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乂阿戦記7 第一章 暗躍する黒紫衣の神官 アスラ・イシヅカ-2 巨人王都ギガントグラム


ニブルヘイム氷原を突破したキャノンボール参加者たちは、世界樹ユグドシラルの巨大転移門を通り、次なる世界へと到達していた。


まず、空が違う。


そして、空気も違った。


重いようで軽く、熱いようで寒い。


何もかもがこれまでの世界とは違っている。


そして何より――全部がデカい。


「うおおおおおおおっ!!?」


雷音が思わず叫んだ。


眼前には、雲を突き抜けるほど巨大な滝が流れ落ちている。


大地には山脈と見紛うほど巨大なドラゴンの骨が横たわり、そのさらに向こうには、超巨大都市――《巨人王都ギガントグラム》がそびえていた。


建物の一つ一つが、人間から見ればもはや『山』だった。


「毎回思うけど、巨人たちの世界はスケール感がおかしいのだ……」


ミリルが顔を引きつらせる。


「いや待て!? あの店の串焼き一本、電車サイズなんだけど!?」


雷華が指差した先では、巨人族の屋台で丸焼きにされた超巨大マンモス肉が豪快に回転していた。


しかも――。


「いらっしゃいませぇぇぇぇ!!」


巨人族店員の声が響いた瞬間、それだけで暴風が巻き起こる。


「耳がァァァ!!」


獅鳳が吹っ飛んだ。



その頃、大会運営本部。


巨大ホログラムモニターには、各チームの現在位置が映し出されていた。


『さぁ始まりました、ヨトゥンヘイムステージ!!』


『今回の舞台は巨人世界名物――《無限巨人温泉郷グランガルズ》!!』


歓声。


拍手。


そして、温泉爆発。


「最後なんか違くない!?」


実況席で新人スタッフがツッコむ。


しかし、ベテラン実況は真顔だった。


『爆発があると毎回誰か温泉でタオルをポロリするので、とっても盛り上がります』


「ポロリとな!?」



一方その頃。


雷音たちは、指定された宿泊施設へと案内されていた。


その名も――巨大旅館《覇王竜宮ホテル・グランフェンリル》。


門だけで高さ百メートル。


玄関に置かれた靴は家サイズ。


そして入り口には、堂々と料金表が掲げられていた。


【本日の宿泊料金】


一泊:一千万ゴルド


全員の動きが止まる。


「…………」


「…………」


「…………」


雷音が二度見した。


「ゼロ多くね?」


受付の巨人メイドが、完璧な営業スマイルで答える。


「通常料金でございます♡」


「通常じゃねぇ!!」


雷音が叫んだ。


「俺らレース参加者だぞ!? なんで王族スイートみたいな値段なの!?」


すると、横からアキンドが口を挟む。


「雷音、お前、乂族の王子っちゃあ王子だから、カモにされてんじゃね?」


「いえいえ、そのようなことはございません」


店員は笑顔のまま、しれっと誤魔化す。


「現在、副王継承戦争特需により価格が高騰しておりますので♡」


「株か!?」


「なお、朝食は別料金です♡ あ、お金がないなら良い闇金をご紹介しますよ?」


「俺たちを破産させて、首を吊れってか!?」



その時だった。


ホテルロビーの奥、巨大階段の上から重々しい足音が響いてきた。


ドゴン。


ドゴン。


ドゴン。


一歩ごとに空気が震える。


現れたのは、鎧の隙間から薄桃色の髪と褐色の肌をのぞかせる、全長二メートルを超える巨躯の女性だった。


全身を覆う重装鎧。


その背中には、彼女の体格にさえ不釣り合いなほど巨大な盾。


周囲の巨人たちがざわめく。


「副王候補……!」


「ジャイアントミノタウロス族の姫、ホドリコ・ノゲノーラだ……!」


ホドリコは巨大階段を降りると、鋭い視線を雷音たちへ向けた。


「あ、えっと……ホドリコさん、チース……」


雷音は少し萎縮しながら挨拶した。


知らない仲ではない。


むしろ以前から面識はあるのだが、彼女はとにかく無口で、そのうえ体格的にも異様な迫力がある。


真正面に立たれると、雷音でさえ少しビビってしまうのだ。


そんな雷音の緊張をほぐすように、ホドリコに同行していた妖精の少女が助け船を出した。


