↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
728/742

乂阿戦記7 第二章 灰燼の覇王と不滅の将軍-3 誘拐されたお母さん



――その頃、また別の場所では。


 白阿魔王城・覇王執務室。


「……なんだと?」


 その一言で、室内の空気が凍りついた。


 玉座にも似た巨大な執務椅子に座っていた男が、ゆっくりと顔を上げる。


 覇王――乂阿烈。


 勇者乂雷音たちの兄にして、白阿魔王・乂阿門の父。


 そして、乂一族を束ねる最強最悪の長兄だった。


 通信水晶の向こうで、報告兵が震える声を絞り出す。


《ほ、報告します……!》


《乂鳳月様が……誘拐されました!》


「……もう一度言え」


 阿烈の声は静かだった。


 あまりにも静かすぎた。


《キャノンボールレースを観戦されていた乂鳳月様――ホエル様が、冥界より現れた謎の拳法家によって拉致されました!》


「…………」


《さらに同行されていた紅阿様、阿乱様、熾音様も……》


 報告兵の声が詰まる。


《連れ去られました……!》


 次の瞬間。


 バキィッ!!


 阿烈が立ち上がっただけで、白亜の石床に蜘蛛の巣状の亀裂が走った。


「……母上を」


 声が低くなる。


「紅阿を」


 さらに低くなる。


「阿乱を」


 拳が握られる。


「熾音まで……」


 そして。


 爆発するように闘気が噴き上がった。


 窓ガラスが一斉に砕け散り、白阿魔王城全体が大きく震える。


「さらった、だと……?」


 その場にいた重臣たちが一斉に青ざめた。


 普段の阿烈は豪快だ。


 多少の無礼なら笑って流す。


 戦場では鬼神そのものだが、家族の前ではただの過保護な兄であり父親でもある。


 だが――。


 家族へ手を出された時だけは違う。


 そこだけは、覇王の逆鱗だった。


「阿門を呼べえええええ!!」


 阿烈の怒号が城中へ響き渡った。


 数秒後。


 白い外套を纏った偉丈夫が、転移魔法陣の中から姿を現す。


 白阿魔王――乂阿門。


 阿烈の長男にして、冷静沈着な魔王の器を持つ男。


「親父。緊急召集と聞いたが――」


 途中で言葉が止まった。


 父親の顔を見た瞬間、理解したのだ。


 これは、ただの事件ではない。


「……ホエル祖母ちゃんをさらった!?」


「ああ」


 阿烈は笑った。


 確かに笑っている。


 だが、その笑みは完全に獣のものだった。


「冥界から甦った、どこの馬の骨とも知れん拳法家だそうだ」


「そいつが?」


「母者と子供たちをさらった」


 阿門の目がゆっくりと細くなる。


「親父ぃ……」


「ああ」


「ソイツ、殺すか?」


 さすが親子というべきか。


 こういう時だけは、二人の思考回路は恐ろしいほど似ていた。


「すぐには殺すなぁ〜」


 阿烈が即答する。


「死にたいと懇願するまで痛めつけてからブッ殺せえええええっ!!」


「了解だぜぇ〜」


