乂阿戦記7 第一章 暗躍する黒紫衣の神官 アスラ・イシヅカ-1 レースの再開
「神樹の九つ世界」
それは、この紫宇宙ユグドシラルに存在する9つの異世界である。
各世界は、それぞれ独自の文化形態、政治形態、生態系を持ち、まるで一枚の絵に描いたような美しい調和を見せている。
しかし、その9つ世界には、ある1つの共通点があった。
それは、その9つ世界が
「神樹ユグドシラル」
と呼ばれる1本の巨大な木によって支えられていることだ。
神樹は、その世界の生物に
「世界を守る」
という使命感と力を授けると同時に、その世界の環境を安定させる働きを持つ。
つまり、神樹の九つ世界は、それぞれが互いに支え合い、共存しているということだ。
そして今、この神樹の九つ世界には、ある危機が訪れようとしていた。
それは……三聖の塔を開く鍵である、三つの宝珠
シルマリルリオンが現世に現われたのである。
アカシックレコードが眠る三聖塔の門を開く鍵シルマリルリオン
その秘宝を巡り様々な勢力が動き出そうとしていた。
「再始動――ニブルヘイム氷原リスタート地点」
氷世界ニブルヘイム。
恐るべきナインライダーズ達との終戦の翌日
白銀の大地には、未だ戦争の傷跡が残っていた。
崩れた氷山。
焼け焦げた機械神の残骸。
空に浮かぶ修復中の魔法戦艦アルゴー号。
それでも――。
世界は、前へ進もうとしていた。
⸻
「――キャノンボール各チーム順位はこちらでーす!!」
巨大モニターに、陽気な音楽が流れる。
臨時設営されたレースターミナルには、世界中から集まったレーサーたちが並んでいた。
氷原用ホバーマシン。
魔導二輪。
半飛空艇型バギー。
果ては巨大生物そのものに騎乗している奴までいる。
戦争が終わった直後とは思えない熱気。
だが、それこそが“生き残った者たち”の証明だった。
「っしゃああああ!! 戻ってきたぜぇぇぇ!!」
雷音が両手を突き上げる。
その背後で、獅鳳が呆れ顔をした。
「お前、ちょっと前まで女の子の姿で死にかけてただろ」
「細けぇこと気にすんな!!」
「細かくない!!また浮気しようとしたら今度こそ容赦しないのだ!!」
ミリルが腕を組みながら唇を尖らせる。
「というか、どうしてこんなに皆の傷の治りが早いのだ? 絶対おかしいのだ」
「回復魔法だけが取り柄の絵里洲が本気を出したんだよ。んー、でもメフィストの爺さんだけはナインライダーズの呪いがハンパないから絵里洲でも完治出来なかったみたいだ。今重体でデカい病院に運ばれてるらしい」
アキンドが遠い目で言う。
「戦争で視聴率バカ伸びしてるな……」
「こっちは死にかけな思いをしたというのに、世間様は最低でござるな」
紅茜が真顔で呟いた。
⸻
その頃。
アルゴー号格納庫。
機械神ブリューナクの整備フレームの下で、聖羅は静かに機体を見上げていた。
傷だらけの銀装甲。
砕けた肩部。
焼けた翼。
けれど、その中心部――コアだけは、まだ力強く脈動している。
「……また走れる?」
聖羅が小さく問う。
返事の代わりに、改獣アモンサーガの魔力炉が低く唸った。
「ふふ……そっか」
その時。
「聖羅ちゃーん!!」
迦楼羅すももが全力ダッシュで飛び込んできた。
「大変ですわ!!」
「どうしたの?」
「ヒースさんがまた自爆装置で機体改造をしようとしてますわ!!」
「は???」
⸻
十分後。
「待てヒース〜〜!!」
「なんでバレたァァァ!?」
氷原マーケットを全力疾走するヒース。
その後ろを、鬼の形相のアキンドが追う。
「“対巨神用ロケットブースター十二連結”って何!? また爆発する気か!?」
「ロマンですよロマン!!」
「絶対死人出るやつ!!」
「大丈夫ですって!!」
「お前が言う“大丈夫”は信用できない〜!!」
観客席が爆笑する。
実況席では、早速中継が始まっていた。
『おおっとぉ!? 大会再開初日から問題児チームが暴走だァーーーッ!!』
『今回も保険会社泣かせになりそうですねぇ』
『既に契約解除通達が七件届いております』
『早いなぁ!?』
⸻
その様子を、少し離れた高台から見下ろす男がいた。
黒い外套。
片目を覆う魔導式眼帯。
そして、その背後に浮かぶ三つの光球。
ヴァルハラの現主神オーディン・ヴォータンだった。
彼は静かに呟く。
「……動き始めたか」
その視線の先。
レース会場上空に、巨大な世界樹の幻影が浮かんでいた。
九つの世界を繋ぐ超次元神樹――ユグドシラル。
そして。
その根元付近に、淡く浮かぶ三つの光。
シルマリルリオン。
三聖の塔を開く鍵。
それを見て主神オーディンは呟く。
「因果が加速している」
アルゴー号艦長室に佇む雷牙尊の隣で、オームが腕を組む。
「ユグドシラルのこの反物質エネルギー数値……放っておけば、そのうち世界ごと爆発しそうですね」
「あり得る」
「軽く言わないでください」
オームが苦笑する。
その時。
雷牙尊の端末に、緊急通信が入った。
《――観測班より報告》
《巨人世界ヨトゥンヘイムにて、“塔の門出現”反応を確認》
《加えて――》
ノイズ。
そして。
《メフィスト氏が負傷により巨人族副王の座を引くことが決定となり、次期副王の後継者争いが始まった模様》
雷牙尊の目が細まる。
「……政治が動いたか」
⸻
その頃。
当の雷音たちは――。
「だから! 今回の改造は安全だって!!」
「前回も同じこと言って爆発した!!」
「今回は二回しか爆発しない!!」
「するの確定なの!?」
「おい店主!! その“超圧縮ニブルヘイム氷結対策エンジン”値切れねぇ!?」
「無理です」
「即答!?」
「あと貴方ブラックリスト入りしてます」
「なんで!?」
「貴方とヒース氏のイザコザで市場半壊したからです」
「不可抗力だろ!?」
「完全に貴方の責任です」
雷華が頭を抱える。
獅鳳は空を見上げた。
「あー……始まったな」
ミリルがニヤリと笑う。
「途中途中にあるレースとは全く関係ないイベントバトル! うむ。これぞキャノンボールなのだ!」
その時。
大会運営の巨大ホログラムが空に浮かび上がった。
『――キャノンボール折り返しレース』
『まもなくスタート!!』
『上位通過者は――』
『巨人界ヨトゥンヘイムへ向かってください!!』
観客が歓声を上げる。
エンジンが唸る。
氷原に魔力光が走る。
そして。
雷音はニヤリと笑った。
「行くぞお前らァ!!」
雷華が叫ぶ。
「だからその前に車の設定を元に戻す――!!」
ブザーが鳴る。
轟音。
氷世界を、無数の光が駆け抜けた。
九つ世界を巡る――
新たなる伝説が、今始まる。
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