どうも記憶が混濁してるらしい」


「どっちなんだよ!」


 雷音が思わずツッコんだ。


「ややこしいんだよ!!」


 阿門も叫び返す。


 だが、阿烈にはもう二人の声など届いていなかった。


 目の前の男を見る。


 白髪混じりの髪。


 鍛え抜かれた拳法家の身体。


 そして、何より――あまりにも懐かしい闘気。


「ま……まさか……」


 舜烈もまた、阿烈たちを見つめていた。


「……その顔」


 黒い霧に覆われていた記憶の奥で、何かが弾けた。


 幼い少年。


 自尊心が強く。


 誰よりも強くなりたがり。


 比類なき拳法の才を持ちながら、それでも貪欲に父の技を盗もうとしていた息子。


 小さかった。


 それなのにいつも、自分へ挑むような目で見上げてきた。


「……阿烈?」


 その名が、舜烈の口から零れた。


 瞬間。


 阿烈を包んでいた覇王の闘気が完全に消えた。


「……」


 目を見開く。


 先ほどまで冥界を揺らしていた男とは思えないほど、呆然とした顔だった。


「て……」


 声が震える。


「父者……なのですか?」


 冥界の戦場が、静まり返った。


 阿門が深く息を吐く。


「やっぱりな……」


 端末を見ながら顔をしかめる。


「レスナスからの情報通りだ。レコキスタの野郎、死んだ舜烈爺ちゃんを冥界から無理やり引きずり出した」


 拳を握る。


英霊体エインヘリヤボディーを与えて、親父と戦わせるつもりだったんだ」


 阿烈の拳が震えた。


 今度は戦意ではない。


 怒り。


 悔しさ。


 そして、どうしようもない懐かしさ。


「……おのれ、レコキスタ」


 その声は静かだった。


 だが。


 先ほどまでの怒号より、遥かに恐ろしい。


「我が父者を……玩具エインフェリアにしたのか」


 舜烈はゆっくりと拳を下ろした。


「すまぬ」


 まだ戸惑いを残した目で、阿烈を見つめる。


「おそらくは、ワシの息子……阿烈よ」


「はい」


「ワシは……まだ記憶が曖昧なのじゃ」


 阿烈は歯を食いしばった。


「謝らないでくだされ、父者」


 一歩前へ出る。


「悪いのは、父者ではございませぬ」


 そして覇王は冥界の空を睨み上げた。


「諸悪の根源は――」


 阿門も軍杖を構える。


「十一人委員会第六席――Dr.レコキスタ」


 その名が、冷たい冥界の風へ消えていった。


 ⸻


 しばらくして。


 阿烈は拳を下ろしたまま、父親の顔を見つめていた。


 やがて、震える声で呟く。


「……父者」


 舜烈も目を見開く。


「おお……」


 雷音も。


 羅漢も。


 阿門も。


 鳳月も。


 誰もが静かに二人を見守っていた。


(ついに親子の再会だ……)


 誰もが、そう思った。


 舜烈がゆっくりと歩き出す。


 阿烈も一歩、また一歩と父へ近づいていく。


「父者……」


 阿烈の目に、僅かに涙が滲んだ。


「父者ぁぁぁぁ!!」


 ついに両腕を大きく広げる。


 その瞬間。


 舜烈は――。


 阿烈の横を、そのまま素通りした。


「へ?」


 阿烈が固まる。


 舜烈はさらに数歩進み。


 ガシッ!!


「うおっ!?」


 突然、一人の男を力いっぱい抱き締めた。


 阿門だった。


「…………」


 雷音の口が開く。


 雷華も固まる。


 羅漢が無言で目を細める。


 そして。


 両腕を広げたまま置き去りにされた覇王阿烈だけが――。


「…………父者?」


 理解できない顔で、振り返っていた。

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