「ワシの家族に手を出したらどうなるか、いつも通り分からせろおおおお!!」


 阿門はボキボキと腕を鳴らした。


「承知した。にしても……ホエル祖母ちゃんに手を出す馬鹿が、まさか雷帝デウスカエサル以外にもいやがるとはな」


「世の中には命知らずが多いらしい」


「白阿魔王軍を即時編成する」


「全軍出せ」


 阿門が僅かに目を見開いた。


「全軍か?」


「ああ」


 阿烈は外套を羽織る。


「今かき集められる戦力を、全部だ」


 その目に覇王の炎が宿った。


「冥界の居城へ攻め入る。相手が死者だろうが、冥王だろうが、神だろうが関係ない」


 一歩踏み出す。


「ワシの家族に手を出した時点で――」


 城全体を震わせるほどの怒号が響いた。


「そいつは、この覇王乂阿烈の敵だ!!」


 ⸻


 一方その頃。


 冥界ヘルヘイムの奥深く。


 黒い山脈に囲まれた荒野に、古びた巨大城塞がそびえていた。


 その名は――《不滅将軍の居城》。


 城壁には死者の兵が並び、風一つないというのに黒い旗だけが不気味にはためいている。


 その玉座の間。


 一人の男が、腕を組んで座っていた。


 灰色の髪。


 全身に刻まれた無数の傷。


 だが背筋は真っ直ぐ伸び、拳法家として鍛え抜かれた肉体は、死者とは思えないほど力強い。


 冥界の亡霊たちは、その男をこう呼んでいた。


 ――不滅の将軍。


 その傍らには、一人の美女が座っている。


 おっとりとした微笑みを浮かべた女性。


 乂鳳月――ホエルだった。


「あのぉ……」


 鳳月は困ったように微笑む。


「そろそろ家へ帰していただけると嬉しいのですが……」


 男は鳳月をじっと見つめた。


 やがて。


 なぜか頬を赤らめる。


「……美しい」


「はい?」


「おぬし、名は?」


 鳳月は少しだけ目を丸くした。


「あら、やだアナタ」


 そして、当たり前のように答える。


「乂鳳月――ホエルですよ、舜烈さん」


「ホエル……」


 男は、その名を確かめるように何度も口の中で繰り返した。


「不思議だ」


「何がでしょう?」


「初めて会った気がせん」


 鳳月はきょとんと首を傾げる。


「まあ……そりゃあ……ねえ?」


 その少し後ろでは、紅阿と阿乱が大喜びしていた。


「パパだー!」


「絶対パパだよ! 雰囲気がパパだもん!」


 紅阿が満面の笑みで男へ抱きつく。


 阿乱も眼鏡を押し上げながら、興奮気味にまくし立てる。


「論理的に考えて、死亡したはずの父上が冥界から帰還した可能性が極めて高いです!」


「いや、ワシは……」


「おそらくユグドラシルの反物質エネルギー暴走が舜烈父様の魂へ影響し、英霊体エインヘリヤボディーを形成。その肉体へ父上の魂が定着したものと推測されます!」


「待て。話を――」


「パパだー!」


「父上です!」


 言い切られてしまった。


 男――乂舜烈は眉をひそめる。


 記憶が霞んでいた。


 毒。


 裏切り。


 戦場。


 妻の笑顔。


 子供たちの声。


挿絵(By みてみん)