「聞いたわよ、雷音君。あなたたち、ニブルヘイムであのナインライダーズを退けたんですって?」


妖精少女ティンクの問いかけに、雷音はニヤリと笑う。


「まぁな!」


次の瞬間、ホドリコの巨大な手が雷音の頭へ伸びた。


「うおっ?」


無言のまま、わしゃわしゃと頭を撫でる。


「………」


「えーとね」


ティンクが苦笑しながら代弁する。


「ホドリコは『クレオラたちを守ってくれてありがとう』だって」


「えぇ!? いやいや、俺はほんのちょっと手伝っただけでさ。あれってもう、ほぼ総力戦だったから……」


ホドリコは何も答えなかった。


ただ数秒、じっと雷音の顔を見つめ――やがて、ふっと笑った。


「まぁ、それも含めてホドリコは君にずいぶん感謝してるんだってさ」


「へへ……どうも照れ臭いや」


雷音は鼻の下を指でこすった。


その瞬間だった。


けたたましい警報が、ホテル全体に鳴り響いた。


《警告!!》


《大食堂にて“大食い覇王戦”発生!!》


《挑戦者暴走中!!》


「またか……! これだからキャノンボール大会のある日は営業が大変なんだ!」


ホテル従業員たちが一斉に頭を抱える。


対照的に、雷音の目が輝いた。


「大食い!?」


「何か面白そう! 参加するのだ!!」


ミリルまで勢いよく立ち上がる。


「待て待て待て待て!!」


アキンドが止める。


だが、遅かった。


次の瞬間には、雷音とミリルは猛ダッシュで大食堂へ向かっていた。



巨大食堂ギガント・バンケット


そこでは既に、食事という名の戦争が始まっていた。


テーブルに並ぶのは、超巨大ステーキにドラゴンスープ、山のように盛られた黄金炒飯。


さらには、高さ十メートルを誇る《伝説樹アイスパフェ》。


その光景を前に、実況が絶叫する。


『現時点トップはァァァ!!』


『なんと三百二十皿を完食した――“世界最強魔女”乂羅刹選手だァァァ!!』


歓声が上がり、その熱狂だけで大地が揺れた。


そして、その中央では一人の太った黒いオーク戦士が豪快に笑っている。


「ガハハハハ!! 羅刹さん、なかなかやるじゃないですか! ですが、大食い勝負ならば飢餓の騎士であるこのカルノフハート様の優勝だァァァ!!」


だが、その時だった。


入口の巨大扉が吹き飛んだ。


ドゴォォォン!!


「待たせたなァァァ!!」


「食料戦争と聞いて来たのだ!!」


飛び込みで雷音&ミリルが参戦する。


観客席が一斉にどよめいた。


『出たァァァ!!』


『問題児チーム!!』


『保険会社ブラックリスト筆頭ォォォ!!』


「そんな称号いらねぇ!!」


雷音の悲鳴が食堂中に響き渡った。



しかし。


そんな馬鹿騒ぎの最中――。


ホテル最上階では、誰にも気づかれることなく、黒いローブを纏った男たちが静かに集結していた。


床に紫色の魔法陣が刻まれていく。


その中央に浮かぶのは、三つの光。


――シルマリルリオンの欠片。


「……始まる」


老人が静かに呟いた。


「三聖塔の門を開く、因果の鍵――シルマリルリオン」


紫の光が、老人たちの顔を不気味に照らす。


「そして、“塔”に眠る破壊神の仮面を巡る争奪戦が……」


その背後。


深い闇の中で、何かが動いた。


ゆっくりと開かれる、燃えるような紅い瞳。


そこに潜んでいたものは、獣なのか、魔物なのか、それとも神なのか。


ただ一つ分かるのは――。


それがまるで、世界そのものを喰らうために生まれてきた獣のように見えたことだけだった。



その頃、下では。


「おかわり百皿追加ァァァ!!」


「雷音の胃袋はどうなってるのだ!?」


「知らん!!」


「カルノフハート殿!? それ鍋ごと食べてるでござる!!?」


「細かいことは気にするななのです!!」


「気にしろォォォ!!」


上階で恐るべき陰謀が動き始めたことなど、彼らはまだ知らない。


ヨトゥンヘイムの夜は――今日もカオスだった。


挿絵(By みてみん)


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