 何かを思い出しかけるたび、頭の奥へ黒い霧がかかる。


「ワシは……」


 舜烈は自分の手を見る。


「誰なのだ?」


 その問いに、紅阿は迷わず答えた。


「パパ!」


 阿乱も頷く。


「舜烈父上です!」


 そして、事情をまるで理解していない熾音が、よいしょと舜烈の膝へよじ登った。


「ぱぱー」


「…………」


 舜烈は完全に固まった。


 三人の子供たちが、まっすぐ自分を見上げている。


 記憶は戻らない。


 それでも、その瞬間だけは胸の奥に妙な熱が灯った。


「……そうか」


 舜烈は静かに呟く。


「おぬしたちは、ワシの子なのか」


 鳳月が苦笑する。


「ええと……熾音ちゃんに関しては、事情が少々複雑でして……」


「よい」


 舜烈は立ち上がった。


「ならば、ワシが守る」


「アナタ、話を聞いてくださいませ?」


 だが舜烈は、すでに決めてしまっていた。


 美しい女。


 可愛い子供たち。


 理由は分からない。


 記憶も曖昧だ。


 それでも胸が叫んでいる。


 この者たちは、自分が守らなければならないと。


「今日より、この城をおぬしたちの家とする!」


「いえ、困ります」


 鳳月は即答した。


「地球に買ったばかりのマイホームがありますので」


「ホエルよ」


「はい?」


 舜烈は真顔で言った。


「ワシの妻になれ」


 鳳月も真顔で返した。


「もう妻ですけれど?」


「…………」


 紅阿と阿乱が一斉に拍手した。


「パパがママにまたプロポーズしたー!」


「感動的です!」


 鳳月は頬へ手を添え、困ったように――それでいて少し嬉しそうに微笑んだ。


「あらあら、まあまあ……」


 そして、少女の頃へ戻ったかのように頬を染める。


「ウフフ……どうしましょう❤︎」


 その時だった。


 城の外で凄まじい地鳴りが響いた。


 冥界の空が、真紅に染まる。


「……何だ?」


 舜烈が顔を上げる。


 遠くから、尋常ではない殺気が近づいていた。


 窓の外を覗き込んだ紅阿が、ぱっと顔を輝かせる。


「あっ! 阿烈兄様だ!」


 阿乱も嬉しそうに手を振った。


「迎えに来てくれました!」


 しかし。


 城外へ現れた阿烈の表情は、まったく歓迎ムードではなかった。


 白阿魔王軍。


 覇王直属軍。


 そして、乂一族の精鋭部隊。


 今かき集められるだけの戦力を率いて、阿烈は冥界の大地へ降り立っていた。


 その隣には阿門。


 さらに背後には、無数の修羅の兵どもが並んでいる。


 阿烈は城を見上げ、低く告げた。


「聞こえているかぁ――誘拐犯!!」


 冥界の空が震える。


「母者と子供たちを返せええええ!!」


 拳へ覇王の闘気が集まる。


「今すぐ返せば――楽に殺してやるぅぅぅ!!」


「どのみち殺すのかよ親父」


 阿門が冷静に突っ込んだ。


 城内。


 窓辺へ歩み寄った舜烈は、遠くに立つ阿烈の姿を見下ろした。


 その瞬間。


 胸の奥が、わずかに痛んだ。


「……?」


 懐かしい。


 なぜか、そう感じる。


 強烈な怒り。


 それと同じくらい強い愛情。


 そして――どこか自分に似た目。


 だが、思い出せない。


「……なんじゃ、あの凶悪そうな男は」


「アナタの息子ですよ」


 鳳月がぼそっと言った。


「何か言ったか?」


「いえいえ」


 鳳月は笑顔で首を横へ振った。


 舜烈は再び外を見る。


 どうやら向こうはこちらを敵だと思っているらしい。


 ならば拳法家として、返す言葉は一つだった。


 舜烈は窓から身を乗り出す。


 そして。


 中指を立てた。


「誰だ、おぬしは!!」


 阿烈の眉が跳ね上がる。


「ワシに文句があるなら――さっさとかかってこい!!」


 舜烈が笑った。


「返り討ちにしてくれるわ!!」


 数秒。


 阿烈は完全に固まっていた。


 そして。


「なんだとテメぇ、ゴルァァァァァァァァ!!?」


 怒りが限界を突破した。


 阿門が静かに軍杖を構える。


「親父」


「あぁ!?」


「開戦の命令をくれ」


 阿烈は一歩前へ出た。


「全軍、聞け!!」


 その一声で、冥界の風が止まる。


 城壁の上では死者たちが武器を構えた。


 白阿魔王軍も、一斉に臨戦態勢へ入る。


 そして覇王は吠えた。


「城を落とせ!!」


 阿烈の拳から、膨大な闘気が噴き上がる。


「ワシの家族を取り戻すぞォォォォォ!!」


「オオオオオオオオオッ!!」


 白阿魔王軍が一斉に咆哮した。


 対する不滅将軍の軍勢も、城壁の上で武器を掲げる。


 父は、息子を思い出せない。


 息子は、目の前の男が父だとは夢にも思わない。


 死から甦った舜烈は、生前より幾分若い姿となり、その記憶も混濁している。


 そして阿烈もまた、母と子供たちを攫った誘拐犯が、死んだはずの父親だとは考えもしなかった。


 その一方。


 さらわれたはずの鳳月たちは、なぜか城の中で楽しそうにしている。


「あらあら……」


 鳳月は窓の外に並ぶ二つの軍勢を見ながら、頬へ手を添えた。


「また始まってしまいましたねぇ」


 紅阿が首を傾げる。


「何が?」


 鳳月は嬉しそうに微笑んだ。


「親子喧嘩です❤︎」


 次の瞬間。


 阿烈と舜烈。


 互いを親子と知らぬ二人の闘気が、冥界の空で真正面から激突した。


 乂一族史上最大級の親子喧嘩が――。


 今、始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もし面白かったら ブックマーク登録で追いかけていただけると嬉しいです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。